◆私は売春地帯の「反道徳・反社会・反権力」という世界観がたまらなく好きなのだ

◆私は売春地帯の「反道徳・反社会・反権力」という世界観がたまらなく好きなのだ

かつて日本は「遊郭」があった。そこは柵や高い塀で囲まれていて周囲と隔絶されていて、男はその異世界に入り込むと、金が許す限りどんな女性と乱脈に関わっても誰も何も言わない世界だった。遊郭はまさに売春地帯だったのである。

1945年の敗戦後に遊郭は解体されたのだが、そこから放逐された女性は他のビジネスで食べていくよりも性を売る商売を望んだので、柵や高い塀が消えて自由になっても相変わらずそこに居続けた。

そのため、そのエリア一帯が特殊な地域となり、警察当局の区分けから旧遊郭の多くは「赤線地帯」となった。

赤線地帯がどういうものだったのかは、1956年の映画『赤線地帯』に詳しい。(ブラックアジア:映画『赤線地帯』に見る、1950年代の日本の裏社会の出来事

遊郭は「カフェー」という売春をする小料理屋と変化して赤線地帯として生き延びた。中には空襲で焼け野原になってしまった遊郭や地域住民との軋轢で移動させられた遊郭は、より人が少ない場所に移動したのだが、それが「新地」である。

関東の新地は消えたが、関西はいくつもの新地が今も残っているのは先にも書いた通りである。(ブラックアジア:かんなみ新地が一斉閉鎖。日本は小さな売春地帯ですらも許さない国となった

吉原などは、遊郭がカフェーとなり、カフェーがソープランドとなって業態を変えつつ生き延びているのだが、そのたびに規模を縮小させている。現代のソープランドも建て替え不可という当局の指導によっていずれ絶滅していく。

「遊郭」→「カフェー(ちょんの間)」→「ソープランド」という変化は、「売春地帯」というエリアを示す存在から「セックス産業」という点を示す存在に矮小化され、そして消される動きであると言える。

実はこうした動きは日本だけで起きているわけではなく、もう世界的に「売春地帯」という存在は許されなくなってきているように思える。多くの人に誤解され続けているのだが、私は……

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