トクリュウは誰が生み出したのか?今後も若者たちが犯罪に取り込まれていく理由

トクリュウは誰が生み出したのか?今後も若者たちが犯罪に取り込まれていく理由

昭和の極道は人間関係と仁義で結びついた。令和のトクリュウはカネとネットワークで結びついている。トクリュウは、単なる犯罪組織ではない。それはすでに、一種の「ビジネスモデル」でもある。これに対し、警察はT3(匿名・流動型犯罪グループ取締りターゲット捜査チーム)を設置した。(鈴木傾城)


プロフィール:鈴木傾城(すずき けいせい)

作家、アルファブロガー。著書は『ボトム・オブ・ジャパン』など多数。政治・経済分野を取りあげたブログ「ダークネス」、アジアの闇をテーマにしたブログ「ブラックアジア」を運営、2019、2020、2022年、マネーボイス賞1位。 連絡先 : bllackz@gmail.com

日本社会に迫る匿名型犯罪の脅威

「トクリュウ」とは、「匿名・流動型犯罪グループ」の略称である。警察庁が2023年から使用しはじめた用語であり、従来の暴力団や反社会的勢力とは異なる新しい形態の犯罪組織を指している。

彼らの特徴は、その名のとおり「匿名性」と「流動性」にある。構成員同士が顔を合わせず、通信アプリなどを通じて緩やかにつながり、必要に応じて集まり、犯行を終えると即座に解散する。

このような一過性のネットワークを用いることで、実行犯から指示役、さらには首謀者へと至る「組織の上層部」を可視化しにくくしている。

トクリュウの活動は、いわゆる「特殊詐欺」や「闇バイト強盗」にとどまらない。最近では、悪質リフォーム、違法ホスト営業、さらにはサイバー犯罪や仮想通貨を利用した資金洗浄まで、その手口は多岐にわたっている。

特徴的なのは、これらの犯罪行為を一種の「ビジネスモデル」として捉え、利益最大化を目的に行動している点だ。

従来の暴力団のような縄張り意識や固定的な人間関係とは無縁であり、目的はあくまで「稼ぐこと」である。使い捨て可能な実行犯を大量にネットで募集し、最小のリスクで最大の利益を得る。きわめて資本主義的かつ機能的な構造である。

この構造が恐ろしいのは、若年層や困窮者が「使い捨て」として巻き込まれる点にある。SNSや掲示板には「高収入・即日現金」「誰でも簡単」といった甘い誘いが並び、警戒心の薄い若者が「運び役」や「受け子」として加担させられる。

なかには「仕事を断ろうとしたら家族を殺すと脅された」という事例も報告されており、単なる誘惑だけでなく、脅迫・監視を通じて「抜け出せない犯罪労働」が生み出されている。

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警察庁長官官房に新設「匿流情報分析室」

深刻なのは、この構造を裏で操る「中核層」の実態がつかみにくいことである。指示役は東南アジアなど海外から通信アプリを通じて命令を出すこともあり、実行犯とは一度も顔を合わせることなく事件が完結する。

通信には、メッセージが数秒で自動消去される「シグナル」や「テレグラム」などが使われ、捜査機関による通信傍受や履歴の収集を困難にしている。

「流動型」という言葉の通り、グループは固定的ではなく、メンバーは犯行ごとに入れ替わるため、組織そのものを追跡するのが難しい。これは、いわば「犯罪のフリーランス化」とでも言うべき現象であり、警察の捜査モデルに根本的な再構築を迫るものだった。

こうしたトクリュウ型犯罪は、数年前まで「一部の特殊詐欺グループの変種」として扱われていた。だが、近年は各地で頻発する闇バイトの強盗や組織的詐欺事件に共通する構造が明らかになり、ついに警察庁は本格的な対策に踏み切る決断を下した。

2025年10月1日、警視庁の内部に「トクリュウ対策本部」が新設される。

目的はただひとつ。匿名・流動型犯罪グループ、すなわちトクリュウを可視化し、その首謀者を摘発することだ。従来の暴力団対策や特殊詐欺取締りでは対応しきれなかった「中枢なき組織」を追い詰めるために、全国規模での捜査体制が警視庁に集約されることとなった。

この対策本部の最大の特徴は、「司令塔機能」にある。警察庁の方針に基づき、全国46道府県警から約200人の専従捜査員を警視庁に集め、最終的に約340人の態勢とする見込みだ。

捜査員はそれぞれ詐欺、強盗、サイバー犯罪、暴力団対策などに精通しており、地方警察で得た経験と情報を東京に持ち寄る。つまりこの本部は、全国の事件情報を一元的に集約・分析し、実行犯レベルではなく、首謀者レベルでの摘発に焦点を当てる「上流捜査」に特化した機関なのだ。

実際、対策本部では「末端からの突き上げ型捜査」だけではなく、「情報分析主導型のターゲット特定」が重視されている。

具体的には、警察庁長官官房に新設される「匿流情報分析室(仮称)」が、全国から収集される膨大な事件データ、SNS上の投稿、通信履歴などをAIや専門捜査官により解析し、特定の指示役や中核グループを浮かび上がらせる。

この分析結果をもとに、対策本部が「この事件、この人物を優先的に追う」と判断すれば、刑事部・組織犯罪対策部・生活安全部など警視庁内の複数部署から選抜された捜査官が合同でチームを編成し、即座に行動に移す。情報収集と現場対応が一体化した、警察庁と警視庁の「共同タスクフォース」構造とも言える。

2025年5月にはT3(匿名・流動型犯罪グループ取締りターゲット捜査チーム)、10月には特別捜査課を設置する。

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翻弄されてきた治安当局の逆襲なるか?

トクリュウの脅威が深刻なのは、組織そのものが断続的かつ分散的であるため、個々の都道府県警では「連続性のある全体像」が見えないという点にある。

たとえば大阪で摘発された詐欺実行犯と、沖縄で指示を出していた人物、そしてフィリピンの通信アプリから命令を送っていた首謀者。この3者が物理的に接触しておらず、使っている名前や端末もバラバラであれば、単発事件として処理されてしまう恐れがある。

それを防ぐためには、すべての情報をひとつの「目」で見る中央組織が必要であり、それがこの対策本部に他ならない。

また、同本部は国内だけでなく、国外の犯罪拠点に対しても対応する。実際、トクリュウの中枢はしばしばフィリピンやカンボジアなど海外に拠点を置き、現地での逮捕が困難なケースが多い。

これに対し、警視庁は国際刑事警察機構(インターポール)やASEAN加盟国の捜査機関との情報共有を強化し、国外容疑者の特定・送還にも注力する方針である。過去には「ルフィ」事件において、フィリピンの刑務所内から日本国内に指示が出されていた事実が発覚しており、トクリュウの越境性は無視できない。

このように、対策本部は単なる捜査部門の強化ではなく、情報、分析、作戦、国際連携等、あらゆる手段を統合することで、これまでトクリュウに翻弄されてきた治安当局の逆襲が始まろうとしている。

ある意味、ここからは「個別事件を追うフェーズから、構造をつぶすフェーズ」へと移行したともいえる。ただ、トクリュウが成立する最大の要因は、インターネット上における「人材調達」の容易さにある。

興味深いのは、2024年に改正された職業安定法である。この改正により、「犯罪の実行者を募集すること」そのものが違法とされ、たとえ実際に事件が発生していなくても、募集行為だけで摘発が可能となったことだ。

X(旧Twitter)でも、闇バイトの投稿に「高額報酬」や「危険なし」などと記された文言が含まれていれば、それは犯罪の温床として取り締まり対象になる。まだ、知らなくて使っている間抜けなトクリュウもいるが……。

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トクリュウは誰が生み出したのか?

昭和の極道は人間関係と仁義で結びついた。令和のトクリュウはカネとネットワークで結びついている。トクリュウは、単なる犯罪組織ではない。それはすでに、一種の「ビジネスモデル」であり、構造化された収益システムである。

首謀者がリスクを負わず、指示役が匿名で命令を下し、末端の実行犯が逮捕されて終わる。そのサイクルは驚くほど効率的で、しかも再現性が高い。しかも、犯行の舞台は通信アプリ内、SNS上、さらには仮想通貨や匿名口座を通じた資金洗浄へと連動している。

警察は、このようなモデルを本当に解体できるのだろうか。

トクリュウが抱える大きな論点は、犯罪に加担する若者たちの存在である。統計によれば、特殊詐欺や闇バイト強盗で逮捕された実行犯の4割以上が20代以下だ。彼らは、加害者であると同時に、経済的搾取や情報弱者としての「被害者」でもある。

警察が摘発と同時に、保護・更生の体制を強化しているが、相談窓口に寄せられる通報は急増しており、「脅されて抜けられない」「報酬をだまし取られた」といった声が多く寄せられている。摘発しても実行者が被害者だったりする。

トクリュウは、学歴や職歴を問わない。スマホひとつで金が稼げる。これが現実の貧困や孤立と結びついたとき、犯罪ビジネスは容易に成立してしまう。もはやこれは、治安の問題であると同時に、貧困問題でもあったのだ。

若者がトクリュウに関与しない社会をつくるためには、摘発と罰だけでは不十分だ。結局は、30年に渡って続いてきた無能政治が若者を貧困に追いやってきたわけであって、この貧困をどうにかしないとトクリュウは抑え込めない。

就職氷河期、引きこもり、非正規雇用、負け組、ネットカフェ難民……と若者を取り巻く環境は悪化し続けてきた。にもかかわらず、政治は彼らを救うことはなかったし、そもそも政治家は国を成長させることもできていない。だから、トクリュウが生み出された。

トクリュウは、構造を持ち、流通を持ち、言語を持ち、接続を持つ。それは一時的な現象ではなく、情報社会が生んだ新しい犯罪のスタイルだ。このモデルを崩すには、構造ごと断ち切らなければならない。

トクリュウの背後にあるもの、それは社会のゆがみだ。そのゆがみを解消できなければ、形を変えた次の犯罪市場がまた現れるのだろう。

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