女性研修医のレイプ事件に揺れるインド。この国は依然として女性には危険だ

女性研修医のレイプ事件に揺れるインド。この国は依然として女性には危険だ

2024年8月9日。インド・西ベンガル州コルカタでひとりの女性研修医がレイプされ、血まみれの状態で遺体が発見された。かねてから女性への性暴力や医療関係者への攻撃が問題になっていたインドでは、これが大規模な抗議デモを引き起こした。インドのレイプ多発はとまらない。(鈴木傾城)


プロフィール:鈴木傾城(すずき けいせい)

作家、アルファブロガー。著書は『ボトム・オブ・ジャパン』など多数。政治・経済分野を取りあげたブログ「ダークネス」、アジアの闇をテーマにしたブログ「ブラックアジア」を運営、2019、2020、2022年、マネーボイス賞1位。 連絡先 : bllackz@gmail.com

ひとりの女性研修医がレイプされ殺された

2024年8月9日。インド・西ベンガル州コルカタでひとりの女性研修医がレイプされ、血まみれの状態で遺体が発見された。現場はコルカタにある公立病院「RGカー医科大学病院」で、事件は州立大学病院のセミナー室で発生していた。

被害者である31歳の女性研修医は夜勤中にセミナー室で休息を取っている際に襲われていた。彼女は36時間の勤務シフト中であり、通常の休憩室のエアコンが故障していたため、セミナー室で仮眠を取っていた。

監視カメラは数台しかなく、広大な院内を十分にカバーできていなかったほか、セミナー室のドアには鍵がかかっていない状態であった。

この女性研修医のレイプ殺人事件は、インド社会に深く根づく女性に対する暴力と医療従事者の安全という二つの問題を浮き彫りにした。

インドでは2012年にデリーで起きた集団強姦事件以降、女性に対する暴力への対策が進められてきたがインド国内では何も変わっていない。女性の安全は依然として深刻な社会問題であり、特に夜間や公共の場での女性の安全確保は喫緊の課題となっている。

一方、医療従事者、特に女性医療従者の安全も大きな問題となっている。

インド医師会の調査によると、国内の医師の75%が何らかの暴力を受けた経験があるという。医療現場での暴力は、患者やその家族による攻撃的な扱いから、身体的虐待の脅しまで多岐にわたる。

これは医療サービスの質の低下や医師の離職につながる深刻な問題となっている。医師は尊敬されているわけではないのだ。特に女性の医師はしばしば攻撃の対象になっているのが深刻だ。

今回の事件は、これらの問題が交差する中で発生した。

この事件を受けて、インド国内における医療従事者への暴力や女性に対する性暴力問題への関心を高めるきっかけとなり、全国的な抗議デモやストライキが発生し、問題は政治へと飛び火した。

以前から女性への性的虐待や医療関係者への攻撃は問題になっていたのに、政府は何もしなかったとして、野党は激しく国政与党のインド人民党(BJP)を攻撃したのだった。この事件は政治的な駆け引きの道具として利用されて今に至っている。

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実態は表沙汰になっている以上に深刻である

コルカタで起きたこのレイプ殺人事件は、インドにおける女性に対する暴力の深刻さを示す一例に過ぎない。

政府統計によれば、毎年約45万件の女性に対する犯罪が報告されている。さらに衝撃的なのは、これらの犯罪の7%以上が強姦関連だという事実だ。特に懸念されるのは、18歳未満の少女を対象とする犯行が全体の約28%を占めていることだ。

ただ、被害者の77%が被害を誰にも打ち明けないという現状もあるので、実態は表沙汰になっている以上に深刻である。

そこに医療従事者に関する暴力もかかわってくる。

看護師や助産師を含む医療従事者全体で見ると、約60%は女性である。その4分の3が就業中に言葉による暴力や身体的な攻撃、その他のハラスメントを受けたことがある報告する。

これらの数字とデータは、インドにおける女性の安全と医療従事者の保護が危機的な状況にあることを示している。問題の根は深く、社会の構造的な変革なしには解決が困難であるのは明白だ。

こうしたインドの現状に、今回の事件に対する女性の怒りがある。この事件後、全国で数十万人の医師がデモを行い、正義の実現や女性の安全向上、特に医療従事者の保護強化を求めた。

コルカタでは若手医師が40日以上にわたってストライキを続け、8月14日には数万人の女性たちが抗議デモをおこなった。

事件の捜査においては、インド中央捜査局(CBI)が監視カメラの映像やDNA鑑定結果などの証拠に基づき、病院のボランティア男性1名を訴追した。しかし、この迅速な対応は例外的なものであり、多くの性犯罪事件では適切な捜査や訴追がおこなわれていないのが現状だ。

こうした事態を受けて、西ベンガル州議会は9月3日、レイプ罪の法定刑を終身刑または死刑に引き上げる法案を可決した。しかし、この法案は主に象徴的なものであり、大統領の承認がなければ効力を持たない。

西ベンガル州議会は9月3日、レイプ罪の法定刑を終身刑または死刑に引き上げる法案を可決した。しかし、この法案は主に象徴的なものであり、大統領の承認がなければ効力を持たない。

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インドにおける根深い家父長制度と女性蔑視

ところで、なぜインドではこんなにも女性に対する暴力が多いのか。それは、インド社会に深く根づいた構造的な問題があると指摘されている。真っ先に挙げられるのは、インドにおける根深い「家父長制度」と「女性蔑視」である。

インド最高裁は8月20日の裁定で、「根深い家父長主義的な姿勢や偏見により、患者の親族は女性の医療従事者に反抗的になる傾向があり、また女性の医療従事者は職場においてさまざまな形での性的暴力に直面している」と指摘している。

この家父長制的な価値観が、女性の社会進出や職場での平等を阻害する要因となり、さらには職業を持つ女性に対する蔑視にもつながっていた。

事件が起きたRGカー医科大学病院では、2人の男性警備員しか配備されておらず、監視カメラも広大な院内をカバーできるものではなかった。このような安全対策の不備は、医療従事者、特に女性医療従事者を危険にさらしている。

長時間労働や劣悪な勤務環境の問題もある。被害者の女性研修医は36時間の勤務シフト中にセミナー室で休息を取っていたが、本来は寝る場所ではないところで、監視もない状態で女性を寝かせていたのだ。

このような過酷な労働環境は、医療従事者の安全と健康を脅かすだけでなく、医療の質にも悪影響を及ぼしているのだが待遇は改善されていない。

法執行機関の対応も問題だ。インドでは2012年のデリー集団強姦事件以降、女性に対する犯罪に関する厳格な法律が導入された。(ブラックアジア:インドで起きている残虐なレイプは増える可能性もある理由

ところが、状況は依然として改善していない。これは、法律の厳罰化だけでは問題解決に不十分であり、法執行機関の対応や社会全体の意識改革が必要であることを示している。

この事件は西ベンガル州で政治問題化し、与野党の対立を深めた。このような政治的な駆け引きは、問題の本質的な解決を妨げる要因となっている。これらの構造的問題は互いに関連し合い、複雑な様相を呈している。

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インドは、依然として女性にとっては危険な国

抗議活動がエスカレートし、一部のデモが暴動化した事例も報告されている。

国政与党のインド人民党(BJP)と州政府の対立が事件の政治的利用を招いており、この対立が抗議活動をさらに過激化させている。おまけに、コルカタ高等裁判所は警察による証拠隠滅の可能性を指摘し、警察の信頼性が揺らいだ。

オディシャ州の病院に勤めるある女性医師は、「襲撃者から身を守るために父親からナイフを渡された」と語っている。

コルカタ医科大学のある研修医は、「8月9日の事件以降、護身のために催涙スプレーかメスを携帯せずに勤務することはない」と話している。女性の医療関係者がみんなこのように自己防衛しないといけない状況は異様だ。

こうした状況はゆっくりと改善していくのだろうが、そんな急には変わらないというのが事実かもしれない。

女性の社会進出が進む中で、インドの各職場における女性の割合は増加傾向にある。しかし、社会の意識改革は追いついていないし、安全対策も依然としておざなりだ。インドの女性が社会進出すればするほど直面するリスクは高まる。

インドでは、この他にも2024年3月に、夫婦で旅行していた外国人女性が7人もの若者に夫の目の前でレイプされるという事件も起きていた。この夫婦は西ベンガル州からネパールへバイクで移動中だったのだが、野営中に襲撃されていた。

この事件の前には、マディヤプラデシュ州で、スイス人夫婦が自転車旅行中に襲撃されて、やはり妻が男たち7人にギャング・レイプされていた。インドは「レイプ大国」という不名誉なイメージがつきまとっているが、こうした事件が起きるのであれば、そう思われてもしかたがない。

インドは、依然として女性にとっては危険な国であるのは間違いない。

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