
今の時代は、社会からはぐれて「野良犬」のように生きている人間だけでなく、普通に暮らしている人たちですらも経済的に追い込まれてしまうような厳しい時代でもある。いったん住所を失うようなことになると再建も想像以上に大変になる。路頭に迷わないためにしなければならないことがある。(鈴木傾城)

プロフィール:鈴木傾城(すずき けいせい)
作家、アルファブロガー。著書は『ボトム・オブ・ジャパン』など多数。経済分野を取りあげたブログ「フルインベスト」、アジアの闇をテーマにしたブログ「ブラックアジア」を運営、2019、2020、2022年、マネーボイス賞1位。連絡先 : bllackz@gmail.com
生活が崩れる人たちは確実に増えていく
日本は長いあいだデフレの時代が続いていたが、すでに状況は変わった。消費者物価指数は跳ね上がり、食品や光熱費など生活に直結する分野では場合によっては10%近い値上げも続いた。主食であるコメの値上げは異常なほどだ。
このインフレで実質賃金も減少している。つまり、多くの人の生活は多少は賃上げがあってもインフレには追いついていないので、実際にはじわじわと貧しくなっている。
インフレの恐ろしいところは、生活費がいっせいに上がる点にある。電気代、ガス代、食料品、家賃、交通費が同時に上がると、月の生活費は簡単に数万円増える。だが企業の賃金は同じ速度では上がらないのだ。
政治に期待する人も多いが、政治は生活を守るための万能装置ではない。
政治家は日本の少子高齢化を数十年も止めることができなかったので、今後は社会保障費をまかなうために国民に過大な負担を取るしかない。いずれは社会保障の削減や増税が間違いなくおこなわれる。
トランプ大統領のイラン攻撃で起きた経済的ショックを見ても明らかなように、突発的なショックは間違いなく日本をも激震させていく。ひとつのショックが落ち着いても、また次の経済ショックが襲ってくる。
このような事態になると、生活基盤が弱い層から順番に追い込まれていく。収入が不安定で、貯金がなく、借金を抱えている人は、物価の上昇や景気の悪化が直撃する。あるいは年金生活者も同様だ。
路頭に迷う人も出てくるだろう。社会全体の環境が変われば、誰にでも起こり得る。
デリヘル嬢と会う: 彼女は、あなたのよく知っている人かも知れない
日本女性が貧困から風俗の世界に入る姿を見聞きするうちに、彼女たちは実際にはどんな女性たちなのだろうかと興味を持つようになっていた。
社会的信用を失うとはどういうことなのか?
カネが足りなくなり、どうしようもなくなると家賃が払えなくなる。最終的には住んでいる場所を追い出されることになる。それが路頭に迷うという意味だ。そうなると、生活の拠点も失うし、社会との接点も失い、信用も健康もすべて消えていく。
世界がパンデミックで覆われていた2020年から2022年あたり、私はネットカフェ難民の若者たちに会っていたが、彼らの話を聞いて住居のないことの切実さが身につまされた。
住んでいる場所を追い出されると「住所」そのものがなくなる。住所がないと銀行口座の開設や更新が難しくなる。携帯電話の契約もできなくなる。仕事に応募する際も住所や連絡先が必要になるため、社会との接点が一気に切断されることになる。
これはけっこう恐ろしい。何もできなくなるのだ。
最近はアパートやマンションを借りるにも家賃保証会社との契約が必要になってきているところが増えているが、いったん家賃を払えなくなって住居を失うと、滞納記録が信用情報や保証会社のデータベースに記録されて、その後の賃貸契約の審査において極めて不利になってしまう。
具体的に言うと、信販系保証会社を利用している場合、家賃の滞納情報はCICなどの信用情報機関に記録される。そうすると、この記録は「金融事故」として扱われ、滞納解消から5年〜10年程度は消えない。
いったん信用を失うと、新しい部屋を借りることも難しくなる。金融機関の審査にも通りにくくなる。社会は信用を前提に回っているため、その信用を失うと生活の再建が急激に困難になってしまうのだ。
では、独立系の保証会社であればいいのかというと、まったくの逆でこれらの企業では滞納履歴が「半永久的」に記録されたまま共有されるという。一度滞納を起こすと、その後の人生はとんでもなく面倒なことになってしまう。
それが信用を失うという意味だ。
暗部に生きる女たち: デリヘル嬢という真夜中のカレイドスコープ (セルスプリング出版)
アンダーグラウンドで働く多くのデリヘル嬢と会い続けて見えてくるのはそのめくるめく多彩性だった。
ちょっとやそっとで安心できるわけがない
私のこれまでの生き方は、最近『アジアの暗黒街で愛を探した男』に書いているのだが、私は20代の頃からずっと社会の主流から外れて生きてきた。
会社に勤めて安定した給料を得るという生き方ができなかったので、しかたなく組織にも属さず、自分の判断だけで生活してきた。世間から見れば、典型的なドロップアウトである。
社会からドロップアウトしたらどうなるのかというと、収入が保証される環境ではないので「つねに路頭に迷う危険がある」ということなのだ。しかも私の資金は株式の売買で得たものだったので、いつ吹き飛ぶのか知れたものではなかった。
明日カネがなくなるかもしれない、すべてが消えるかもしれないという感覚がずっと続いていたのだ。
この危機感は、年齢を重ねても消えていない。ある程度のカネが手元にあっても、そのヒリヒリとした感覚はずっと残り続けている。「一歩間違えたら終わり」の中で生きていた期間が長かったので、どうしてもその感覚が抜けきれなかった。
野良犬は飼い犬とは違う。飼い犬は至れり尽くせりで愛されるが、野良犬はエサも自分で探して、まわりの人間からも排斥され、下手したら抹殺される。私は永遠の野良犬人生なので、ちょっとやそっとで安心できるわけがない。
私のまわりにいる女性たちもまた同じような野良犬の人生だった。
彼女たちと長く接していると、社会の底にある現実が見えてくる。生まれながらにして貧困家庭に生まれ、教育もなく、ちゃんとした仕事にも就けず、人脈もなければ、這い上がることすらもできない。
世間は底辺の人間には冷たいし、まして夜の仕事であったらなおさら偏見の目で見られて叩きのめされる。その結果、ちょっとした病気やトラブルでも乗り越えることができずに「路頭に迷う」ような結果になってしまう。
野良犬の女たち: ジャパン・ディープナイト (セルスプリング出版)
路上で男を待つ女、日本全国を流れて性産業で生きる女、沖縄に出稼ぎに行く女、外国から来た女、場末の風俗の女……。流れ者の女たちは、どんな女たちだったのか?
特別な才能や幸運よりも基本的な行動
今の時代は私や底辺の女性たちのような「野良犬」だけでなく、普通に暮らしている人たちですらも経済的に追い込まれてしまうような厳しい時代でもある。インフレ時代は資産を保有している人は有利だが、底辺の何も持たない人には非常に不利な社会なのだ。
厳しい時代において生活を守るためには、特別な才能や幸運よりも基本的な行動が重要になる。基本的な行動とは、10個上げるとしたら以下のようなものになる。
・安定した収入源を持つ。
・経済の基本原則(収入>支出)を守る。
・借金を最小限に抑える。
・健康管理を継続し、重大な病気を避ける。
・有益な人と付き合い、害のある人を避ける。
・法律違反や犯罪に関与しない。
・酒・ギャンブル・依存症に生活を支配させない。
・感情に任せて大きな決断をしない。
・情報収集を怠らず社会の変化を把握する。
・長期的な資産形成(貯蓄・投資)をおこなう。
生活を守るためには突飛なことをする必要はまったくない。奇手もない。上記は言ってみれば資本主義で生きるために基本であるとも言える。このシンプルな基本から逸脱していくと、転落のベクトルが加速してしまう。
もちろん、すべてに合格である必要はないし、それは実現には不可能かもしれない。私もいくつか基本を逸脱している項目がある。
私が付き合っているアンダーグラウンドの人間たちはだいたいが性格に問題を抱えているし、私が被害を受けることもあるだろう。さらに私は健康管理がまったくできていない。最近はそのツケを払う羽目になっている。
私だけでなく、誰もが何か問題を抱えているはずだ。場合によってはそれが人生を破綻に導くこともある。それを理解した上で、だからこそ基本を守り続けてしたたかに生き残っていくしかない。
幸運を祈る。






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