
大統領を2期務めたジョコ・ウィドドが10年の任期を終えて退任する。ひとつの時代が終わったともいえる。ジョコ・ウィドド大統領の時代に入ってから、インドネシアは変わったと思う。インフラ基盤を整備し、インドネシアを成長させた。素晴らしい実績だった。(鈴木傾城)
プロフィール:鈴木傾城(すずき けいせい)
作家、アルファブロガー。著書は『ボトム・オブ・ジャパン』など多数。政治・経済分野を取りあげたブログ「ダークネス」、アジアの闇をテーマにしたブログ「ブラックアジア」を運営、2019、2020、2022年、マネーボイス賞1位。 連絡先 : bllackz@gmail.com
インフラ基盤の開発に重点を置いたウィドド
日本は30年も無能な政治が続き、もはや回復不能の凋落国家となっているのだが、世界に目を転じると、これから躍進していく興味深い国が多い。私がさまよい歩いていた国のひとつ、インドの躍進には興奮しているのだが、もうひとつ期待を寄せている国がある。
それが、インドネシアだ。
インドネシアは2億8,000万人以上の人口を抱え、世界で4番目に人口の多い国である。イスラム教徒の人口がもっとも多く、アメリカとインドに次いで世界で3番目に大きな民主主義国家でもある。民族性も多様だ。
私が愛した女性の何人かはスンダ族の女性で、美しい女性が多かった。私の書籍『カリマンタン島のデズリー』のモデルになった女性も、小説内では触れていないがスンダ族の女性だった。
そのインドネシアだが、大統領を2期務めたジョコ・ウィドドが10年の任期を終えて退任する。ひとつの時代が終わったともいえる。
ジョコ・ウィドド大統領の時代に入ってから、インドネシアはあきらかに変わった。ウィドド大統領は、就任当初から経済発展の鍵としてインフラ基盤の開発に重点を置いていたのだが、これがインドネシアの経済発展に寄与した。
ウィドド大統領は、まさに「インフラ大統領」であったのだ。インドネシア全土に、道路・橋・空港を次々と建設し、多くの人々に仕事を供給しつつ、国の基盤を整備していくのがウィドド大統領の戦略だった。この10年でインドネシアは着実に国力を上昇させたと思う。
このインフラ整備なのだが、ウィドド大統領が考えなければならなかった最大の問題があった。それが「ジャカルタの沈没」だった。
ブラックアジア 売春地帯をさまよい歩いた日々・インドネシア編。インドネシアには「女たちが捨てられた村」がある。リアウ諸島の知られざる売春地帯を扱った鈴木傾城入魂の書籍。
ウィドド大統領は遷都でリスクを取った
インドネシアの首都ジャカルタは現在、地盤沈下と汚染に悩まされている。
ジャカルタは低地に位置し、地下水の過剰な汲み上げが原因で地盤沈下が進行している。特に北ジャカルタの一部地域では、年間最大25センチメートルもの沈下が確認されており、海抜ゼロメートル以下の地域も増えた。
このため洪水のリスクが高まり、将来的には都市全体が海面上昇の影響を受ける危険があったのだ。
さらに、ジャカルタは深刻な大気汚染にも悩まされている。急速な都市化と交通量の増加により、排気ガスや産業排出が環境に大きな負担をかけ、世界保健機関(WHO)の基準を大幅に上回る汚染物質が観測されている。
ジャカルタの交通はカオスである。人口過密も問題であり、都市のインフラや公共サービスが急増する人口に対応しきれていない。そこでジョコ・ウィドドが打ち出したのは「遷都」である。
カリマンタン島のジャングルを切り拓き、そこに数十億ドルをかけてゼロから都市を作る。
その新都市が「ヌサンタラ」である。ヌサンタラとはインドネシア語で「群島」という意味だ。1万7,000以上の島々からなる島嶼国家であるインドネシアにとって、「群島」というのは国家のアイデンティティを示していたのだった。
この計画は、環境的持続可能性を掲げ、ジャカルタに代わるカーボンニュートラル都市を目指すものだ。批判者はこれを「金の無駄遣い」と見なし、詳細な計画やリスク管理が不足していると指摘している。
実際、新首都を建設することでこれらが解決される保証はない。さらに、建設のスピードと予算の制約が実現性に大きな疑問を投げかけている。
計画がどれほど壮大であろうと、持続可能な都市をゼロから作るには多大な時間と資源が必要であり、これが急速に進行するとは誰も保証できない。
しかし、ジャカルタは危機に瀕しており、一刻の猶予もない。私は、このジョコ・ウィドドの壮大な「遷都」計画を評価している。いつか、誰かが決断しなければならないものだった。ウィドド大統領はリスクを取った。


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インドネシアは世界最大のニッケル生産国
私は、インドネシアで貧困の女性が苦しむ姿を見てきた。今もインドネシアでは多くの貧困層が這い上がれないで苦しんでいる。しかし、私自身はインドネシアが東南アジアでも有数の発展を遂げるのではないかと期待を寄せている。
ウィドド大統領は国内のインフラを整備すると同時に、貿易ではニッケルを重視した。インドネシアは世界最大のニッケル生産国であり、ウィドド政権はその資源を最大限に活用しようとしていたのだった。
ニッケルは電気自動車(EV)やリチウムイオン電池の製造に不可欠であり、ウィドド政権はこの戦略的資源を駆使して成長を加速させようと目をつけた。ウィドド大統領のもと、ニッケル鉱石の輸出禁止措置が実施され、国内での付加価値を創出する取り組みが進んだ。
ウィドド大統領の任期中に、この国は世界のニッケル生産のトップに躍り出た。その結果、2018年以降はインドネシアがニッケルにおいては世界最大の生産国となり、それ以来、毎年その優位性を高めてきた。
現在、インドネシアは世界のニッケル生産量の半分以上を占めており、フィリピン、ロシア、その他すべての国を合わせたよりも多くなっている。ニッケルが現代文明に必要不可欠なマイニングであることを的確に見据えた戦略だった。
ただ、ニッケルを単に鉱物として海外に流すだけだと、そのニッケルをリチウムイオン電池に組み込んで製造した海外企業が大きく儲けるだけである。そのため、ニッケル鉱石の輸出禁止措置が実施され、国内でリチウムイオン電池を製造し、それを輸出する方向になっている。
インドネシアはかつて、オランダの植民地主義者によって容赦なく資源を略奪された歴史を持っている。
ただ単に鉱物を右から左に流すだけだと、国は成長しない。ニッケルを使って付加価値を創出し、それでインドネシアが大きなリターンを得ることを考えるのは、インドネシアの成長にとっては必要不可欠だったのだ。
ウィドド大統領はそれがわかっていた。
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プラボウォ・スビアント「新大統領」
インドネシアは「黄金のインドネシア2045」を目指し、2045年までに先進国になることを掲げている。私自身は、インドネシアがゆくゆくは中国やインドと並ぶくらいの経済大国になれるポテンシャルがあると考えている。
しかし、中進国の罠という課題が立ちはだかる。インドネシアは経済成長を続けているが、教育や健康といった人的資本の向上が追いついていないため、これが長期的な成長の妨げとなるリスクがある。
人口の約60%が35歳以下で構成されているこの国では、若年層が経済成長のエンジンとして期待されているが、その現実は厳しいものがある。貧困ライン以下で暮らす若者の数も依然として高い水準を維持している。
毎年400万人が労働市場に新たに参入する一方で、それを吸収できるだけの雇用機会が不足するのであれば、失業者が増え、貧困が固定化され、政治不安が高まり、それがインドネシアの成長を阻害してしまうだろう。
人的資本の質の向上には、教育の投資が欠かせない。ウィドド政権は教育予算の20%を確保していたのだが、それだけでは十分ではなかった。次期大統領は、質の高い教育制度を構築して、技術者や専門家を育成しなければ、インドネシアは他国に追い越される可能性がある。
次期大統領はプラボウォ・スビアント氏なのだが、ウィドド政権の方針を踏襲するとしている。
新大統領は、人的資本への投資と制度の整備を進め、経済の基盤を強化する必要がある。この取り組みが成功すれば、インドネシアは中進国の罠を突破し、次の10年も成長できる可能性がある。
失敗してしまえば、インドネシアは中進国から抜け出せず、やがて政治は混迷していくことになるのだろう。はたして、プラボウォ・スビアント新大統領は、インドネシアを躍進させることができるだろうか……。
インドネシアは個人的には魅力を感じている国のひとつである。インドネシアの躍進に期待している。

カリマンタン島のデズリー


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