日本は東南アジアと同じ気温に。夏は熱帯の生き方を取り入れるべき

日本は東南アジアと同じ気温に。夏は熱帯の生き方を取り入れるべき

「日本は熱帯化している」「日本は暑くなった」と言われ続けているのだが、その通りだ。

2018年7月。凄まじい暑さが続いている。気象庁によると、7月23日に埼玉県の熊谷市で国内の観測史上で最も高い最高気温41.1度を観測した。

さらに、東京でも青梅市がが40.8度で、観測史上初めての40度超えとなっている。この暑さは今後も解消せず、8月になっても依然として平均よりも暑い日が続くと気象庁は発表している。

気象庁はこの現象を受けて臨時記者会見し、「命に危険が生じる暑さが続き、災害という認識だ。水分と塩分を補給し、健康管理に十分注意してほしい」と国民に訴えている。

熱中症で救急搬送された人は7月24日の時点で2万2647人で過去最多である。死者も増えている。

熱中症で倒れる人は毎年どんどん増えているというのも、日本の夏が異様なまでに暑くなっている証拠でもあると言える。(鈴木傾城)


プロフィール:鈴木傾城(すずき けいせい)

作家、アルファブロガー。政治・経済分野に精通し、様々な事件や事象を取りあげるブログ「ダークネス」、アジアの闇をテーマにしたブログ「ブラックアジア」を運営している。「鈴木傾城のダークネス・メルマガ編」を発行、マネーボイスにも寄稿している。

自然と危機本能が働き、熱帯モードになって動く

都市部は通常の気温上昇に加えてヒートアイランド現象が起きている。暑さが倍増しているのだ。もう日本人は「熱帯で暮らしているのと同じ」という意識を持った方がいい。

最近は私もまた「これは熱帯と同じだ」と感じるようになっているので、自然と危機本能が働き、熱帯モードになって動くようになっている。

熱帯モードとは、暑い季節に暮らす東南アジアの人たちと同じ状態にすることなのだが、水分をこまめに取るだけでなく、「できれば歩かない」「歩くなら、日陰を歩く」「日陰がなければ、ゆっくりと歩く」というのも徹底することだ。

もともと私自身は夜行性の生活を数十年も続けていて、日が照っているような時間に外にいないことが多い。

それだけでも充分に熱帯モードになっているが、表社会の人とは昼間しか会えないので、そう都合良く夜だけ行動できるわけではない。

そういったときは昼間に歩くが、そのときは直射日光に当たるのをなるべく避けるようにして動く。最近は目を守るために、必ずサングラスもするようになっている。(ブラックアジア:視力喪失時代。今の社会は人々の視力を奪い取っていく社会

熱中症には、二度ばかり海外でかかったことがある。意識を失うほどひどい状況になったのはコスタリカだった。気分が悪いのを我慢して歩いていて、とうとう途中で朦朧として道ばたで倒れた。

現地の人が助けてくれたが、そのあと私はホテルに戻って、3日間歩けなかった。コスタリカの次はパナマに向かう予定だったが、大事を取ってアメリカに戻った。

熱中症は大したことがないと考える人もいるが、下手したら寝たきりになったり、死んだりするような危険な症状だ。

水分をきちんと取り、「できれば歩かない」「歩くなら、日陰を歩く」「日陰がなければ、ゆっくりと歩く」というのを徹底しなければならない。

プノンペン郊外。東南アジアで昼間に出歩くときは、水分をこまめに取り、「できれば歩かない」「歩くなら、日陰を歩く」「日陰がなければ、ゆっくりと歩く」というのを徹底しなければならない。日本と同じようにせかせかと歩いていたら熱にやられる。

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人間の細胞は、42度から43度あたりで変性する

人間の細胞は、42度から43度あたりで変性する。35度を超える猛暑日に、長い時間ずっと陽に当たっていると、体温が42度を超えることもある。

悪いことに、日本の気温は東南アジアよりも熱中症になりやすい特質がある。気温が高いだけでなく湿度も高く大量の汗が流れるからだ。

熱中症で倒れて運ばれる人の中には、部屋の中にいた高齢者もかなりいる。その理由は、気温と湿度が高い室内で汗を大量に流しながら水分補給をしないので、知らずして脱水症状になってしまうからだ。

汗によって体内の水分が大量に失われているのに水分補給をしないでいると、そのうちに脱水症状が起きる。

脱水症状が起きると、めまい、吐き気、頭痛、疲労感が同時に襲いかかってくる。高齢者の場合は急激に体力を消耗して身動きや正しい判断ができなくなってしまう。

身体に力が入らない上に、判断力も低下するので、「急いで水分を取る」とか「身体を冷やす」と言った基本的な防御が取れなくなってしまう。

人間の細胞は、42度から43度あたりで変性する。このような状況が長時間続くと、意識障害が起きてそれが死に直結することになる。

今、日本では熱帯と同じような気温になっているわけで、それなのに「普通の夏」のように思って行動していると危険なことになる。

日本人もそろそろ東南アジアの灼熱の大地の下で暮らす人たちの、「できれば昼間は歩かない」「歩くなら日陰を歩く」「日陰がなければ、ゆっくりと歩く」という生き方を夏に取り入れるようにした方がいいのではないか。

プノンペンのリバーサイド。昼間は誰もいないが、夜になると大勢の人がやってきてそれぞれの時間を過ごしている。東南アジアは「夜」が本番なのだ。これが熱帯の生き方だ。

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愛する東南アジアの大地、匂いを思い起こす

日本は灼熱の夏になっていくが、しかし対策がきちんと取れればそれほど恐れるに足らない。暑すぎるのは不快かもしれないが、うまく対処すればいいだけだ。

私自身は夏が嫌いではない。夏は好きだ。

灼熱の太陽は、私が愛する東南アジアの大地、匂いを思い起こし、真っ青な空を見ていると、たくさんの想い出に浸ることができる。

私はひとりになると、いつでも白昼夢に浸る。真夏の太陽は、条件反射のように東南アジアのことを思い出させてくれるので、この季節は日本にいても心地良い。

私はもう東南アジアにもそれほど行かなくなった。しかし、夏がくると否が応でも東南アジアのことを思い出さざるを得ない。

タイの郊外も懐かしいが、カンボジアの原風景もまた懐かしく思う。プノンペンは2017年5月に訪れたのだが、大都市へと変貌しようとするプノンペンも、郊外に向かえばすぐに昔の光景が姿を現す。

プノンペンがどれだけ成長しても、きっと郊外はそのまま昔ながらのアジアの原風景を残したままのはずだ。

オートバイや車が通ると、紅土の砂塵が舞い上がり、女性たちは顔をしかめて鼻や口を覆っているに違いない。

夏は私にとってそういった記憶が浮かんでは消え、消えては浮かび、とても幸せな気持ちにさせてくれる。

熱中症には気を付けなければならないが、熱中症にならないために日陰を捜しながら歩いていたり、冷たい飲み物を飲んでほっと一息ついたりする瞬間がたまらない。

暑くてたまらないのだが、そんな暑さが好きだ。今日は、久しぶりに外を歩いた。灼熱の太陽に焼かれながら、熱帯モードに切り替えながら歩き、そして心なしか幸せだった。(written by 鈴木傾城)

夏は私にとって東南アジアの懐かしい記憶が浮かんでは消え、消えては浮かび、とても幸せな気持ちにさせてくれる。熱中症には気を付けなければならないが、熱中症にならないために日陰を捜しながら歩いていたり、冷たい飲み物を飲んでほっと一息ついたりする瞬間がたまらない。

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