多文化主義を推進したEUに未来はない。あるのは混乱と破壊だけだ

多文化主義を推進したEUに未来はない。あるのは混乱と破壊だけだ

EU(欧州連合)は、2015年に大量の難民を迎え入れたのだが、当初はこれを人道的援助で歓迎していた国民も、やがて「思っていたのと違う」と蒼白になった。

難民たちは、受け入れてもらったことに感謝しなかった。福祉を食いつぶし、自国の文化に馴染まず、暴動やテロを起こし、ユダヤ人を襲撃するような事件を起こしたりするようになっていった。

ところが、左派メディアは人道的見地からこうした難民たちを批判する人間たちを「人種差別主義者だ、レイシストだ」とレッテルを貼って黙らせた。

これによって社会の底辺から大きな不満が渦巻くようになり、やがてそれは右派政党の台頭となってEU各国を大きく揺るがすようになっていった。

イギリスはEUから離脱、ドイツでも反移民を訴える「ドイツのための選択肢(AfD)」が躍進、ハンガリーでもオルバン・ビクトル首相が「移民は出ていけ!」と叫んで再選した。(ブラックアジア:狡猾な犯罪者ほど「人権を守れ」「共生」と叫ぶ理由とは?

さらに大量の移民・難民が押し寄せるイタリアでも五つ星運動や右派「同盟」が総選挙で勝ち上がっている。

この2つの政党の連立政権は即座に「EU離脱派」の経済相を担ぎ上げたので既存政党が大反発し、イタリア政界は今も大混乱の真っ只中にある。(鈴木傾城)

プロフィール:鈴木傾城(すずき けいせい)

作家、アルファブロガー。政治・経済分野に精通し、様々な事件や事象を取りあげるブログ「ダークネス」、アジアの闇をテーマにしたブログ「ブラックアジア」を運営している。「鈴木傾城のダークネス・メルマガ編」を発行、マネーボイスにも寄稿している。

多文化共生は「国家を破壊する毒薬」だった

多文化共生は「国家を破壊する毒薬」だったというのがEU(欧州連合)の大混乱を見ても分かる。

まったく違う文化・人種・宗教の人間を混ぜると、当然だがそこには強い軋轢が生まれる。ささいな誤解、人種間の格差が多発し、やがてそれが双方に強い不満となって爆発する。

自分たちの国は白人の国だったはずなのに、移民が増えて人口構成がモザイクになった。自分たちの言葉が通じない地域、自分たちが入り込めない町もできるようになった。

自分たちの国はキリスト教徒の国だったのにイスラム教徒が大挙として押し寄せるようになり、彼らがさらに国外の家族を呼び寄せるようになった。

言葉も通じない国民が増え、なおかつ治安も悪化していく一方になった。学校では異教徒の子供たちの方が数が増えていき、白人の子供がいじめられるようになった。

対立は深まっていき、やがて「国を守らなければならない」と考える人たちが「移民は出ていくべきだ」と訴えるようになっていく。

すると、移民や難民たちは「差別だ」と叫ぶ。地元民は「嫌なら出て行け」と叫び返す。EUのあちこちで、それが日々繰り返されて、社会は壮絶な憎悪と暴力の場となっていった。

こうした中でそれぞれの国の保守派が支持されるようになっていき、左派メディアが「極右」と呼び捨てていた政党が、既存の政党よりも支持されるようになっていった。

そして、いよいよ彼らが政権に手が届くところにまで成長しているのである。

自国ハンガリーでも保守派の巻き返しが始まったことにジョージ・ソロス氏は激しい危機感を覚え、2018年5月29日「EUは自ら存在する意味を見失う実存的危機にある」と言うようになっている。

そして、場合によってはこれが次のリーマンショック級の金融破壊をもたらすのではないかと危惧している。

「多文化主義」の反対は「排他主義」だろうか?

多文化主義を否定する動きが底辺から湧き上がり、それが津波のような勢いになってうねっている。日本のマスコミは絶対にこれを報道しないが、これが現実に起きていることである。

ドイツだけではなく、フランスでも、ノルウェーでも、スウェーデンでも、オランダでも、ギリシャでも、スイスでも、ハンガリーでも、ヨーロッパ全土の「普通の人たち」が移民に拒絶反応を起こしているのだ。

左派メディアは彼らを必死になって「極右」「差別主義者」「排他主義」とレッテルを貼っているのだが、人々はこのような「レッテル貼り」を恐れなくなった。

よくよく立ち止まって考えてみると、左派メディアのレッテルはおかしいと人々は気づくようになったのだ。

「多文化主義」の反対は「排他主義」だろうか。もちろん「多文化主義」の反対語は、「排他主義」ではない。正確に言えば「単一文化主義」というべきなのである。

多文化を「たくさんの文化」と簡単な言葉に代えて理解すれば分かりやすい。「たくさんの文化」の対になるのは「ひとつの文化」だ。

「多文化」と「単一文化」。明確だ。

だから、多文化主義に反対する主義を「極右」だとか「差別主義者」だとか「排他主義」と言うのは、左派メディアの薄汚い「印象操作」であることが分かる。

そういった語感の裏にある差別感情を臭わすことで、嫌悪感を抱かせようとしている。印象操作である。

しかし、いくら左派メディアが「単一文化主義」を「差別主義者だ」とレッテル貼りをしても、自国の文化を守りたいという普通の国民を差別主義者だと決めつけるのは無理がある。

その無理のあることを、左派メディアが押しつけている。だから、世界各国の国民が、メディアに対しても強烈な不信感を持つようになっている。

多文化主義に向いている国、向いていない国がある

多文化主義という考え方も、単一文化主義という考え方も、どちらかが良い悪いではない。その国の文化や歴史によって、多文化主義が馴染んだり、逆に単一文化主義が馴染んだりするものだ。

国の気質を見ても、多文化に許容のある国もあれば、単一文化にこだわる国もある。

だから、すべての国を多文化主義にするというのも、すべての国を単一文化主義にするというのも両方間違っている。「世界をひとつの文化にしてしまおう」と考えるのが無理がある。

ヨーロッパではその無理な多文化主義の押しつけが、EUを崩壊寸前にしているのだから、EUも多文化主義が向いていない国も多いということである。

EUは壮大な実験だった。ユーロを推進する勢力は、現代のそれぞれの国を「フランス州」「ドイツ州」「イタリア州」のような扱いにして、通貨も文化も統合しようと何十年も動いてきた。

ところが通貨統合にしてもギリシャやイタリアやスペインのような国が破綻しそうになると、とたんに「誰が金を出して助けるか」という話になって内部分裂が始まった。

多文化主義についても、国の伝統や歴史を守りたいという国民の保守的な考え方に抵抗されて、融合するどころか激しい反撥を招いている。

このような状況を見ると、多文化主義を推進したEUがどこに向かっているのか、だいたい想像がつくはずだ。それは「破滅」に向かっているのである。

今のままではEUは多文化主義によってズタズタになっていく。そして、それを止めることはできない。

ジョージ・ソロスは凄まじい知性と影響力と資金力を持っているが、そのソロスでさえもこの巨大な異民族間の対立を止められないでいる。

多文化主義を推進したEUに未来はどこにもない。あるのは混乱と破壊だけである。(written by 鈴木傾城)

 

保守派の巻き返しが始まったことにジョージ・ソロス氏は激しい危機感を覚え、「EUは自ら存在する意味を見失う実存的危機にある」と言うようになっている。そして、場合によってはこれが次のリーマンショック級の金融破壊をもたらすのではないかと危惧している。

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