
ミャンマー中部で発生した大地震はタイの首都バンコクにも被害を与えた。その中で、その中でたった一棟のビルだけが倒壊したが、それは中国の企業が建設しているビルだった。このビルだけが倒壊したことで、はからずも「中国の闇」が暴き出されるという異様な展開となった。(鈴木傾城)
プロフィール:鈴木傾城(すずき けいせい)
作家、アルファブロガー。著書は『ボトム・オブ・ジャパン』など多数。政治・経済分野を取りあげたブログ「ダークネス」、アジアの闇をテーマにしたブログ「ブラックアジア」を運営、2019、2020、2022年、マネーボイス賞1位。 連絡先 : bllackz@gmail.com
バンコクでたった一棟のビルだけが倒壊した
2025年3月28日、ミャンマー中部で発生したマグニチュード7.7の地震は、震源地から600キロメートル以上離れたタイの首都バンコクにも被害を与えた。
いくつもの高層ビルが揺れたのだが、その中でたった一棟のビルだけが倒壊した。チャトゥチャック地区に建設中だった30階建ての高層ビルで、一瞬の崩壊で少なくとも15人が死亡、数十人が行方不明となった。
不可解なことがあった。地震学者によれば、地震波がバンコクに到達した際の地面の動きは、タイでの標準的な建築設計に想定される地震加速度の約3分の1から2分の1程度だったという。つまり、理論上は耐えられる範囲内だったのだ。事実、他のビルは倒壊していない。
しかし、チャトゥチャック地区のこの高層ビルは持たなかった。瞬時に崩れた。それも上層からではなく、下部のコア構造や柱の部分から潰れるように崩壊している。
タイの高層建築は、通常アメリカ式の耐震設計に倣い、建物中央部に鉄筋コンクリートのコアを設け、その周囲に床や柱を配置する構造を採用するという。このビルではコアが中央ではなく、偏った位置に設置されていた。
その結果、構造バランスを欠いた建物が揺れに耐えられなかった可能性がある。これは設計上の致命的な欠陥を示している。非常に杜撰だ。
事態を重く見たタイのペートンタン・チンナワット首相は、すぐに現場を訪れ、事故の原因を徹底的に調査するよう指示している。
首相は関係当局に対し、「他のビルは倒壊していないのに、なぜ新しく作っているこの建設中のビルだけがこうなったのか?」と倒壊の根本的な原因を1週間以内に明らかにするよう求めた。
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中国国有企業「中鉄十局」とは何者か
今回倒壊したビルの施工にかかわっていたのは、中国国有企業「中鉄十局」だった。この企業は、中国国家鉄路集団(China Railway Group)の子会社である。
同グループは中国国内において4万5000キロに及ぶ高速鉄道網の整備を担ってきた巨大なインフラ企業でもある。近年は、中国国内需要の減少によって国外事業に向かうしか生き残る道がなく、急速に海外展開を進めていた。
だが、その拡大戦略はかならずしも成功していない。
同社は2024年の年次報告で、総負債額が1兆7400億元、すなわち約37兆円に達していることを公表している。これはわずか5年前の約2倍であり、キャッシュフローの確保を最優先とする経営判断が、品質や安全性を犠牲にしていることを示唆している。
セルビアでは2023年11月、同社の子会社が関与する鉄道駅の屋根崩落事故が発生し、15人が死亡した。この事件では、設計基準を無視して屋根に過剰なコンクリートを加えたことが原因とされており、関係者は汚職の疑いで捜査対象となった。
中鉄十局がケニアで建設を請け負っていた橋も、2017年6月26日、完成直前に崩落していた。「この橋はケニア西部のリバー・ンゾイア(River Nzioa)に架けられる予定だった」ということだが、完成直前に崩壊してしまっていた。
中鉄十局は、タイ国内でも十数件の建設プロジェクトに関与しているのだが、その中には空港ターミナルや鉄道関連施設の施工もある。タイ南部の空港プロジェクトは2025年1月の完成予定だったが、3月時点で進捗率は40%に満たない状態だった。
倒壊したビルに関しては、中鉄十局が実質的に主導していた。タイのデベロッパー「イタリアン・タイ開発」が名を連ねていたが、日々の施工監督や資材選定は中鉄十局がおこなっていた。
バンコクの倒壊事故は、単なる技術ミスや現場レベルの不備ではなく、企業体質そのものに根ざした構造的問題の現れと断定してもいい。
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工事現場の実態と建築資材の疑惑
工事の杜撰さは、そこで働いていた労働者たちの証言でも確証が取れている。現場作業員たちは、日常的に安全規則が守られていなかったと証言している。
たとえば、多くの作業員が安全靴の代わりにスニーカーを履いて作業し、高層階でも命綱の使用が徹底されていなかった。基本的な安全管理などゼロに等しく、施工現場全体がリスクの中で仕事をしていた。
構造そのものにも、作業員たちは不自然な点を察知していた。8階で働いていた作業員のひとりは、現場監督が柱の太さを確認し、「これはおかしい」と口にしていたと語っている。
他の高層建築と比べて、このビルの柱は明らかに細かったという証言が複数ある。設計図に基づく柱の仕様を無視した結果、地震の揺れに耐えきれず、必然的に破壊が起きたのだろう。
使用された建材の品質にも深刻な問題があった。タイ当局が崩壊現場から回収した鉄筋を検査した結果、タイ鉄鋼協会の品質基準に適合しないサンプルが複数見つかった。特に圧縮強度や化学成分の面で基準を大きく下回っていた。
この問題の鉄筋は、「新科原鋼鉄有限公司」という中国企業のタイ・ラヨーン県工場で製造されたものだったが、この工場は2024年12月、安全リスクのためにすでに閉鎖されていた。
閉鎖の直接原因はガス漏れ事故だった。調査に入った当局は、この工場から押収した2400トン以上の鋼材のうち、肋高やホウ素含有量が基準に達していない製品が多数含まれていたと発表している。
これにより、コンクリートとの結合が弱まり、全体の強度を著しく低下させた。こうした鋼材が大量に現場で使用されていたことは、倒壊の主因のひとつである。
さらに信じがたいのは、地震発生の翌日、現場から文書を持ち出そうとしていた中国人4人の行動である。監視カメラ映像には、彼らがオフィスの裏手から書類を運び出す様子が映っており、警察がこれを押収した。
彼らは保険請求のためだったと主張したが、現場の管理資料を持ち出す行為そのものが、違反や不正を隠蔽しようとしたとしか解釈できない。中国本土では本件に関する報道が迅速に検閲対象となった。
調査報道を得意とする「財新」や、国営通信社・新華社の短報記事すら、発表直後に削除されている。
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国民の怒りと政府・国際社会の対応
このビルの倒壊は、単なる建築事故では終わらない雲行きとなっている。タイの国民のあいだには強い怒りと不信感が広がっている。「タイ政府は政治的配慮によって中国企業の不正を見逃してきたのではないか」という疑念が渦巻いているのだ。
実際、タイは中国との経済的つながりを深めている。中国はタイにとっては、もっとも経済的なつながりの強い国でもある。
2025年2月には、タイ政府が中国の要請を受けてウイグル族の難民40人を強制送還したことが国際的な非難を招いたのだが、この事件は「人権よりも中国との関係維持を優先する」という姿勢を内外に印象づけた。
そうした背景の中で、中国国有企業の関与するビルが倒壊し、多数の死者を出した。このことは、タイ国内で深刻な政治問題として受けとめられている。
ペートンタン首相は、「中鉄十局が関与するすべての国内プロジェクトを見直す」と宣言したが、それだけで国民の不信は解消されていない。
この中国企業はタイに多くの建設物を建て、いろんなプロジェクトにかかわっている。そのため、市民の多くが建設物に対して不安を抱くようになり、耐震基準や施工管理に対する関心が高まっている。
多くの市民が「自分が住むビルは安全なのか」と自問するようになっている。そして今、タワーマンションからは多くの住民が我先に引っ越ししよう動いている。「今回は助かったが、こんな危険なところに住んでいられるか」という気持ちだろう。
この事件に関しては、複数の報道機関が継続的に詳細な調査をおこなって、情報は次々と明るみに出ている。政府も世論の圧力を受けて積極的な調査姿勢を見せているが、中国との関係性を考慮すれば、どこまで踏み込めるかは不透明である。

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