大注目だったタイ総選挙。若者が支持する「国民党」が勝てなかった理由とは?

今回のタイ総選挙では若者に熱狂的支持されていた「国民党」が第一党になれるのかどうかが見どころだった。だが、世論調査でも高い支持率を示していた「国民党」は第一党になれなかった。結局、勝ったのは「タイの誇り党」である。なぜ、そうだったのかは、都市部と地方の分断があったからだ。(鈴木傾城)

なぜ変化を叫ぶ若者が勝てなかったのか?

私が病院のベッドで寝ているときに、もっとも気になっていたのがタイの総選挙だった。タイではあまりにも馬鹿すぎたタクシン首相の娘ペートンタン首相がクビになって、総選挙になだれ込んでいた。

ペートンタンがいかに政治家としての能力を欠いていたのかは、こちらにも書いている。(ブラックアジア:タイの株式市場は7年で半分に下落。ペートンタン政権も支持されておらず弱体化

もう国民はタクシン政治に飽き飽きしており、もはや旧来の政治権力を一掃して、新たな政治を望む若者たちの声が非常に強くなっていた。この声が報われるのかどうか、それが今回のタイ総選挙の見どころだった。

「タイの誇り党」=保守政党
「国民党」=若者の支持する政党
「タイ貢献党」=タクシン一族の政党

今回のタイ総選挙はこの三つ巴での戦いだった。結果はどうだったのか? 意外なことに、若者の支持を集め、世論調査でも高い支持率を示していた革新系の「国民党」は第一党になれなかった。

勝利したのは保守系の「タイの誇り党」であり、500議席中193議席を獲得したのである。過半数には届かないが、連立による政権維持が現実的な水準である。

若者の期待は確かに存在した。首都バンコクに割り当てられた33議席は国民党がすべて獲得した。比例代表でも全国最多得票であった。都市部では「変化」を求める声が可視化されていたのだ。

だが全国500議席という全体像の中では、それは一部に過ぎなかった。都市での熱量は地方には届かなかったのだ。

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都市部バンコクと地方は乖離している

以前から言われていることだが、タイは都市部バンコクと地方は乖離している。乖離というよりも、断絶と言ったほうが正しいのかもしれない。経済的な格差は昔から今もまったく変わっていない。

若者が支持する「国民党」は、たしかに熱気はすごかった。首都バンコクでは33議席すべてを国民党が獲得した。都市部では若年層、有権者の高学歴化、SNS経由の情報拡散が投票行動に直結した。

タイのインターネット普及率は2024年時点で85%を超えている。都市部ではオンライン空間が選挙戦の主戦場であった。それでも「国民党」は第一党になれなかった。地方の議席を伸ばせなかったからだ。

政治は総得票ではなく、区割りごとの勝敗で決まる仕組みである。地方では、今もなお対面型の動員、地域有力者の影響、既存政党の長年の地盤が決定的な力を持つ。「国民党」は、ここで歯が立たなかったのだ。

タイの地方選挙区では、票の取りまとめ役となる地方議員や有力者が存在する。彼らは長年にわたり中央政党と密接にかかわり、予算配分や公共事業を通じて支持基盤を築いてきた。

保守系政党はここをがっちりと握っている。

都市部はバンコクを含めて一部しかないが、地方はタイ全土に広がっている。都市部で80%の支持を得ても1議席は1議席である。地方では僅差でも勝てば、地方は広大なのだから多くの議席が獲得できる。

今回の結果は、支持率がそのまま政治の変革にはつながらないことを見せつけたとも言える。いくらバンコクの都市部で人気があっても、それと議席の確保は別問題であったのだ。それが結果に出た。

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「国民党」に対する警戒は消えなかった

地方で「国民党」がそれほどの支持が得られなかったのは、例の国境問題が深くかかわっている。(ブラックアジア:国境問題から始まったタイとカンボジアの衝突は紛争から戦争になっていくのか?

バンコクの住民よりも地方の住民たちにとっては国境紛争は深刻な問題だった。カンボジアとの緊張が高まる中で、軍の存在意義は地方では非常に大きなものもであった。軍は地方にとっては救世主とも言える存在なのだ。

保守系政党「タイの誇り党」は、地方や国境地帯の安定と秩序を前面に出し、軍への批判を牽制した。革新系が掲げた軍改革は、都市部では支持を集めたが、国境地帯や保守層には警戒感を生んだ。

地方にとって安全保障は生活の現実に直結するテーマである。

タイでは徴兵制度が続いている。軍は単なる防衛機関ではなく、政治にも影響力を持つ。タイは表面上は民主主義国家だが、2014年の軍事クーデター以降、事実上「軍」が政治を動かしていたとも言える。

若者が支持する「国民党」は、軍を批判していた。この姿勢は、改革志向の有権者には評価されたが、軍を頼りにしている地方には受け入れられなかった。また、地方は今も伝統や王室を重視する。革新よりも、伝統・文化のほうを重視していた。

革新系政党の前身である「前進党」は2023年の総選挙で第一党となったが、首相指名選挙で阻止され、その後、憲法裁判所の判断で解党を命じられた経緯がある。王室改革や不敬罪改正を公約に掲げたことが理由とされた。

今回の選挙でも、地方の国民からは「国民党」に対する警戒は消えなかったようだ。

結局、今回の選挙は都市部と地方という分断した世界のせめぎ合いで、理念の対立だけでなく、国家観、王室観、軍の位置づけといった根本的価値観が交錯していた選挙でもあったのだ。

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アンダーグラウンドの人間たちは?

タイは急速な高齢化社会に入りつつあり、60歳以上人口は総人口の約20%を超えた。今後タイの高齢化は日本と同様に深刻な問題となっていきそうだ。(ブラックアジア:深刻化するタイの超高齢化。タイ政府は思いっきり「これ」をやるような気がする

地方では農業従事者や公的給付に依存する層が多く、既存政党との関係性が安定をもたらしている。こうした層はますます革新を避けるので、ここに革新的な若者たちの支持政党「国民党」が入っていくのは厳しいのかもしれない。

選挙は価値観の対立であると同時に、生活保障の選択でもある。若年層の支持率だけでは結果的には政治地図は塗り替わらなかった。地方の壁、憲法裁判所の権限、軍の影響力は容易に崩せない。

2023年に続いて、2026年もまた若者たちは挫折した。それでも若年層の支持は蓄積していき、時間が経過すれば有権者の世代構成は変わるので、タイの政治情勢がずっと変わらないわけではないはずだ。

もしかしたら、ここから地方にも若者たちの熱気が社会を変えていく可能性も十分にある。

私自身は個人的にはタクシン一族の牛耳る政治が好きではないので、「タイ貢献党」みたいなのはさっさと消えて欲しいのだが、タイの国民が誰を選ぶのかはタイの国民が決めることなので、距離を置いて政治動向を眺めている。

だが、アンダーグラウンドの人間たちは案外「国民党」よりも「タイの誇り党」が第一党になったのは案外歓迎しているのかもしれない。というのも、マリファナを非犯罪化して自由化していったのは「タイの誇り党」だったからだ。

若者が支持する「国民党」は、無制限な流通は社会的影響が大きいと批判している。

さすがに「タイの誇り党」も、マリファナ無法地帯のような状況を放置するとは思えないが、今のところはマリファナに関してはどの党よりも放置度が高いのは事実だ。案外、「タイの誇り党」が第一党として今後のタイを導くのであれば、アンダーグラウンドは面白いのかもしれない。

そこのところも注目している。

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