偽造パスポート1冊1000万円。バンコク近郊で「精巧すぎる偽造」が摘発されていた

偽造パスポートで別人の身分を手に入れても、平穏に暮らせるはずがない。いつそれが偽造とバレるかはわからない。パスポートの偽造先が別人だったら、その別人が「パスポートを失くした」と思って再発行手続きをしたらすぐにバレる。しかし、それでも偽造パスポートが欲しい人間もいる。(鈴木傾城)

バンコク近郊で「精巧すぎる偽造」が摘発された

最近、タイ当局はバンコク近郊に拠点を置いていた偽造パスポート製造グループを摘発している。製造場所はチャチュンサオ県やサムットプラカーン県などに点在し、複数か所がいっせいに捜索されたとされる。

この偽造は適当な偽造ではなく、本物の個人情報と本物のパスポートを土台にした「超精巧な偽造」で、この点に当局も大きな衝撃を受けている。もはや「偽造」という言葉では言い表せないほどの偽造だったのだ。

具体的には、紛失・流出した旅券や身分証の情報、死亡者の個人情報などを組み合わせ、番号や氏名、生年月日などの整合性を本物に揃えていた。券面の印字・透かし・写真部分の加工を高精度に合わせる技術もあった。パスポートのICチップ内のデータすらも書き換える技術があった。

そもそも他人のパスポートや個人情報をどうやって手に入れていたのか。彼らは現職の地方公務員や入国管理警察の一部をワイロで抱き込んでいた。これらの公務員が、亡くなったタイ人の個人情報や、紛失届が出された本物の身分証(IDカード)を裏ルートで提供していたのだった。

ここまで綿密にやられると、窓口審査でも矛盾が出ない状態になる。

さらにこの犯罪グループは、パスポートだけではなく、タイ国内の身分証の不正発行や、正規申請にかかわる書類一式もセット化して売っていた。結果として、見た目の偽造検知では止められない状態になっていた。

偽造パスポートの所持は、それで国内外に往来できるというだけでなく、ニセの身分で銀行口座、SIM契約、滞在許可、就労、出入国履歴が作れるようになる。パスポートを突破されると、犯罪者の生活インフラが丸ごと整う。

だから価格も跳ね上がる。1冊数百万バーツ(800万円〜1000万円)という話が出るのは、紙切れではなく「人生の身分」を売っていたからだ。

ストレッチマーク: 真夜中の女たちが隠していたこと
鈴木傾城の短編小説。タイの首都バンコクの歓楽街で、ノックというバー・ガールと出会い、親しくなる。彼女をバーから連れ出すには、彼女の親友ダーウの許可が必要なのだった。

「パスポートを売ってくれ」と言われた

私もタイの歓楽街パッポンに沈没していたとき、知り合いになった女性から「パスポートを売ってくれ」と言われたことがある。「売ってくれたら3万バーツだとか4万バーツくれる」みたいな話だったと思う。日本円にしたら10万円ほどだ。

「パスポートは大使館に失くしたと申請したらまた再発行してくれるのであなたは困らない」ということを言われた。

自分のパスポートが何に使われるのかわからないので売らなかったが、カネに困った日本人だったら話に乗っていたのかもしれない。他人のパスポートを欲しがる人間がまわりにいるというのを、私はそのときに知った。

パッポンみたいな歓楽街にいたら、こういう怪しげな話が常に舞い込んでくる。

今回の事件で主犯格として報じられたのは中国系・ミャンマー系の関係者で、夫婦とされる人物や国際ブローカーが中心にいた。彼らはタイ国内に複数のダミー会社を作り、合法ビジネスの外形を整えていた。

フロント企業を作って表向きの入出金もあったりすると、闇ビジネスでの収入もまぎれて見えなくなっていく。

今回の事件がなぜ発覚したのかというと、偽造パスポートを買った人物が、そのあとに「警察を名乗る別グループ」から恐喝され、困り果てて警察にすべてをぶちまけたからである。

犯人グループは偽造パスポートを作成してカネを取り、今度はその人物を「偽造だとバレたくなければカネを払え」と脅してさらにカネを取っていた。要するに二重にカネを取ろうとしたのだ。

このあたりの強欲さがなければ、偽造パスポートの精巧さは非常に高かったので、バレる可能性は低かったはずだ。あまりにも欲が突っ張りすぎた。おそらく、かかわる人間が多くてコントロールが効かなかったのだろう。

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「パスポート・カンパニー」の存在がある

ところで、こういう偽造パスポートを欲しがる人間というのは、どういうタイプなのだろうか。おそらく、ほとんどが「犯罪者」のはずだ。

ドラッグのディーラー、武器密輸、人身売買、殺人、組織犯罪の幹部などは、本国で逮捕状が出ている場合は正規のパスポートで出国も入国もできない。外国からタイに入って、タイで犯罪を犯した場合も、出国のために偽造パスポートが必要になる。

詐欺グループは需要が多いと思う。特殊詐欺、投資詐欺、ロマンス詐欺、オンラインカジノ、偽ECなどの運営側は、身元を隠しておかなければならない。そこで偽造パスポートが効いてくる。

資金運搬、口座開設、SIM契約、拠点移動に偽造パスポートは大いに役に立つ。詐欺は回線と口座が命だ。偽造パスポートは必須かもしれない。

制裁対象や逃亡資産家もいるだろう。国際制裁を受けた個人、資産凍結を回避したい富裕層、逮捕や引き渡しを恐れる腐敗関係者は、渡航だけでなく金融アクセスも狙う。国境を越えられないと資産を動かせない。だから身分を切り替えようとする。

困窮している層も偽造パスポートを欲しがる。家族を養うために不法就労を選ぶ人間、滞在資格を失ったオーバーステイなどが、ブローカーに食い物にされる。貧困国からきた売春ビジネスをする女性もそうだ。

私の書籍『背徳区、ゲイラン』では主人公の女性が何度もシンガポールに入るために偽造パスポートを使っていたことを書いたが、そういう境遇の女性もいる。シンガポールは売春にかかわる外国人女性を阻止するために、何度も出入りする女性を警戒して入国を制限する。

そのためスリランカには「パスポート・カンパニー」と呼ばれる偽造パスポート会社があって、彼女たちはそこで偽造パスポートを作っていた。

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偽造パスポートで平穏に暮らせるはずがない

偽造パスポートで別人の身分を手に入れても、平穏に暮らせるはずがない。いつそれが偽造とバレるかはわからない。パスポートの偽造先が別人だったら、その別人が「パスポートを失くした」と思って再発行手続きをしたらすぐにバレる。

それに偽造を使う人物は弱みを握られ続ける。偽造を提供したブローカーは、その気になったら買い手の人生を支配することができる。彼らはいつでも追加料金の要求、脅迫、恐喝ができるのだ。

偽造パスポートを保有して偽の身分で生きていること自体が犯罪行為なので、それをネタにゆすられても警察にいくこともできない。警察に相談すれば、その時点で自分の偽造生活も終わりを迎える。

偽造パスポートの購入は正規の契約ではない。買った側には権利がない。つまり、人生の入口を握られた状態で暮らすことになる。平穏とは正反対だ。

身分を変える目的が「逃げ切るため」であれば、逃げ切るためにまた犯罪が必要になる。生活費を稼ぎ、移動資金を確保し、口座を作り、生活圏を広げれば広げるほど、そして長期になればなるほど公文書偽造が増えていくことになる。

しかも、いつ暴露されるのか、いつ疑惑をもたれるのかわからない。

結局、偽造パスポートで得られるのは「短期の偽造生活」であって「長期の安定」ではない。偽造で手に入れた別人の人生は、いつでも崩れる前提でしか成立しない。本人が望む平穏は、偽造という選択をした時点で消える。

日本で犯罪を犯して国外に逃亡している犯罪者もいるが、仮に彼らが偽造パスポートを持っていたとしても、長期で逃げ切るのは精神的に疲弊するだろう。パスポートには5年から10年の期限もある。

期限がくるたびに偽造を繰り返していかなければならない。次に偽造パスポートを作るときに、またもやリスクを負わなければならない。そんな生活はしたくないはずだ。偽造パスポートなんか手に入れるものではないとつくづく思う。

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