
東南アジアの偽ブランド商品の蔓延が、今や国際政治や通商交渉に直結する外交上の争点となっており、特にアメリカがこの問題を重視し、偽造品の流通を放置する国に対して高関税という制裁措置を示唆している。東南アジアは、果たして偽ブランド商品を一掃することができるのだろうか?(鈴木傾城)
プロフィール:鈴木傾城(すずき けいせい)
作家、アルファブロガー。著書は『ボトム・オブ・ジャパン』など多数。政治・経済分野を取りあげたブログ「ダークネス」、アジアの闇をテーマにしたブログ「ブラックアジア」を運営、2019、2020、2022年、マネーボイス賞1位。 連絡先 : bllackz@gmail.com
タイに満ちあふれる偽ブランド商品
タイ・バンコクのパッポンやスクンビット界隈を歩くとかならず目に入るのが偽ブランド商品だ。そこらかしこに偽のロレックスやルイ・ヴィトンのバッグを差し出す露天商が軒を並べている。
パッポンやスクンビット通りだけではない。MBKセンターでもパタヤでも普通に偽ブランドが売っている。偽ブランド商品は、すでに観光地に組み込まれており、誰もがそれを偽物だとわかっていて買う。
ロレックスだろうが、ルイ・ヴィトンだろうが、シャネルだろうが、グッチだろうが、すべて数百円から数千円レベルで手に入る。観光警察がいるが、別に露天商を逮捕するわけでもないし、それを買った観光客を逮捕するわけでもない。
私は旅行に行くときはかならず「使い捨て」の安物の時計をしていくのだが、露天商などはそれを見て「ロレックスをしたほうがいい。カシオなんかだめだ」と私の〝本物〟のカシオをけなす。
売っている偽ブランド商品は腕時計だけではない。衣類、靴、バッグ、サングラス、香水、さらには医薬品にまで及んでいる。
MBKセンターのような大規模商業施設では、一見すると正規の店舗のような構えをしているが、店内に入ればコピー商品が陳列されていることもある。これは単なる個人の副業やスモールビジネスではなく、組織的な製造拠点が裏にあることがわかる。
タイでは、知的財産権の侵害が国際的な批判の対象となっている。2023年には、知的財産局が1300件以上の摘発をおこない、270万点を超える偽造品を押収した。しかし、偽造品の供給は止まっていない。
摘発はあくまで「表面的な対応」にとどまっている。
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トランスシップメント(迂回輸出)
偽ブランド商品が満ちあふれているのは、ベトナムでも同様である。ホーチミン市のサイゴン・スクエアでは、見た目も質感も本物に極めて近いナイキやアディダスのスニーカーが並び、買い物客はそれを「お得な買い物」として受け入れている。
地元の業者は、これらを「工場の余剰品」と称することが多いが、実際には精巧に模倣された偽物である。
東南アジアの偽ブランド商品の蔓延は今、国際政治と通商交渉に直結する「外交上の争点」となっている。特にアメリカはこの問題を重要視しており、偽造品の流通を放置する国々に対して高関税という制裁措置をちらつかせている。
トランプ政権下では、2024年から2025年にかけて、東南アジア諸国に対する通商圧力が顕著になった。
背景にあるのは中国との貿易戦争である。中国製品がベトナムやタイなどを経由してアメリカに輸出される、いわゆる「トランスシップメント(迂回輸出)」が問題視された。
これに加えて、東南アジア各国が自国内でも偽造品を野放しにしていることが、アメリカの不信を強めている。その結果、トランプ政権は東南アジア製品に最大49%の関税を課す可能性を表明した。
これは極めて厳しい措置であり、交渉が決裂すれば、タイやベトナム、インドネシアなどの輸出主導型経済に大打撃を与えることは確実だった。
特にタイにとってはそうだ。アメリカは最大の輸出先であり、輸出全体の約20%がアメリカ向けである。米国市場への依存度が高いだけに、この制裁措置はタイ経済の根幹を揺るがしかねない。
こうした圧力の中、タイ政府は表向きには偽造品対策を強化した。MBKセンターでの摘発はその象徴であり、数百万ドル相当の偽造品が押収され、その様子がテレビで大々的に報道された。
しかし、この取り組みは「パフォーマンス」の色が濃く、摘発後も同じ場所で同様の商品が販売され続けていることが指摘されて当局の権威は失墜している。

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それは、国際犯罪ネットワークの一部
一方で、ベトナムはアメリカとの交渉を巧みに乗り切った。当初は最大46%の関税対象だったが、最終的に20%まで軽減され、トランスシップメントが疑われる製品には40%の関税が維持された。
ベトナム政府は通商交渉の裏で、トランプ前大統領の息子であるエリック・トランプとの不動産取引を通じた接触も試みていた。この非公式な外交ルートが、交渉に影響を与えた可能性がある。
アメリカが偽ブランド商品の問題を重要視する理由は明確である。これは単なるブランドの保護ではなく、アメリカ企業の利益と雇用に直結する問題である。
偽ブランドの流通は、正規品の売上を奪い、税収を減少させる。また、オンラインを含む違法取引が拡大することで、治安や国境管理の面でも脅威となる。
バンコクの法律事務所「ティルキー&ギビンズ」は、偽造品ビジネスと組織犯罪との明確な関連性を指摘している。「偽ブランド品は、しばしばドラッグの密輸、人身取引、密入国といった国際犯罪ネットワークの一部である」とこの法律事務所は述べる。
こうした違法商品の流通には、製造から流通、販売に至るまで多段階の関与者が存在し、その中には暴力団や非合法組織も含まれている。
米通商代表部(USTR)は、2025年の報告書で東南アジア各国の市場を名指しで批判した。特にバンコクのMBKセンター、ホーチミンのサイゴン・スクエア、クアラルンプールのペタリンストリートなどは「悪名高き市場」として名指しされた。
このような違法ネットワークの一端が明るみに出たのが、フランス人「ジュリアンV」の事件である。彼は「偽ブランドの王子」として知られ、中国の工場で製造された高級レプリカの時計を、タイの業者を通じて世界中に販売していた。
今までのアメリカは見過ごしたかもしれないが、トランプ政権は見過ごさない。
東南アジア諸国がこの現実から目を背ければ、アメリカとの信頼関係を損ない、経済的な代償を払うことになる。偽造品という一見些細な商取引が、国家の命運を左右する外交交渉の焦点となっている。
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偽ブランド商品が消える日がくるのか?
シンガポールは、東南アジアで唯一「偽造品がほぼ出回っていない」とされる国である。徹底した法執行と高い透明性、厳格な関税制度により、偽ブランド品の販売は都市部では事実上消滅している。
これは国際的なブランド企業にとっても魅力的な環境であり、高級ブランドがアジア戦略拠点としてシンガポールを選ぶ要因となっている。知的財産の保護体制を整備することで、シンガポールは高付加価値な投資先としての地位を確立している。
ベトナムも製造拠点としての役割が拡大しているので、政府もいよいよ偽造品の取り締まりに力を入れ始めるようになってきている。「Fmovies」という世界最大級の海賊サイトの摘発は、その象徴だった。
ベトナム政府は国内の偽造品流通に目をつぶるのではなく、少なくとも外向きには取り締まり強化の姿勢を示している。これは国内製造業の信用維持にもつながっている。
対照的に、マレーシアの対応は停滞している。クアラルンプールの中心地にあるペタリンストリートは、かつて偽ブランド天国と呼ばれていたが、実のところ、現在も状況は大きく変わっていないという。
政府の摘発も不定期で効果が限定的であり、露店ではロレックスやルイ・ヴィトンの偽物が堂々と並べられている。米国の報告書では、マレーシアは「知的財産保護の意識が低い国」として位置付けられており、このままでは国際貿易における評価が低下することは避けられない。
偽ブランドの流通は、経済的にも政治的にも国家の信頼度に直結する。
東南アジア諸国にとって、偽ブランドの流通をどう扱うかは、単なる治安や商業ルールの問題ではない。それは、国際社会の中でどう評価されるか、どれだけ信頼されるかを決定づける経済外交の分岐点となっている。
いつか、タイのパッポンやスクンビット界隈から偽ブランド商品がすべて消える日がくるのだろうか? そうなったら面白いが、なかなか想像できない光景である。私は偽ブランド商品のロレックスをするくらいなら、本物のカシオのほうがいい。




コメント
>私は偽ブランド商品のロレックスをするくらいなら、本物のカシオのほうがいい。
まあしかし高級時計なんてのは付けている人によるよね。
傾城さんがダークスーツ着てロレックスしてれば「キャー素敵!抱いてッ」となるけど
私がしてても「パチンコで取ったの?」と言われるのが関の山だからね。
というわけで最初っからオチが見えているので安物で結構です。