
今度はインド・ニューデリーのスラムも破壊されたことが報じられている。デリー高等法院は、「今回の取り壊しはその司法判断に基づくもの」と述べて、市有地や国有地を不法占拠しているとする家屋の撤去を命じたのだが、その判決はあまりにも唐突で、かつ強引で容赦がない。(鈴木傾城)
プロフィール:鈴木傾城(すずき けいせい)
作家、アルファブロガー。著書は『ボトム・オブ・ジャパン』など多数。政治・経済分野を取りあげたブログ「ダークネス」、アジアの闇をテーマにしたブログ「ブラックアジア」を運営、2019、2020、2022年、マネーボイス賞1位。 連絡先 : bllackz@gmail.com
合計500軒以上のスラム住宅が突如として破壊される
インドは経済発展するにつれて、スラムの破壊が目立つようになってきている。かつての売春地帯であるカマティプラも破壊されている。(ブラックアジア:インド最大にして最悪だった売春地帯カマティプラが再開発で消えていく)
インド最大のスラムであるムンバイのダラピも再開発の話が進んでいる。(ブラックアジア:インド最強の富豪がインド最大のスラム「ダラビ」を消し去ってしまうのか?)
そして、今度はインド・ニューデリーのスラムも破壊されたことが報じられている。アショク・ヴィハール地区とワジルプル地区で、数百軒以上のスラム住宅が突如としてブルドーザーにより破壊された。
この日の早朝、デリー開発局は厳重な警備を敷き、数台のブルドーザーと数百名の警察官を動員して作業をおこなった。鉄柵と防弾盾に囲まれた現場では、住民が持ち物を抱えて逃げ惑うでもなく、ただ圧倒されるように家屋が音を立てて崩れる光景を見つめていた。
スラムは木材やトタン板で構成されているのだが、扉も柱も完全に破壊され、住民の細々とした生活用品は瓦礫の中に埋もれていった。
撤去作業は午前8時から午後5時過ぎまでいっせいに進められ、作業員は間断なくブルドーザーを操作しては壁を押し倒し、屋根をはぎ取った。
現場には高齢者や乳幼児を抱えた家族も少なくなく、彼らは雨露をしのぐ最低限の住まいを一気に奪われてしまった。近隣の住民によれば、「わずか数分で家がなくなった」という声もあり、強制的な撤去の速さと規模の大きさが際立った。
今回の撤去は、デリー全域で進められているスラム再開発計画の一環とされるが、住民への事前通告はごく限定的で、補償や移転先に関する説明も不十分だった。

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「都市整備」で起きている貧困層の悲劇
行政当局は「違法占拠された市有地にある住居を対象とした適法な措置だ」と主張するが、多くの住民は再定住の資格を得られず、路上で途方に暮れている。スラム撤去は「都市整備」という大義名分の下でおこなわれるが、その陰で日常を失った人々の姿が浮き彫りになっている。
アショク・ヴィハールやワジルプールのスラム住人には、建設現場でレンガ運びに従事する日雇い労働者や、狭い路地で野菜を並べて売る小商人が多く含まれている。
彼らは都市の粗大インフラを支える労働力でありながら、政府が定める再定住プログラムの対象外となるケースが散見される。地元報道によれば、配給カードを持たない約1,200世帯は公式支援の枠から外され、家族共々路頭に迷っているという。
多くは賃貸契約の保証人を立てられず、新たな住居を借りることができない状態だ。
住居を失った労働者の中には、日銭を稼がなければ即時に生活が破綻する者が少なくない。朝から市場に出向く野菜売りの女性は、「昨日の収入が今日の食料代だった」と語り、収入源を断たれた恐怖を露わにした。
仮に親族の家に身を寄せられたとしても、限られたスペースに多世帯が押し込められ、衛生環境やプライバシーは著しく悪化する。子供の教育機会も奪われる。
政府の用意した再定住の資格要件は書類審査や抽選方式を採用しているため、非公式滞在者は申請自体を認められない。これにより、長年地域社会にかかわってきた労働者であっても、制度的に「不在者」と見なされる矛盾が生じている。
市街地を支える低所得層の多くが、合法・違法の境界線の外側で生存を懸けた日々を強いられている。
インドはいつもそうだ。社会的セーフティーネットが欠如しているし、行政は硬直していて柔軟性がない。貧困層が邪魔だと思ったら、何もかも破壊して住民を路頭に迷わせる。

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ところで、再定住地は快適なのか?
デリー高等法院は、「今回の取り壊しはその司法判断に基づくもの」と述べて、市有地や国有地を不法占拠しているとする家屋の撤去を命じたのだが、その判決はあまりにも唐突で、かつ強引で容赦がない。
たしかに彼らが住んでいるところは、線路沿いや洪水多発地帯にある。なぜ、スラムがこうした場所にできるのかというのは、以前にも書いた。(ブラックアジア:なぜ途上国では線路沿いのうるさい場所に人が住み着くのか)
彼らは行き場所がないから、最終的にそこに住み着いている。
ワジルプル地区の線路沿いでは、数百人の住民が一夜にして家を追われ、残されたのは瓦礫の山だけだった。
違法占拠と判断された住民の中には、数十年にわたり同一の場所で暮らしてきた高齢者や、子供の教育を最優先に移住を拒んできた家族も少なくない。
これらの住民は「法の下では違法だが、生活の下では合法だ」と表現し、司法判断と日常生活の乖離を鋭く指摘している。判決が示す「違法」の定義は、行政手続きの不備や書類不備によって生まれた側面も否定できない。
また、不法とされた区域で事業を営んでいた小規模商店主や、路地奥の食品加工業者は、店舗ごと取り壊されることで収入源を一気に断たれている。
撤去の影響は周辺地域にも波及している。治安維持のために配備された警察部隊は、緊張緩和どころか預金やスマートフォンを取り上げるなど住民の権利侵害を伴い、国内外の人権団体から批判を浴びている。
ところで、再定住地は快適なのか? それがまったく「そうではない」という話が出てきている。新たに建設された集合住宅は過密状態で、上下水道や電力のインフラ整備が追いついていないという。
行政発表では「生活水準の向上」を掲げるが、住民からは「移住した先のほうが環境は悪い」との声が上がっている。

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破壊され、放りされ、放置されるがまま
インド経済は年間約6%の成長を続け、首都ニューデリーの都市景観も高層ビルや商業施設が建ち並ぶ姿に大きく様変わりしている。
再開発事業は新たな雇用やインフラ整備をもたらし、交通網の拡充や水道・電力の改善をおこなう一方で、従来の低所得層を排除する構造的問題を抱えている。都市化の進展は政策的には「発展」と称されるが、その陰で居住権や生活権が切り捨てられているのだ。
再開発地として整備された集合住宅は外観こそ近代的だが、住居単位あたりの面積が旧スラムの半分程度に狭められ、家族あたり平均3人が同居する状況が常態化している。
上下水道や電力は理論上は整備済みとされるが、実際には断水や停電が週に数回発生し、衛生・健康上のリスクが高まっている。また、新居周辺には商店や学校といった地域社会の機能が追いつかず、通学や日用品の購入に1時間以上を要する家庭も多い。
加えて、貧困層への経済的支援策は断片的である。再定住プログラムでは一世帯あたり月額1000ルピーの生活補助が打ち出されたが、補助申請には複雑な書類審査が必要で、実際に給付を受けられる家庭は全体の約40%にとどまっているという。
どこの国でも貧困層が何らかの受給や支援を受けるときは、ややこしい書類が山のように待っていて、さらに精査もあったりして、一筋縄ではいかない。
再就労支援プログラムは技能訓練に偏重し、日雇い労働者や小商いに従事してきた住民のニーズとかかわりが薄い。
結局、貧困層はスラムを破壊され、放りされ、放置されるがままとなる。低所得層の生活苦は今後も改善することはないだろう。社会的弱者を放置するような社会は、持続不可能である。
再開発はかならずしも万人を救済しない。今回の、ニューデリーのスラム破壊も、将来に何らかの禍根を残すだろう。

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