とまらない覚醒剤汚染。フィリピンで覚醒剤は何と呼ばれているか知っているか?

とまらない覚醒剤汚染。フィリピンで覚醒剤は何と呼ばれているか知っているか?

前ドゥテルテ政権下では、約6,000人以上が薬物関連の取り締まりで命を落とし、数十万人のドラッグ使用者が逮捕された。ところが、現在も覚醒剤はフィリピンの各地で依然として流通している。残念ながら、現政権も現状を根底から変えることはできそうにない。(鈴木傾城)


プロフィール:鈴木傾城(すずき けいせい)

作家、アルファブロガー。著書は『ボトム・オブ・ジャパン』など多数。政治・経済分野を取りあげたブログ「ダークネス」、アジアの闇をテーマにしたブログ「ブラックアジア」を運営、2019、2020、2022年、マネーボイス賞1位。 連絡先 : bllackz@gmail.com

フィリピンでドラッグ摘発の報道が相次いでいる

2024年10月、フィリピンでドラッグ摘発の報道が相次いでいる。フィリピン麻薬取締局(PDEA)は、マニラのパサイ市にあるニノイ・アキノ国際空港(NAIA)で、大規模な覚醒剤(メタンフェタミン)の密輸品を押収した。

密輸品は一見無害な手作り絵画に巧妙に隠されていた。PDEAの捜査官たちがDHLの貨物倉庫でこれを発見したのは、偶然ではなく周到な調査による成果であった。この事件はフィリピン国内外に波紋を呼んでいる。

さらに、フィリピン南部のスールー島でも、ホロ市のおとり捜査によって覚醒剤の密売が発覚した。

フィリピン麻薬取締局バンサモロ地域局長によると、この作戦ではスールー島の有力者が、2,040万フィリピン・ペソ相当の覚醒剤を隠し持っていた。この役員が覚醒剤の密売にかかわっているというのは現地では誰もが知っていた。

かねてから監視対象とされていたのが、なぜか逮捕されないで放置されていた。フィリピンではよくあることだ。町の有力者や金持ちは何をやっても逮捕されない。しかし、最近になってようやくその違法行為が明るみに出され、この男は逮捕されることになったのだった。

これらの事件は、単なる一過性のものではない。

10月初旬にも、セブ市でおこなわれた捜査によって、2,000万ペソ相当の覚醒剤が押収され、マリア・クリスティーン・ゴンザレス・アバルケスという女性が逮捕された。この女性は、国内外の違法薬物取引に深くかかわっており、その裏には巨大な犯罪ネットワークが存在することが示唆されている。

また、マニラのトンド地区では、4人の容疑者が逮捕され、3,740万ペソ相当の覚醒剤が押収された。これらの事件は、フィリピン国内の覚醒剤の蔓延が依然として深刻であり、政府の厳しい麻薬取締政策にもかかわらず、その根絶には至っていない現状を浮き彫りにしている。

前大統領のドラッグ・ウォーは無意味だった?

フィリピンで覚醒剤は何と呼ばれているかご存じだろうか。「シャブ」と呼ばれている。もちろんこれは、日本人が覚醒剤の通称として使っている「シャブ」からきているのは間違いない。こういうところでも、アンダーグラウンドでのフィリピンと日本のつながりの深さがうかがい知れる。

フィリピンにおける「シャブ」の蔓延は、統計的に見ても驚異的な規模に達している。フィリピン政府は、ドゥテルテ前大統領の就任以降、いわゆる「ドラッグ・ウォー」を繰り広げてきた。

前ドゥテルテ政権下では、約6,000人以上が薬物関連の取り締まりで命を落とし、数十万人のドラッグ使用者が逮捕された。

ところが、この厳しい取り締まりにもかかわらず、覚醒剤はフィリピンの各地で依然として流通している。たとえば、セブ市だけでも、月に数億ペソ相当の覚醒剤が押収されているという報告がある。

特にフィリピンの南部地域では、麻薬取引が活発であり、スールー島やミンダナオ島では密輸ルートが確立されている。

PDEAのデータによれば、2023年にはフィリピン国内で押収されたシャブの総量は、約4トンに達し、その市場価値は推定で100億ペソ以上とされている。これは、フィリピンの薬物問題が単なる犯罪の問題を超え、社会全体に深刻な影響を及ぼしていることを示している。

フィリピンではスラムや貧困層のあいだでもシャブが普通に広がっている。失業率の高さや貧困問題が、シャブ使用の増加に拍車をかけている。仕事もなく、将来もなく、一生貧困から這い上がれないとなれば、誰もが自暴自棄になって、アルコールやドラッグに溺れて憂さを晴らそうとする。

覚醒剤の1グラムあたりの価格は、およそ300ペソ(約690円)とされている。フィリピンの貧困層にとっても手の届きやすい価格帯だ。この結果、シャブは若者や貧困層のあいだで広まり、フィリピン全土で使用が常態化している状況である。

驚くべきことに、刑務所内でのシャブの流通も問題視されている。

フィリピンの刑務所は受刑者の約3分の2が薬物関連犯罪で収監されているのだが、その中でシャブの密売がおこなわれているのだ。フィリピンの刑務所のずさんさやドラッグの蔓延は、私たちの想像を超えるものがある。

刑務所内でのドラッグの取引が防げないのは、法執行機関が腐敗しているからだ。多くの刑務所職員がワイロを受け取り、違法行為を黙認している。

「ドラッグデン」と呼ばれる使用場所が日常の一部に

「シャブ」の蔓延は、単にドラッグ問題として片づけられるものではない。それは、ドラッグ問題であると同時に、「貧困問題」でもあるのだ。

フィリピンの深刻すぎる貧困については、こちらにも書いた。(ブラックアジア:ボンボン・マルコス政権になっても一向に解決が見えないフィリピンの貧困の光景

フィリピンは、東南アジアの中でも貧富の差が顕著な国であり、約25%の国民が貧困ライン以下で生活している。特に都市部のスラム地域では、失業率が高く、若者たちは将来への希望を持てず、現実逃避の手段としてシャブに手を出すことが多い。

こうした地域では、シャブの入手が非常に容易であり、「ドラッグデン」と呼ばれる使用場所が日常の一部となっている。

「ドラッグデン」とは、違法薬物の使用や取引がおこなわれる隠れた場所を指す言葉である。主に「シャブ」などの薬物が流通し、そこで集まる人々が密売や摂取をおこなう場所として機能している。

これらの場所は、フィリピンの貧困地域やスラム街に多く存在し、ドラッグデンは地域社会の一部として溶け込んでしまっているケースもある。

このフィリピンの薬物問題は、国内だけでなく国際的な問題にも発展している。シャブはフィリピン国内で製造されるだけでなく、国外からの密輸も頻繁におこなわれているからだ。

特に中国や他の東南アジア諸国との違法な薬物取引ルートが確立されており、この密輸ルートがフィリピンのシャブ問題をさらに悪化させている。

フィリピンのシャブ問題は、単なる国内の薬物問題ではなく、貧困、腐敗、国際犯罪という複数の要因が複雑に絡み合った社会問題だった。ドゥテルテ前大統領が不退転の決意でドラッグ・ウォーを進めたが、蔓延をとめることはできなかった。

フィリピンのドラッグ摘発の現場でYouTubeに上げられていた動画。これを見ても、フィリピンの貧困層がドラッグ密売に手を染めているのがわかる。

現政権も根底から変えることはできそうにない

フィリピンのシャブ問題が今後もさらに深刻化する兆候は、すでにいくつかのデータや事件からあきらかになっている。まず、政府の厳しい取り締まりにもかかわらず、シャブの流通は減少していない。むしろ、より巧妙な手法で密輸され、国内での使用が続いている。

2024年10月の密輸事件では、シャブが手作りの絵画に隠されていたが、これは従来の運び方とは一線を画すものであり、犯罪者たちがますます洗練された手段を用いていることを示唆している。

さらに、シャブの供給ルートは国内外でますます広がっている。中国や東南アジア諸国との密輸ルートが拡大しており、フィリピンはそのハブとして機能している可能性が高い。フィリピンは島国であり、政府の監視が行き届かない島や村が多く存在する。

このような国際的な薬物取引のネットワークが続く限り、フィリピン国内のドラッグ問題が解決に向かうことは期待できない。

そもそも、フィリピン政府内部の腐敗も、ドラッグ問題を深刻化させる一因となっている。ワイロが横行し、法執行機関が違法薬物取引を見逃している実態は、シャブの蔓延をとめるどころか、逆に加速させている。

たとえば、刑務所内でのドラッグの取引が黙認されている事実は、政府の取り締まり体制が脆弱であることを如実に物語っている。

そして、諸悪の根源として「貧困」がある。失業率や貧困率が高い状況が続く限り、人々がドラッグに依存する傾向は続くだろう。特に若者たちは将来の希望を失い、ドラッグに逃避し、野心ある若者はドラッグの密輸で成り上がろうとするので、薬物禍は広がるばかりだ。

ドラッグの蔓延がとまらないという事実は、フィリピン社会全体に深刻な影響を及ぼし続けている。犯罪率の上昇、家族の崩壊、刑務所の過密化など、ドラッグがもたらす負の連鎖は今後も続く可能性が高い。

残念ながら、ボンボン・マルコス現政権も、現状を根底から変えることはできそうにないのはわかる。

ブラックアジア・フィリピン編
『ブラックアジア・フィリピン編 売春地帯をさまよい歩いた日々(鈴木 傾城)』
ブラックアジア会員募集

ブラックアジア会員登録はこちら

CTA-IMAGE ブラックアジアでは有料会員を募集しています。表記事を読んで関心を持たれた方は、よりディープな世界へお越し下さい。膨大な過去記事、新着記事がすべて読めます。売春、暴力、殺人、狂気。決して表に出てこない社会の強烈なアンダーグラウンドがあります。

東南アジアカテゴリの最新記事