知能サバイバル。老いると能力低下は避けられないが、その中でどう生きるのか?

知能サバイバル。老いると能力低下は避けられないが、その中でどう生きるのか?

30代から記憶の処理速度低下が始まり、70歳を超えると大きく減少する。記憶力も40代以降に徐々に低下し、70歳以降に急激に落ち込むことがわかっている。生きていくなら、そこをサバイバルしなければならない。能力低下に対処するための戦略とは?(鈴木傾城)


プロフィール:鈴木傾城(すずき けいせい)

作家、アルファブロガー。著書は『ボトム・オブ・ジャパン』など多数。政治・経済分野を取りあげたブログ「ダークネス」、アジアの闇をテーマにしたブログ「ブラックアジア」を運営、2019、2020、2022年、マネーボイス賞1位。 連絡先 : bllackz@gmail.com

40代以降になると知能の低下がはじまる

現在の医学や薬やアンチエイジングの知見をもってしても、私たちは誰も歳を取ることをとめられない。そして、いくら健康に留意しようが、運動しようが、加齢に伴って人間の知能や身体的な能力は低下する。

これは誰もが避けられない事実である。老いから逃れられないのだ。

知能は大きく分けて「結晶性知能」と「流動性知能」に分類される。結晶性知能は長年の経験や学習によって培われた知識であり、語彙や言語理解などが含まれる。流動性知能は新しい状況に対応し、情報を処理する能力を指し、処理速度や記憶力、推論などが含まれる。

結晶性知能は年齢が上がっても比較的維持されやすい。高齢になっても豊富な経験によって補われるため、安定している。しかし、一方で流動性知能は加齢とともに低下しやすい。わかりやすくいえば以下の兆候が出てくる。

・歳を取ると新しい状況に対応できなくなる。
・歳を取ると脳の処理速度が遅くなる。
・歳を取ると記憶力や推論が衰える。

いつから低下していくのか。国立長寿医療研究センターのデータによると、30代から「処理速度」の低下が始まり、70歳を超えると大きく減少する。また、「記憶力」も40代以降に徐々に低下し、70歳以降に急激に落ち込むことがわかっている。

若年層では知能の4つの指標(語彙、処理速度、推論、記憶)がいずれも高水準にあるが、40代以降になると「処理速度」「推論」「記憶」において低下が顕著になる。新しいことがすぐに覚えられなくなるのだ。

ただ、「語彙」に関しては60歳以降でも安定した水準を維持している。

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加齢とともに急激に低下するのは?

心理学の研究では、知能の加齢変化を「横断研究」や「縦断研究」を通じて測定してきた。たとえば、アメリカでおこなわれたシアトル縦断研究は、長期間にわたって成人の知能を追跡し、加齢による変化を詳細に記録した。

この研究によれば、「言語理解」や「言語性記憶」といった結晶性知能の要素は、60代まで比較的安定していることが確認されている。

一方で、「知覚速度」や「数的処理」といった流動性知能は、40歳から徐々に低下し、70代に入ると急激に落ち込む傾向がある。

また、ある調査では、80代になると「語彙」以外の指標はT得点(平均50で標準化されたスコア)で40以下に落ち込むことが報告されている。特に「数的処理」や「知覚速度」の低下が顕著で、これらのスコアは他の指標よりも早期に低下が始まる。

加齢による知能の変化は、結晶性知能と流動性知能で異なる影響を及ぼし、「語彙」は比較的維持されやすい一方で、「処理速度」「推論」「記憶」などの流動性知能は加齢とともに急激に低下する傾向があるのだ。

日本での研究でも似たような結果が得られている。国立長寿医療研究センターの調査によれば、「語彙」は60歳以降も高い水準を維持しているが、「処理速度」「推論」「記憶」は年齢が上がるごとに低下していくことがわかっている。

たとえば、70歳を過ぎると「記憶」や「処理速度」は大きく減少し、流動性知能の低下が明確になる。

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知能の低下には、もちろん個人差がある

加齢による知能の低下は、現代社会において特に重要な課題となっている。

これは単なる個人の問題ではなく、社会全体の構造や価値観にも深くかかわっている。たとえば、高齢者が活躍する場が限られる一因として、彼らが明晰さを失ってしまっていることを指摘する人もいる。

しかし、これは極めて短絡的な見方だ。実際には、高齢者が蓄積してきた結晶性知能や経験は、若年層にはない独自の価値を持っており、むしろ組織や社会にとって重要な資源となり得る。彼らの経験や知見を活かせるような仕組みが求められている。

しかし一方で、流動性知能の低下は否定できない現実であり、新しい状況に即座に対応する力が弱まるため、特に高齢者が変化の激しい現代社会でストレスを感じやすいことも事実だ。

とはいっても、知能の低下には個人差がある。かならずしも、すべての人が同じように能力が衰えるわけではない。70代に入っても、頭脳明晰な人は少なからずいる。80歳を超えても高い知能を維持している人さえもいる。

生活習慣や学習意欲、社会的な交流の頻度などは、知能の維持に大きな影響を与えることが知られている。個人の健康状態や、豊かな経験や、人間関係、さらには好奇心の高さなどのすべてが影響していくのだろう。

歳を経て、世の中のすべてに興味や関心を失った人もいるが、逆に社会や仕事に対して強い興味や関心を失わない人もいる。いうまでもないが、好奇心、学習意欲、社会的な交流があったほうが知能は維持できる。

たしかに知能の低下は避けられないものである一方、どのように低下するか、またどの程度まで維持できるかは各個人の取り組み次第で大きく異なるのだ。

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高齢期の知能低下に対処するための戦略

高齢化に伴う知能の低下は避けられない現実であるが、だからといってその影響をただ受け入れるだけでなく、効果的に管理する方法を考えることが必要だ。

たとえば、日々の生活において積極的に新しい経験に挑戦し、好奇心を持ち続けることが知能の維持に役立つ。

心理学の研究によれば、経験への開放性が高い人は、高齢期でも結晶性知能を高く保ちやすいという結果が出ている。これは、新しい情報や考えかたに触れることで脳が刺激を受け、知能の低下が遅れるためと考えられる。

さらに、高齢期の知能低下に対処するための戦略も考えられている。それが「選択的最適化」というものだ。

この戦略は、どういうものかというと、「歳を取れば取るほど、これまでやってきた中でもっとも得意な分野に最適化して、その分野での技能や知識を磨き、他は手を出すな」というものだ。

たとえば、ピアニストのルービンシュタインは加齢により指の動きが不自由になったが、演奏する曲のレパートリーを減らし、その少ないレパートリーを徹底的に練習することで、年齢を感じさせない演奏を実現した。

これは、自身の能力の変化を理解し、適切に管理した好例である。「選択的最適化」で高齢でも大きな仕事を成し遂げた例は他にもある。

パブロ・ピカソは晩年まで活躍を続けた画家として知られているが、ピカソもまた「選択的最適化」を選んでいたのだ。

加齢により体力や身体的な自由度が制限される中、ピカソは描くスタイルを次第にシンプルで大胆なものへと変化させた。複雑な描写や細かいディテールを減らし、より少ない筆数で強烈な表現を追求するようになった。

こうしたスタイルの変化により、ピカソは晩年になってもその創造力を維持し、評価を得続けることができた。

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自分は何を選択し、どこに最適化していくか

作家エルネスト・ヘミングウェイもまた「選択的最適化」を選んで成功した作家の代表である。ヘミングウェイは、晩年には健康上の問題で身体的な制約を受けることが多くなった。

そこでヘミングウェイは、長大な作品を執筆することを避け、より短く、簡潔で力強い文章表現を追求するようになっていった。

ヘミングウェイの、この「簡潔な表現スタイル」は後世に多大な影響を与えることとなり、彼の晩年の作品も高く評価された。彼のスタイルの転換は、自身の限界を認識し、選択的に最適化した好例だ。

ノーベル賞受賞者の経済学者ロバート・M・ソローは、晩年になっても研究活動を続けたが、若い頃のような精力的なフィールド調査やデータ収集よりも、「選択的最適化」で研究の理論面に集中するようになった。

ソローは年齢とともにフィールドワークからは遠ざかり、自身の研究成果の理論的な解釈や、教育活動を通じた後進の指導に重きを置いた。年齢に応じて研究スタイルを最適化したことにより、ソローは高齢になっても学術界で影響力を維持することができた。

選択的最適化、すなわち「歳を取れば取るほど、これまでやってきた中でもっとも得意な分野に最適化して、その分野での技能や知識を磨き、他は手を出すな」を考える必要がある。そして、そこに集中することによって高齢でも活躍していける。

81歳くらいまで衰えないのは言語性記憶だけである。言語性記憶とは、単語や文章、言語に関連する知識を記憶し、必要なときにそれを思い出したり使ったりする能力である。

選択的最適化は、40代から考えるべきである。「処理速度」「推論」「記憶」は40代からゆっくりと落ちていき、60代からは急激に悪化してしまうからだ。それを見越して、自分は何を選択し、どこに最適化していくかが重要になる。それが60代以降のサバイバルにつながる。

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