タイの家計債務GDP比率は91.3%という驚異的な水準に達している。一世帯あたりの平均債務額も調査開始以来最高水準となっている。じつは、昔からタイ人の借金癖は有名だったが、データを見ると悪化しているようにも見える。この家計債務問題は時限爆弾となりかねない。(鈴木傾城)
プロフィール:鈴木傾城(すずき けいせい)
作家、アルファブロガー。著書は『ボトム・オブ・ジャパン』など多数。政治・経済分野を取りあげたブログ「ダークネス」、アジアの闇をテーマにしたブログ「ブラックアジア」を運営、2019、2020、2022年、マネーボイス賞1位。 連絡先 : bllackz@gmail.com
タイの家計債務GDP比率は91.3%
タイの家計債務(それぞれの家庭が抱える借金)問題が、国家経済の重大な懸念事項として浮上している。
2023年末時点でタイの家計債務GDP比率は91.3%という驚異的な水準に達していたが、2024年9月の調査でも、一世帯あたりの平均債務額は60万6,378バーツ(約269万円)で、前年から8.4%増加し、調査開始以来最高水準となっている。
この数値は、世界的に見ても極めて高い水準であり、アジアでは韓国、香港に次ぐ第3位の高さである。じつは、昔からタイ人の借金癖は有名だった。データを見ると、今でも状況が変わっていないのがわかる。
なぜ、こんなことになっているのか? この異常な状況の背景には、タイの金融システムの特性がある。タイでは消費者が金融サービスや融資へ容易にアクセスできる環境が整い過ぎているのだ。これが債務の累積を助長している。
特に問題視されているのは、家計債務の59%が個人ローンやクレジットカードローンなどの短期高金利ローンであり、直接的な所得増加につながらない「非生産的ローン」であるという点だ。
さらに深刻なのは、特に低・中所得層の家計において、債務返済を含む全支出が収入を上回る状況が常態化していることがある。日々の支出をまかなうために、借り入れを増やすという悪循環が生じている。
最終的にはこれが、「借金を返すために借金する」という状況になっていく。
この家計債務問題は、タイ経済全体に深刻な影響を及ぼしている。高水準の債務は消費を抑制し、経済成長の足かせとなっている。また、債務返済の負担増加は、家計の貯蓄能力を低下させ、将来の投資や老後に対する不安を高めている。
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家計債務問題が重大な足かせとなる可能性
それにしても、一世帯あたりの債務が約269万円というのは驚くべき数字だ。前年比で8.4%増加したということなのだが、これは2009年の調査開始以来、最高額を記録しているのだ。家計債務の総額も16兆バーツ(約71兆円)を超える規模となっているのだからすさまじい。
それだけの借金があっても、きちんと返済できるのであれば問題ないが、債務返済に困難を抱える世帯も増加している。タイ商工会議所大学の2022年8月の調査によると、過去1年間で債務の返済不払いがあった世帯の割合は65.9%だった。
借金している世帯のうち、7割は返済に苦しんでいるということになる。この水準は先進国の基準では非常に高く、タイの借金している家庭が債務返済に苦しんでいる実態を浮き彫りにしている。
銀行の家計向け債権の状況も悪化している。債務返済期限を30〜89日超過した要注意先債権の比率が急上昇しており、これは多くの家計が「すでに」債務返済に窮していることを示しているのだ。
タイ経済の成長は、この家計債務問題が重大な足かせとなる可能性がある。
2024年10月16日、タイは約4年半ぶりに2.25%の利下げをしている。これは通貨バーツ高の抑制が表向きの理由なのだが、もうひとつには家計の負担軽減がある。借金をしている世帯の7割が返済に苦しんでおり、ここを放置していたら経済が完全失速する。これをタイの中央銀行は恐れたはずだ。
だが、皮肉なことがある。
たしかに利下げで借金返済は楽になる。ところが、利下げは「借金をしやすい環境を作る」ので、これによって家計債務はむしろ悪化していくこともあるのだ。借金をしやすい体質の人にとって、金利の引き下げは「新たな借金」への導入口となる。
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かくして、タイ人はみんな借金まみれに
タイの家計債務問題が悪化している理由は、もちろんタイの経済成長が鈍化し、多くの家庭で所得が減少していることが上げられる。パンデミックでも、インフレでも痛めつけられて、多くのタイ人が経済的ダメージを受けた。
それだけが原因ではない。タイも経済発展に伴い、消費者の欲求が多様化・高度化した。30~40代の中間層は品質や性能にこだわるようになってきた。
さらに、タイ女性はヘルスケアに敏感で、美白やアンチエイジング製品などのヘルスケア市場も成長している。ところが、所得の伸びがそれに追いついていない。この乖離が、借り入れによる消費が増える理由になっている。
また、タイの金融システムの構造的問題も無視できない。金融機関の競争が激化する中、消費者向けローンの審査基準が緩和され、過剰な融資がおこなわれてきた経緯がある。
非正規雇用者や低所得層向けの高金利ローンも活発で、返済能力を超えた借り入れを助長している。
高齢層はどうか? 現在、タイは高齢化社会へと突入している。(ブラックアジア:深刻化するタイの超高齢化。タイ政府は思いっきり「これ」をやるような気がする)
この高齢層もまた、社会保障制度が脆弱なこともあって、医療費などを借金でまかなったりする現状もある。本来、公的制度でカバーされるべき支出を、個人が負担せざるを得ない状況になっているのだ。
かくして、タイ人はみんな借金まみれになっていった。
この「借金まみれ体質」は消費を抑制し、経済成長の足かせとなっているだけでなく、社会の格差拡大にも拍車をかけている。低所得層ほど高金利のローンに依存せざるを得ず、結果として債務の罠に陥りやすいからだ。
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タイの家計債務問題は時限爆弾となりかねない
タイ政府や中央銀行はこの問題に対して、債務再編事業や、金融リテラシー教育の強化などを実施しているのだが、根本的な解決には至っていない。問題の本質が、個人の財務管理能力だけでなく、社会経済システム全体に及んでいるためだ。
全体を見ると、タイ経済はけっこうな綱渡りの状態にあるように見える。
アメリカではふたたびトランプ政権の時代となるが、これはタイ経済にも大きな影響を及ぼしそうだ。米中貿易摩擦や地政学的リスクの増大により、タイの主要産業である輸出セクターが打撃を受ける事態も想定されるからだ。
米中間の貿易摩擦が長期化すると、世界経済全体の成長が鈍化し、タイの輸出需要が減少する懸念があるし、国際的なサプライチェーンが混乱すると、タイの製造業が必要とする部品や原材料の調達が困難になる。
これは雇用や所得に直接的な影響を与え、多くの家計の債務返済能力をさらに低下させる恐れがある。
次に、気候変動の影響も無視できない。タイは農業国であり、気候変動による農作物への影響は農村部の所得を直撃する。これにより、すでに高水準の債務を抱える農村部の家計がさらなる困難に直面することになる。
金融政策の面でも、タイ中央銀行は難しい舵取りを強いられている。
利上げしたら、債務返済負担を直接的に増大させるので、借金まみれの国民を破綻に追い込むことになるし、一方で、景気刺激のための利下げは、さらなる借り入れを促進し、長期的には問題を悪化させるからだ。
こうやって考えると、タイの家計債務問題は時限爆弾となりかねない現状が見えてくるはずだ。
結局、この問題を解決するには、まずはタイ人の「借金まみれ体質」を変えていかなければならない。とはいっても、そう簡単に国民気質が変わるとは思えない。啓蒙して変えていくにしてもそれには時間がかかり、そのあいだに問題は悪化し続ける恐れがある。
唯一、この問題を一気に解決できるとしたら、タイ経済をどんどん好景気にしていくことだ。しかし、今の政権は政治経験の浅いペートンタン・シナワトラである。(ブラックアジア:ペートンタン政権はタクシン一族の復活であり、タイの政治の新たな火種となる?)
タイの家計債務問題がどうなるのか、注意して見ておく必要がありそうだ。
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