タイのパンガン島で起きている異変。この島はイスラエル人に乗っ取られるのか?

タイのパンガン島に大量のイスラエル人が集結している。島にはイスラエル人向けレストランや宿泊施設、ツアー会社が増加し、さらにユダヤ教施設「シャバド」が約4800㎡の敷地に建設された。イスラエル人は「パンガン島は第二のテルアビブだ」とも言っている。タイ人からしたら「乗っ取られた」感がある。(鈴木傾城)

鈴木傾城

プロフィール:鈴木傾城(すずき けいせい)
作家、アルファブロガー。著書は『ボトム・オブ・ジャパン』など多数。経済分野を取りあげたブログ「フルインベスト」、アジアの闇をテーマにしたブログ「ブラックアジア」を運営、2019、2020、2022年、マネーボイス賞1位。連絡先 : bllackz@gmail.com

観光楽園が「第二のテルアビブ」になるまで

タイ南部スラタニ県に位置するパンガン島は、長らく欧米やアジア各国の若者を引き寄せる観光地として知られてきた。

フルムーンパーティーで有名になった島は、もともとバックパッカー・ヒッピー文化を背景に発展してきたが、この数年で急激に変貌を遂げている。その主役となっているのがイスラエル人観光客と長期滞在者である。

入国管理局の統計によると、2025年現在、スラタニ県には約4030人のイスラエル人が滞在しているという。そのうちパンガン島には2548人、サムイ島には1279人が居住している。このうち987人が長期滞在者であり、349人はビジネスに関与していると報告されている。

短期滞在者も含めれば、イスラエル人は島の一大勢力になっている。かつて多国籍の旅行者が混在していたパンガン島は、今やイスラエル人比率が突出し、地域社会の構造そのものに影響を与えるようになっている。

イスラエル人は「パンガン島は第二のテルアビブだ」とも言っている。

もしかしたら、イスラエル人は本気でパンガン島を第二のテルアビブにしてしまうのかもしれない。実際に、島にはイスラエル人向けレストランや宿泊施設、ツアー会社が増加し、さらにユダヤ教施設「シャバド」が約4800㎡の敷地に建設された。

もはやこれは、コミュニティの定着を意図した動きである。

地元の観光業協会によれば、過去2年間で観光客数は200%以上増加した。そのほとんどがイスラエル人観光客である。その結果、地元では「もしかしたらパンガン島はイスラエル人に占領されるのではないか?」という不安が漂っているという。

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イスラエル人が「定住」する場所になった

SNS上では「パンガン島を守れ(Save Koh Phangan)」というキャンペーンも立ち上がり、イスラエル人による過度の進出に対する危機感が共有されている。

それにしても、なぜイスラエル人はここに集まっているのか。今のイスラエルはパレスチナの件もあって政情不安で揺れ動いている。そのため、彼らは母国イスラエルではなく、国外に出て平和を享受したいと思っているのだ。

そこで選ばれたのが、タイのパンガン島だった。

サムイ島・パンガン島は昔からドラッグとヒッピー文化とバックパッカー文化を愛する若者たちが訪れる場所で、イスラエル人の若者たちも多くがこの島を訪れ、そしてパンガン島でフルムーン・パーティーをして楽しんでいる歴史があった。

温暖な気候、比較的安価な生活コスト。そして以前からのイスラエル人ネットワーク。これらが存在することで、自然と「避難先」としてパンガン島が選ばれる場所となったようだ。

さらに、戦争や紛争のトラウマを癒すための「ダビデ・サークル」のような施設も開設されて、精神的ケアを目的に訪れる人々が増えている。自然に触れ、ビーチで平和を享受して、戦争のPTSDを治そうというわけだ。

こうした要素が重なり、パンガン島は観光リゾートであると同時に、イスラエル人の生活・文化拠点として急速に姿を変えている。パンガン島は一時的な観光地ではなく、明確にイスラエル人が「定住」する場所になったのだった。

その結果、レストラン、ヴィラ経営、ツアー会社などがイスラエル人によって運営されるようになり、その多くがイスラエル人観光客「だけ」を対象としたビジネスになってしまったという。

地元事業者や当局は、これらが名義貸しによって実現していると断定している。

表向きはタイ人がオーナーとなっていても、実際の資金提供や経営判断はイスラエル人が握っている。不動産も、イスラエル人がタイ人の名義(ノミニー)を利用して土地を取得し、事業を展開しているのだ。

もちろん、それは違法なのだが、その違法がパンガン島でやりたい放題に広がっているという。

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パンガン島は治外法権のようなありさま

土地だけではなく建物の建設許可にも疑念が向けられている。パンガン島では今、ヴィラやゲストハウスが急増しているのだが、地元当局がなぜか審査すべき建築基準や環境影響評価を無視しているようだ。

これらの背後には、資金力を持つイスラエル人投資家と、それを黙認する地元の協力者や役人の存在が指摘されている。

そもそも、パンガン島とサムイ島を合わせて、長期滞在者987人のうち349人がビジネスに関与しているのだ。この小さな2つの島に349人のイスラエル人のビジネスマンが定住していることが異様でもある。

こうした事態が、地元のタイ人を不安に陥れている。

タイ人の事業者たちは、イスラエル人のビジネスマンがコミュニティ専用のビジネスが顧客を囲い込み、自分たちの市場を奪っていると主張している。

さらに、このイスラエル人のビジネスマンたちが莫大な資金力で不透明な土地取得をしているせいで、正規のルートで投資や事業を営む地元の企業が不利な立場に追い込まれているとも訴えている。

本来、外国資本を含む企業の株式構成は厳格に審査されるべきである。もちろん、名義貸しなんかはもっての他だ。ところが、パンガン島では完全に骨抜きで、もはや治外法権のようなありさまなのだ。

タイ政府は今さらながら特別調査チームを設置して土地登記や企業登録を徹底的に精査すると発表しているが、すでに多数の不透明な案件が積み重なっており、調査が追いつかない状況だという。

パンガン島で、イスラエルの女性が「入店前に靴を脱ぐこと」「喫煙を控えること」という規則に従わずにやりたい放題した挙げ句「私のおカネがさ、あんたらの国を作ってんのよ!」と吐き捨てて炎上。

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タイ人には「島を乗っ取られた」という気持ち

現状を踏まえると、事態が収束に向かう兆しはまったくない。むしろ、イスラエル人コミュニティの定着と拡大はさらに進行し、島の社会構造を根本から変えていくかもしれない。

行政は調査や摘発を強化すると発表しているが、観光収入への依存度が高い地域にとって、外国人観光客の排除は自らの経済基盤を弱体化させる行為でもある。

結果として、取り締まりは限定的にとどまり、違法スキームや不透明な土地利用は生き残り続ける可能性が言われている。外国人に依存してしまうと、もはや地元経済は外国人の資金で回るので追い出せないのだ。

ただ、このままイスラエル人による土地所有や事業拡大が続けば、地元住民の反発は確実に強まる。

すでにパンガン島では自国だと思って傲慢に振る舞うイスラエル人を嫌い、一部の飲食店では「イスラエル人お断り」の掲示をするところも出てきたようだ。他の観光客も、一部の国の人間ばかりが目立つ場所には入りにくくなる。

観光客全体にとって快適ではない環境が形成されれば、島のブランド価値は下落する。「あそこはイスラエル人ばかりだからいくのはやめよう」という話にもなる。

イスラエル人自身も外部との摩擦を避けるため、逆に内部依存を強めていくことになる。つまり、同じイスラエル人がやっている店・施設・サービスのところしか行かなくなる。

飲食、宿泊、ツアー、宗教施設、療養施設まで自前で完結させる体制が強化されれば、島の経済は二重構造化し、地元経済への還元はますます減少する。つまり、外部から見れば「島の中にもう一つの国ができている」状態が固定化されることになる。

タイ人からしたら、「島を乗っ取られた」という気持ちになっても不思議ではない。地元の不満も鎮まらない。行政の手は届かず、イスラエル人による経済「乗っ取り」構造は強まる一方だ。

この対立が大きな事件に発展しなければいいのだが……。

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