
今、インド経済は大きな試練に直面している。トランプ大統領がインド製品に対して追加関税を決定したのだが、その一部は合計で50%に達する前代未聞のものだった。この措置は8月27日に発効予定であり、米印間で予定されていた交渉は中止された。その中でインド株式に強気の人物もいる。(鈴木傾城)
プロフィール:鈴木傾城(すずき けいせい)
作家、アルファブロガー。著書は『ボトム・オブ・ジャパン』など多数。政治・経済分野を取りあげたブログ「ダークネス」、アジアの闇をテーマにしたブログ「ブラックアジア」を運営、2019、2020、2022年、マネーボイス賞1位。 連絡先 : bllackz@gmail.com
クリストファー・ウッド、インドに強気
国際的に知られる株式ストラテジストであり、現在は米系投資銀行ジェフリーズ(Jefferies)に所属しているクリストファー・ウッドは新興国の動きを長らく研究してきた人物である。
もともとクレディ・スイス(Credit Suisse)で長年、アジア株市場の戦略責任者を務めており、アジアの投資家や政策当局のあいだでもよく名前が知られている。特にインドや中国など新興市場の成長性やリスクを分析するレポートで注目を集めてきた。
つまり、「インド経済の専門家」である。
興味深いことに、その人物がインド株式については「BUY! BUY! BUY!(買い!買い!買い!)今はインド株を売るときではない」と強調している。
今、インド経済は大きな試練に直面している。トランプ大統領がインド製品に対して追加関税を決定したのだが、その一部は合計で50%に達する前代未聞のものだった。この措置は8月27日に発効予定であり、米印間で予定されていた交渉は中止された。
つまり、短期的にはトランプ大統領の一方的な圧力がインド経済に突きつけられた形になった。市場はこの報を受けて即座に反応した。株式市場は一時的に下落し、投資家のあいだに不安が広がった。
たしかに、米国の関税が意味するところは軽くない。インドの輸出の中で米国が占める割合は依然として高く、とくに繊維、宝飾品、化学製品、自動車部品などの分野は打撃を受ける。
これらの産業は労働集約的な性格を持ち、地方の雇用とも密接につながっている。関税が長期化すれば、輸出数量の減少と利益率の低下が避けられず、地域経済や雇用にまで波及する。
その状況の中で、クリストファー・ウッドが「BUY! BUY! BUY!」とインド経済に対して逆張りを奨めている。その背景には何があるのか?

インドの貧困層の女性たちを扱った『絶対貧困の光景 夢見ることを許されない女たち』の復刻版はこちらから
なぜ逆風が吹いているインド経済に強気なのか?
インドの置かれている立場は国際金融市場の視点から見れば、最悪とも言っていいような状況だ。トランプ大統領の恫喝関税50%は、投資資本の流れに影響を及ぼす。海外投資家は不確実性を嫌うため、一時的な資金流出が発生する可能性が高い。
インド株式市場に組み込まれている外国人投資家の比率は大きく、こうした動きは指数全体のボラティリティを高める。実際、今回の発表後、外国人投資家による売りが一時的に増加し、市場の不安定さを浮き彫りにした。
幸か不幸か、米国が課す関税の影響がインド経済全体に直結するわけではない。インドのGDPに占める対米「財」輸出の割合は約2%にすぎず、経済全体を根底から揺るがす規模ではないからだ。
それでも、象徴的な意味は大きい。米国との関係が冷え込むことで、インドは国際政治の舞台で選択を迫られる。経済の数字以上に、外交上の摩擦が市場心理に影響を与えているのだ。
米国との摩擦が一過性で終わるのか、あるいは長期的な構造対立に発展するのかにかかっている。
そんな中で、クリストファー・ウッドはなぜインド経済に強気なのかというと、「ワシントンによる関税措置がBRICSの結束をより強固なものにし、非ドル建て貿易を拡大させると確信している」からだ。
トランプ大統領が強硬に関税を課すことで、インドを含むBRICS諸国は対抗的に結束を強めざるを得なくなる。BRICSはすでに自国通貨決済やドル依存の縮小を模索している。昨今のトランプ大統領の強権的な貿易政策はその動きを加速させる。
非ドル建て貿易の拡大は、為替変動リスクを分散し、新興国間の取引をより安定的にする効果を持つ。インドは世界的に需要が伸びる市場であり、人口増加と国内消費の拡大という強力な内需を背景に、外部環境の変化にも耐性がある。
したがってウッドは、短期的な関税の衝撃よりも、長期的にインドが国際経済の中で一層重要な位置を占める流れの方が強いと見ている。そこに強気の根拠を置いているようだ。
地獄のようなインド売春地帯を描写した小説『コルカタ売春地帯』はこちらから
何がインド経済を押し上げていくのか?
今、インド経済は物価が落ち着いている。2025年7月の消費者物価指数(CPI)は前年同月比1.55%と、2017年以降でもっとも低い水準にまで下がった。インフレ率の沈静化は、家計の実質所得を押し上げ、消費活動を支える力となる。
物価上昇に悩まされてきた国民にとって、この数値は大きな安堵を意味しており、輸出が揺らいでも内需により経済が持ちこたえる余地を示している。
さらにモディ政権は、消費税にあたるGST(物品・サービス税)の簡素化や減税を検討している。これは特に自動車や耐久消費財にとって追い風となる施策だ。市場はすでにこの観測を好感し、自動車株や消費関連株が反発した。
税制改革は単に負担を軽減するだけでなく、長期的には経済の効率性を高め、成長の加速要因になり得る。
そもそも、インドはこれから人口ボーナスによって成長する国でもある。総人口は14億人を超え、平均年齢はまだ30歳に満たない。若い労働力と消費者層が拡大し続けるのだ。
アメリカが関税で輸出産業に打撃を与えても、旺盛な国内需要がショックを吸収するという前提はこの人口動態によって裏付けられている。
モディ政権はこうした基盤を背景に、輸出頼みではなく国内市場を成長の柱に据える姿勢を鮮明にしてきた。インフラ投資、製造業振興の「メイク・イン・インディア」、デジタル化推進といった政策群はすべて、自国の市場を拡大させる。
米国の関税によって輸出が揺れることは避けられない。だが、インド経済の構造そのものが内需を軸に回り始めており、それがインドの株式市場を押し上げるというのがクリストファー・ウッドの意見である。
ブラックアジア 売春地帯をさまよい歩いた日々・インド/バングラ編。「売春地帯をさまよい歩いた日々」の中でもっとも過酷だったインド・バングラ。そのすべてが、こちらで読めます。
トランプ大統領とモディ首相の強硬な姿勢
私もクリストファー・ウッドの意見には同調する点が多い。長い目で見るとインド経済は発展していくだろう。投資に値する国であるとも思える。ただし、その発展は一筋縄ではないかないというのも意識している。
トランプ政権のあいだは特にそうだ。
米国の関税政策の背景には、ドナルド・トランプ大統領の一貫した「恫喝関税外交」がある。トランプは経済問題を外交交渉の手段として用い、相手国に譲歩を迫る姿勢を崩さない。
今回のインドへの追加関税も、米国内の雇用保護や産業支援を名目としながら、実際には政治的駆け引きの一部として発動されている。トランプは選挙を前に支持基盤を固める必要があり、対外的に強硬な姿勢を示すことで国内の保護主義的な有権者に訴えている。
一方、インドのナレンドラ・モディ首相もまた、国内政治において強い支持を必要としている。
モディ政権はインフラ投資や雇用創出を旗印に掲げ、国民に経済成長の果実を約束してきた。関税による輸出産業への打撃は国内の雇用や地域経済に悪影響を及ぼすため、政治的に看過できない。
だが同時に、米国との対立が表面化することで「自国の主権を守るリーダー」という姿を国民に示す機会にもなる。モディにとって、対米強硬姿勢は国内世論の支持を維持する手段となる。
このように、トランプとモディはそれぞれ自国の政治的必要性から強硬な立場になりやすい。何とか交渉が進展しても、次の選挙や国内情勢の変化によってすぐに状況が変わる。
実際、今回の追加関税をめぐる協議も紛糾し、直前になってキャンセルされ、関税発効が現実味を帯びてしまった。
この政治的な不確実性こそが、インドの株式市場を乱高下させるだろう。インドの長期的成長を見込んで世界の投資資金がインドに流れ込む可能性もあるのだが、場合によっては長い低迷が続いてもおかしくない。
トランプとモディという二人の強権的リーダーの下で、経済は揺れ動くだろう。そういうのも考慮に入れて、インド経済がどうなるのかを固唾を飲んで見守っている。




コメント