スリランカ経済は今もなお厳しい状況に置かれている。ふたたび経済危機に陥る可能性すらもある。そうなった場合また暴動が発生し、その暴動がスリランカ経済の発展を阻害して、経済も社会もより悪化させるという「負のスパイラル」に入っていく可能性もある。(鈴木傾城)
プロフィール:鈴木傾城(すずき けいせい)
作家、アルファブロガー。著書は『ボトム・オブ・ジャパン』など多数。政治・経済分野を取りあげたブログ「ダークネス」、アジアの闇をテーマにしたブログ「ブラックアジア」を運営、2019、2020、2022年、マネーボイス賞1位。 連絡先 : bllackz@gmail.com
2022年にスリランカで起こった経済危機
2022年、スリランカでは経済危機が頂点に達し、その影響で全国的な暴動が発生した。
この暴動はスリランカを代表する大都市コロンボを中心に広がり、数千人の市民が街に繰り出し、政府への抗議活動をおこなった。コロンボの大統領官邸に市民が押し寄せ、建物に侵入して破壊行動をおこなった。
群衆は怒りをあらわにし、経済危機の責任を負うべきだと政府に対する非難を強めた。抗議者たちはガソリン価格の急上昇や、食糧が手に入らない苦しい生活に対する怒りをぶちまけていた。一部では放火も起こった。
政府施設の建物の中では破壊行為がおこなわれ、大統領が緊急避難を強いられるほどの混乱となった。デモが過激化する中で治安部隊と市民との衝突も多発し、催涙ガスや放水車が使用された。
市民の多くは退かず、経済危機に対する不満が爆発的に噴出した。多くの家庭は基本的な生活物資を手に入れることすら困難な状況にあり、このような混乱の中で、多くの国民が「生き残り」をかけて抗議していたのだった。
この危機の発端は、長年にわたる財政赤字と経常赤字の蓄積にある。これが主に政府の放漫財政と不適切な政策の結果であり、特に外貨準備の減少がスリランカ経済の脆弱性を浮き彫りにした。
外貨が不足することで、輸入品の確保が困難となり、特に燃料や必需品の供給に深刻な支障が生じた。こうした供給不足は、電力の安定供給にも影響し、全国的な停電が頻発するなど、国民生活に多大な悪影響を及ぼした。
さらに、スリランカは過去数年間で中国からの多額の借款を受けており、その返済が困難な状況にある。とくに中国に対する依存度が高まり、返済不能に陥ることでインフラの一部が中国企業にリースされるなど、主権にかかわる問題も発生していた。
中国がしかけた「債務のワナ」にスリランカはまんまとはまったのだった。
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スリランカ経済は今もなお厳しい状況に置かれている
2022年、スリランカではGDP成長率がマイナス7.8%となり、2023年も約マイナス4%と低迷した。インフレ率は2022年9月に69.8%に達し、食品価格が急騰し、家計に大きな負担を与えた。
こうした状況に対応するため、中央銀行は政策金利を急激に引き上げ、外貨準備の確保に努めたが、2024年時点でも外貨準備高は4.5億ドルにとどまっている。これは3か月分の輸入に相当するレベルでしかない。
労働市場の状況も悪化している。2023年には労働力参加率が47.1%まで低下し、特に若年層の失業が問題視されている。また、家庭の可処分所得が減少し、23.7%の家庭が食料不足に直面している。
つまり、スリランカ経済は今もなお厳しい状況に置かれている。
インフレ自体は落ち着いたのだが、可処分所得は依然として低く、消費力が減少しているため、家計の負担は大きいままだ。建設業や食品製造業、観光業の回復が経済を支えている。しかし、他のセクターの成長が追いついておらず、バランスの取れた成長が難しい。
2024年のスリランカの労働力参加率は47.1%で、前年から低下している。この減少は、経済危機による雇用機会の喪失と賃金の減少によるものだ。若年層の失業率が高く、国に絶望した若者はスキルの高い者から海外に流出する傾向が強まっている。
自国にいても将来はないと若者は考えている。今後も、能力ある若者からスリランカを見捨てて世界を漂流することになるのだろう。
IMF(国際通貨基金)や世界銀行は、スリランカ経済の成長を2024年から2025年にかけて2.5%と予測しているが、これは持続可能な成長には程遠い。債務問題や財政赤字の解消に向けた取り組みが進まない限り、ふたたび経済危機に陥る可能性すらもある。
そうなった場合、また暴動が発生し、その暴動がスリランカ経済の発展を阻害して、経済も社会もより悪化させるという「負のスパイラル」に入っていく可能性もある。そうなる可能性も捨てきれないのを私は懸念している。
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スリランカ経済は「悲惨」というしかない
スリランカが再度デフォルトに陥れば、国際的な信用が今よりもさらに低下し、海外からの投資が一層減少する。
今は、かろうじてIMFに命をつないでもらっている状態だが、そのIMFとの協定やその他の国際的な融資機関との関係が悪化すれば、スリランカは外貨の流入が一層減少し、通貨の急激な下落が避けられない。
スリランカ経済の根本的な問題は、その構造にある。
輸出に依存する経済でありながら、その輸出品目は繊維、ティー、観光など限られた分野に偏重している。これらの分野は世界的な需要変動や天候の影響を受けやすく、国を支えるにはあまりにも脆弱だ。
今、世界は気候変動と異常気象にまみれている。スリランカも長期的には気候変動の影響が避けられない。現にここ10年のあいだ、スリランカは極端な気象現象によってたびたび大きな被害を受けているのだ。
2016年と2017年は、はげしい洪水と土砂崩れに見舞われた。そうかと思ったら、2018年は干ばつの年となり、約90万人がその影響を受け、水不足と食糧不安に直面した。農民の多くが干ばつで収入源を失った。
2020年、2021年は、異様な規模のサイクロンが襲撃し、洪水や強風によって建物やインフラが破壊され、農作物が広範囲にわたって被害を受けた。これらの極端な気象現象は、スリランカの経済に直接的な打撃を与え、特に農業、観光業、漁業といった主要産業が被害を受けている。
不穏なのは、今後もスリランカは気候変動でダメージを受け続けることだ。自然の猛威に対して、スリランカ政府ができることは限られている。こうした度重なる被害に、スリランカ政府の無策も重なった。
スリランカ経済は痩せ細っていく一方であり、国内市場の消費力は低下し、経済成長の足かせとなっている。家計の可処分所得が減少しているため、国内消費が冷え込んでおり、企業の売上が伸び悩むばかりだ。
ひとことでいうと、スリランカ経済は「悲惨」というしかない。
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すべて国民の負担を増大させる方策ばかり
私自身はスリランカという国が好きだし、スリランカ女性についても忘れがたい印象を持っている。小説『背徳区、ゲイラン』はシンガポールの暗い歓楽区を描いた小説なのだが、モデルになっているのはスリランカ女性である。
実際、私はスリランカ女性に惹かれたし、今でも強い印象を持っている。
だからこそ、スリランカのこの窮状には心が痛む。好きな国が経済成長していくというのは素晴らしいニュースだが、スリランカはそうなっていない。今後も、スリランカ人の生活向上は見込めないだろう。
IMF(国際通貨基金)は、国が経済危機に陥った際に支援を提供する機関だが、その支援には厳しい条件が伴うことが多く、これがしばしば批判の対象となるのだが、スリランカでも、厳しい条件が課せられている。
燃料や電力に対する補助金を削減することを課し、消費税(VAT)の引き上げで税収を上げることを課し、景気が悪かろうが何だろうが政策金利を引き上げることを課し、国有企業を民営化することを要求し、国内の年金基金や社会保障に対する引き上げを政府に課した。
これによって、スリランカ政府の財政状況を改善させようとしているのだが、よくよく見ると、これらはすべて国民の負担を増大させる方策ばかりなのだ。
たしかに、これで国の財政状況は改善するかもしれないが、国民が徹底的に収奪されるのだ。政府が転覆したら、逆にスリランカの経済は破滅的になるだろう。そういうところにまでスリランカは追い込まれている。
スリランカの経済危機は、単なる一時的な問題ではなく、長期的に深刻な問題である。スリランカが立ち直るための道のりは極めて厳しく、未来を楽観視できる状況ではないといえる。
政府の経済政策が失敗したら、国民はどこまでも貧困に堕ちていく。それを如実に示しているのがスリランカという国である。
そういえば、日本も政府が無能すぎて国が30年も成長できないような状況になっているわけで、政治が漂流し、国民がより困窮していけば、スリランカと同じ轍を踏まないとも限らない。
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