離婚が法的に認められていないフィリピン。離婚合法化が成立しない理由とは?

フィリピンは世界で唯一、離婚を法的に認めていない民主主義国家である。背景にはカトリック教会の強い影響力があり、政治が宗教に従属している現実がある。何度も離婚を合法化しようと動いているのだが、それはことごとく潰されている。フィリピンは今後も離婚合法化は難しいのだろうか?(鈴木傾城)


プロフィール:鈴木傾城(すずき けいせい)

作家、アルファブロガー。著書は『ボトム・オブ・ジャパン』など多数。政治・経済分野を取りあげたブログ「ダークネス」、アジアの闇をテーマにしたブログ「ブラックアジア」を運営、2019、2020、2022年、マネーボイス賞1位。 連絡先 : bllackz@gmail.com

フィリピン人の8割以上がカトリック

私の知り合いはフィリピン人と結婚して、離婚している。そのため「世界で法的に離婚を認めていない国は、現在フィリピンとバチカン市国の2つだけ」と聞いたときは、何かの間違いかと思った。

調べてみると本当だった。イスラム教徒のみが特別法により離婚をおこなうことができるというのだが、フィリピン人の8割以上がカトリックなのだから、フィリピン人が離婚できないというのは本当のことだった。

バチカン市国はローマ教皇庁の本拠地であり、そもそも結婚と宗教が不可分な国家であるため、例外的な存在と見なすことができる。だが、フィリピンは人口約1億1000万人を擁する民主主義国家である。

その国が、いまだに民法上の離婚制度を持たないのだ。
この事実は極めて特異であると言える。

フィリピンにおいて、結婚を法的に解消する唯一の制度は「婚姻無効(アナルメント)」である。これは結婚自体を「最初から無効だった」とみなす手続きであり、通常の離婚とは異なる。

たとえば精神的能力の欠如、近親婚、強制結婚など、結婚時点における重大な瑕疵を証明しなければならない。この要件を満たすには、専門家による精神鑑定、膨大な書類、弁護士費用、さらには数年以上にわたる訴訟が必要とされる。

実際に、フィリピン国内のアナルメントには平均で3年〜5年、費用にして20万ペソ(約50万円)以上がかかることが一般的である。

家庭内暴力、モラルハラスメント、経済的搾取などの被害を受けている者であっても、現行制度では逃れる術がない。離婚を制度として合法化していない国で生活するということは、けっこうハードなことだと思う。

ブラックアジア 売春地帯をさまよい歩いた日々・フィリピン編。フィリピンにある売春地帯を鈴木傾城がさまよい歩く。ブラックアジア・フィリピン編はこちら

フィリピンだけが離婚不可を堅持

当然だが、国際社会の基準を見れば、離婚の合法化はすでに圧倒的多数の国々で実現している。OECD加盟38か国のすべてが離婚を合法化しており、アジアでもカトリック教徒が多い国においても離婚制度は存在する。

こうした中で、フィリピンだけが離婚不可を堅持している。

フィリピンにおいて離婚が合法化されない最大の理由は、制度上の問題ではない。カトリック教会が持つ圧倒的な影響力にあるのが原因だ。国民の約8割以上がローマ・カトリック教徒であるこの国では、しばしば教会の意見が優先する。

政治家たちはしばしば「信者の支持」を失うことを恐れ、教会に反する政策には手を出そうとしない。離婚法案が2005年から何度も議会に提出されながら、いずれも途中で廃案になってきた背景には、この宗教的圧力がある。

カトリック教会は結婚を「神によって結ばれた聖なる契約」と位置づけている。それを人間の意思によって解消することを強く否定している。

フィリピン司教協議会(CBCP)は離婚法案に対して「家庭の解体」「社会秩序の崩壊」といった表現を用いて反対の姿勢を明確にしてきた。このような声明は、各地の教会を通じて広範囲にわたって信者に伝えられ、結果として草の根レベルでも反対運動が組織されていく。

教会の影響は議会内にも及んでいる。多くの上院議員や下院議員は自らの信仰を公言しており、「良心に従って反対票を投じる」と表明する者も少なくない。

また、選挙においても教会票は重要視されており、反教会的とみなされた候補者は組織票を失い、落選リスクが高まる。こうした構造の中で、離婚法案は議会の議題には上がっても、実質的な審議に入る前に棚上げされることが繰り返されている。

この状況を理解するうえで重要なのは、フィリピンの政教関係の特異性である。憲法上は政教分離が定められているものの、実態としては宗教団体が公共政策に対して強い影響力を保持しているのがフィリピンなのだ。

ブラックアジア 売春地帯をさまよい歩いた日々・インドネシア編。インドネシアには「女たちが捨てられた村」がある。リアウ諸島の知られざる売春地帯を扱った鈴木傾城入魂の書籍。

もしかしたら今度は変わるかもしれない?

この状況は変わるのだろうか? 「もしかしたら、今度は変わるかもしれない」と考えるフィリピン人もいる。

2025年、フィリピン議会において離婚合法化を目的とする法案がふたたび提出されている。これまで幾度となく廃案になってきた同様の法案と異なり、今回の提出は国会開会からわずか数日後という異例の早さでおこなわれた。

背景には、社会の空気が確実に変わりつつあるという事実がある。かつては政治的自殺行為とも言われた離婚法支持が、近年では少しずつ現実的な議論として国民に受け入れられ始めている兆候が見えてきている。

その変化を裏付けるデータがある。ソーシャル・ウェザー・ステーションズ(SWS)による2023年の世論調査では、「離婚を合法化すべき」とする回答が過半数を超えた。

特に都市部や若年層、女性の支持が顕著であり、年齢が下がるほど賛成の割合が高くなる傾向が示された。これは社会の価値観が従来の宗教的保守性から脱却しつつあることを示している。

また、SNSやオンラインメディアの拡大もこの流れを後押ししている。TwitterやFacebookなどでは、離婚を望む人々の体験談、弁護士による法案の解説、国内外の制度比較など、離婚にまつわる情報が広範に拡散されている。

従来は教会や家族の圧力によって沈黙せざるをえなかった声が、今ではインターネット上で可視化され、議論が活性化している。

とりわけ、家庭内暴力やモラルハラスメントを告発する女性の声が注目され、離婚制度の必要性に対する共感が広がっている。

もちろん、議会内での反対勢力は依然として強く、法案の可決には多数派工作や政治的な駆け引きが必要である。しかし、以前と異なるのは、世論の空気が変わってきていることにある。

もしかしたら、フィリピンも地殻変動が起きるのかもしれない。

ブラックアジア 売春地帯をさまよい歩いた日々・インド/バングラ編。「売春地帯をさまよい歩いた日々」の中でもっとも過酷だったインド・バングラ。そのすべてが、こちらで読めます。

「離婚合法化」か「離婚不可」か?

個人的には、結婚を認めるのであれば離婚も認めるべきだと思っている。「一回結婚したら、絶対に何があっても離婚なんか認めない」というのはさすがに合理的ではない。離婚が必要な状況もある。

実際、離婚制度の不在が引き起こす社会的被害は深刻である。家庭内暴力に苦しむ者にとって、結婚制度はしばしば「法的な拘束具」となる。

配偶者からの暴力や経済的支配を受けながらも、法的に結婚関係から抜け出せないという状況は、人権侵害とも考えられる。政府が離婚を認めない限り、こうした被害者は制度によって生死にもかかわる問題となる。

暴力を振るう夫、ギャンブル狂いの夫、生活能力のない夫とは別れられるようにしたほうがいい。現行制度の維持によって苦しむ人々が存在する以上、制度の正当性は失われている。

フィリピンにおける離婚制度の導入は、社会の成熟を意味する。信仰と法の境界を明確にし、誰もが法の下で平等に扱われ、尊厳をもって生きられる社会の構築には、制度としての離婚の存在が不可欠である。

それがない状態は、個人の尊厳が国家によって否定されているに等しい。

法はすべての人のためにあるべきであり、宗教や経済力によってアクセスが左右されるべきではない。離婚制度は、その最小限の保障のひとつに過ぎない。

ただ、カトリックの教えは非常に強くフィリピン人の中に根づいているので、「とにかく何が何でも離婚は認めない」という人も絶対的に多いのも事実だ。とくに年配になればなるほどそうだ。

果たして、フィリピン人は「離婚合法化」を選ぶのか「離婚不可」を選ぶのか。状況がどうなるのか、見守っていきたい。

ブラックアジア会員募集
社会の裏側の醜悪な世界へ。ブラックアジアの会員制に登録すると、これまでのすべての会員制の記事が読めるようになります。

コメント

タイトルとURLをコピーしました