
インドの人口は2023年時点で約14億人に達し、すでに世界最大の人口を抱える国となっている。すでに大都市圏では水需要が急増して、水の供給インフラの整備が需要の増加に追いつかず、多くの都市で深刻な水不足が発生している。それに対応できていないのがインド政府である。(鈴木傾城)
プロフィール:鈴木傾城(すずき けいせい)
作家、アルファブロガー。著書は『ボトム・オブ・ジャパン』など多数。政治・経済分野を取りあげたブログ「ダークネス」、アジアの闇をテーマにしたブログ「ブラックアジア」を運営、2019、2020、2022年、マネーボイス賞1位。 連絡先 : bllackz@gmail.com
現在、約6億人が水不足の状況に直面している
インドを旅すると安心して飲める水がなくて、店で買ったペットボトルの水を飲んでも激しく下痢をする人が多い。ペットボトルも製造や保管の問題で汚染されている可能性があるからだ。
そのインドは国の経済発展と人口増加に伴い、急速に「水問題」が深刻化している。現在、約6億人が水不足の状況に直面しており、2030年までに人口の40%が安全な飲料水を入手できなくなると予測されている。
都市部では、急速な人口増加と都市化により、水需要が供給を大きく上回っているので、最初に危機的状況に落ちるのは都市部かもしれない。
2023年にはバンガロール市で主要な貯水池が枯渇してしまい、数百万人が飲料水を求めて長蛇の列を作る事態が発生した。デリーやムンバイなどの大都市でも、水道水の供給が1日数時間に制限されるなど、深刻な水不足が日常化している。どこの都市も水道インフラが老朽化して壊れかけている。
農村部では、地下水の枯渇が特に深刻な問題となっている。インドの地下水消費量は世界1位であり、国内の52%の井戸で地下水量の低下が報告されている。これにより、多くの農村地域で飲料水の確保が困難になった。
そのため、遠距離の水源まで水を汲みにいく必要がある住民も少なくない。
このままいくと、水不足がインドの経済発展を阻害するかもしれない。今でも農業生産の低下、工業生産の停滞、さらには観光業への打撃など、水不足が問題を起こしているのだ。
安全な水が消えてしまえば、人々は生活できない。都市は人口を支えることができないし、農家は作物を作ることができない。インドはかなり深刻な状況になってしまうのではないだろうか。
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もはやインド政府には手に負えない状況になる
インドの人口は2023年時点で約14億人に達し、すでに世界最大の人口を抱える国となっている。人々は豊かさを求めて都会に出てくるので、都会は常にキャパシティいっぱいの状態だ。
そして、大都市圏では水需要が急増して、水の供給インフラの整備が需要の増加に追いつかず、多くの都市で深刻な水不足が発生している。デリーは人口3380万人を抱える首都圏だが、1日5000万ガロンの水不足に直面している。
バンガロールも何百万人もの人々が飲み水を求めて長蛇の列を作る事態が発生した。チェンナイでも4つの主要貯水池が枯渇し、深刻な水不足に陥った。ムンバイも都市化と人口増加が急激で、このままでは持たない状況だ。
インド政府の都市計画は機能していない上に計画を立てても予定通り進まないので、インフラの不足と老朽化はすべての都市について回る問題となっている。
私はコルカタが好きで2000年代前半には何度も何度も通ったが、あの当時でも老朽化は深刻に思えた。今、たまにコルカタの動画を見たりするが、あの頃と変わっていない建物も多いので、状況はもっと深刻化しているのが窺える。
多くの地域で水道管の破損や浄水施設の不足により、効率的かつ衛生的な水の供給が困難になっている。
弱り目にたたり目になってしまうが、そこにきて気候変動の影響も強まっている。気候変動の影響を強く受けて、干ばつの発生頻度が上がっているのだ。2023年にはマハラシュトラ州で歴史的な干ばつが発生し、農業生産に甚大な被害をもたらした。
ちなみにマハラシュトラ州は、インド西部に位置しているのだが、農業が主要な産業のひとつで、水不足は致命的な問題である。
これらの水不足でインド政府が何かして対応できるのは、インフラを整備することくらいだが、人口増加や、都市の人口流入や、地方での地下水汲み上げや、気候変動による干ばつなどは、もはやインド政府には手に負えないものでもある。
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インドの上水道の70%が汚染されている
水不足と相まって、インドでは水質の悪化も深刻な課題となっている。旅行者がインドで水を飲んで一発で激しい下痢に見舞われ、ベッドとトイレの往復で旅が終わったという人も多い。
では、現地の人たちは平気なのかというと、まったくそうではない。
水質汚染は人々の健康に直接的な影響を与え、経済活動にも支障をきたしている。インドの上水道の70%が汚染されているとされ、毎年約20万人が水を媒介とする病気で命を落としている。
工業排水や未処理の下水による汚染は、特に都市部や工業地帯で顕著である。多くの都市で下水処理施設が不足しているため、未処理の下水が河川や湖沼に直接流入している。
たとえば、首都デリーを流れるヤムナー川は、工場排水や生活排水により極度に汚染され、現地の人からは「死の川」とも呼ばれている。
そのインドは人口の80%が飲料水として地下水を利用しているが、国土の3分の1の地域では、地下水に含まれるフッ化物、鉄、塩分、ヒ素が基準値を超えているのも深刻な問題でもある。
特に聖なるガンジス川流域周辺は、地下水のヒ素汚染が広がる地域として知られている。ビハール州ブクサル県の村では、ヒ素と鉄分で汚染された井戸水を長年使用した結果、住民のあいだでガンや角化症などの皮膚病が異常に増加した。
さらに、汚染された水を飲んだ家畜の牛乳や、燃料として使用される牛糞にまで汚染物質が蓄積し、食物連鎖を通じて人体への影響が拡大している。いかに最悪な状況になっているのかがわかるはずだ。
インドで健康に生きるというのは、けっこう大変なことでもある。

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総合的なアプローチができないのがインド
インドでは下痢や腸チフスなどの水因性疾患の患者も数十万人に及ぶ。子供や高齢者、あるいは免疫力の低下した人々は、こうした疾患で命を落とすわけで、放置していい問題ではない。
普通の人でも、飲料水からヒ素やフッ化物などの有害物質を慢性的に摂取していたら、がんや骨格異常、神経障害などの重篤な疾患を引き起こすわけで「たかが水」とは言ってられない。
ヒ素への長期的な曝露はDNA損傷の可能性を高める。病気の人も増えていく。つまり、汚染された水による健康被害は、インドで医療費の増大や労働生産性の低下につながっていく社会問題となる。
農業や漁業など、水に依存する産業にも深刻な影響が及ぶだろう。
そのため、この破滅的な「水危機」に対して、政府、NGO、国際機関などがさまざまな取り組みをおこなっているが、問題の規模が大きいため、果たして解決に至るのかは未知数でもある。
政府の取り組みとしては、2019年に「ジャル・シャクティ省」(水力省)が設立され、水資源管理の一元化が図られた。同省は「ジャル・ジーヴァン・ミッション」を推進し、すべての農村世帯に安全な飲料水を供給することを目標としている。
NGOや国際機関も、安全な水と衛生設備の提供、水質改善技術の導入、地域コミュニティの能力強化などをおこなっている。
しかし、これらの対策には多くの課題が残されている。水インフラの整備には莫大な資金が必要だが、政府予算だけでは不十分である。水質浄化技術や節水技術を取り入れるとしても、コストや維持管理の問題から導入が進まない。
インドの水危機解決には、技術的、財政的、制度的、社会的な側面からの総合的なアプローチが必要なのだが、それができないのがインドである。インドはもしかしたら、水で危機に陥る大国となるのかもしれない。

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