ベトナムの貧困率が下がっても、ベトナムが豊かになったという意味ではない理由

ベトナムの貧困率が下がっても、ベトナムが豊かになったという意味ではない理由

ブラジルで開催されたG20で、ベトナムのファム・ミン・チン首相が「ベトナムの貧困率が下がった」と報告している。これを聞くと、ベトナムは豊かになったのかと勘違いしてしまうかもしれない。しかし、貧困率が下がっても、ベトナムが豊かになったという意味ではない。(鈴木傾城)


プロフィール:鈴木傾城(すずき けいせい)

作家、アルファブロガー。著書は『ボトム・オブ・ジャパン』など多数。政治・経済分野を取りあげたブログ「ダークネス」、アジアの闇をテーマにしたブログ「ブラックアジア」を運営、2019、2020、2022年、マネーボイス賞1位。 連絡先 : bllackz@gmail.com

1日1.90ドル以下で生活する人が貧困者

日本国内でベトナム人が万引き・窃盗・強盗・ドラッグ密売などの事件に関与していて社会問題になっている。

彼らは借金をして日本にきている。日本で低賃金・悪条件の仕事に従事し、耐えきれずに仕事をやめたら借金だけが残るので、どうしてもアンダーグラウンドに取り込まれてしまう。

そうした現状を知っていると、ブラジルのリオデジャネイロで開催されたG20で、ベトナムのファム・ミン・チン首相が「ベトナムの貧困率が下がった」と報告しているのを聞くと、「そうなのか?」と疑問も湧き上がる。

実際、統計データによると、1998年に37.4%だったベトナムの貧困率は、2008年には13.4%まで減少し、2021年の調査では、全国の貧困世帯率は2.23%(約61万世帯)となっている。2024年時点でわずか1.9%にまで低下したと報告されている。

そんなに貧困率が下がっているのであれば、なぜベトナム人は日本で「出稼ぎ労働」をして、日本で犯罪に手を出しているのか。

それは、ベトナム政府がいう「貧困」というのは「絶対貧困」のことであり、具体的にいえば「1日1.90ドル以下で生活する人口」を指しているからだ。

要するにベトナム政府は「絶対貧困は減った」といっているだけで、たとえばベトナム人がみんな月収20万円以上の収入を得られるようになったという意味ではないことには留意する必要がある。

ちなみに、現在のベトナム人の平均月収は760万ドン(約4万6,730円)だ。

日本で「月収4万6,730円」といえば貧困かもしれないが、ベトナムでは貧困には入っていない。ファム・ミン・チン首相が「貧困率が下がった」といっても、ベトナム人が先進国並みに豊かになったのではない。

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絶対貧困ではないが、貧しい

ベトナムはかつて、長期的な戦争と経済制裁により荒廃した国であり、深刻な貧困に直面していた。つまり、絶対貧困の人々が国にあふれていた。絶対貧困というのは、「今日の食事も食べられない」くらいの生死にかかわる貧困だ。

曲がりなりにも、そうした人たちが減っているのであれば、それはそれで、よろこばしいことではある。だが、絶対貧困が低下したとしても、まだまだベトナムは「豊か」ではない。

生活の質や社会的な不平等の問題も、解決されているわけではない。

最近、マレーシアで売春摘発があって多数の「外国人セックスワーカー」が逮捕されているのだが、その中には多くのベトナム人女性が含まれていた。

カンボジアでもベトナム人女性がセックスワークしているし、貧しいベトナム女性が中国の農村に売られるような事件も相変わらずある。(ブラックアジア:ディエンビエン省・広西チワン族自治区・雲南省の山岳地帯にある人身売買の闇

これらは、すべて山岳地帯や地方の僻地で取り残された人たちだ。

あと、例に漏れず農村部と都市部の格差も深刻だ。都市部の住民はそれなりに経済成長の恩恵を受けられても、農村部の住民はなかなかその恩恵にあずかれない。農村部の平均月収は都市部の半分しかない。絶対貧困ではないが、貧しいのは間違いない。

農家の収入が、これから都市部に追いつけるのかというと、厳しいものがある。ベトナムは地理的に台風や洪水などの自然災害に頻繁に見舞われる地域に位置している。これらの災害は農家に大きなダメージを与える。

気候変動の影響でベトナムの農業生産性が低下するリスクが指摘されている。すでにメコンデルタ地域では、海面上昇や塩害の進行により、稲作の生産量が大幅に減少しつつある。

グローバルな気候変動の影響を考慮すると、今後の見通しは一筋縄ではいかない。さらに農村部は、インフラ整備や教育機会の不足により、貧困から抜け出すことが難しい現状にある。

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なかなか良い仕事にはつけない理由

では、都会に出て農業ではない仕事にでも就けば貧困から脱却できるのか。じつは、ベトナムでも農村から都市部の流入によって大きな社会問題が起こっている。

急速に進む都市化は、雇用の集中と生活コストの上昇を引き起こし、都市部の貧困層をも増加させているのだ。たとえば、ホーチミン市やハノイ市では、低所得層が高騰する住宅費に対応できず、スラム化が進行している地域が存在する。

ホーチミン市でいえば、8区のドイ運河周辺が古くから貧困層が住むエリアとして知られており、特にドイ運河周辺の地域がスラム化している。多くの家屋は川に反り出す形で建てられており、これらの多くは違法建築だ。運河沿いの住居の多くが生活排水を直接川に流している。

スラムの住民は、都市部にいるとはいえども、なかなか良い仕事にはつけない。それは、教育格差もあるからだ。

ベトナムでは教育へのアクセスが改善されたものの、地域間の教育水準の差は依然として大きい。これは、労働市場での競争力を低下させ、貧困の連鎖を断ち切る妨げとなっている。

とくに最近では、ベトナムでもハイテクが急激に社会に取り入れられており、この技術革新に伴って、高度なスキルを持つ労働者の需要が増加しているのだが、多くの貧困層は基礎教育がないので、そこに入れない。

低スキルの労働者が成長市場から排除される姿はどこの国でも似通っている。ベトナムの大学進学率は約30%程度だ。この30%は「良い仕事」を得られる確率は高いが、逆に70%は高スキル・高収入の仕事からは排除されるということになる。

ベトナム政府は2030年までに中等教育以降の教育就学率を45%に引き上げることを目標としているが、多くの家庭にとって、大学教育にかかる費用が負担となる。特に地方では、大学進学が経済的に困難な場合が多い。

教育の面から格差の解消は、まだまだ時間がかかるはずだ。

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ベトナムは「化ける」可能性もある

ただ、それでもベトナムがじわじわと豊かになっていこうとしているのは感じられる。かつてのベトナム戦争で荒廃した大地と経済の傷跡は、今も完全に消えたわけではないのだが、もう過去のものになろうとしている。

おそらく、ベトナム経済自体は今後も伸びていくはずだ。少なくとも、世界の投資家はそのように見ている。

ベトナムには、若く豊富な労働力がある。人口の約70%が35歳以下ということは、これからベトナムは若者がハイテクを存分に吸収して、社会を変えていくバイタリティーを持ち合わせているということでもある。

技術革新に対応する柔軟性を持つというのは、グローバル企業の求める人材としての価値を高めていけるという意味であり、このあたりをうまく汲み取ることができれば、ベトナムは「化ける」可能性もある。

最近は中国が西側諸国の「敵」として認識されつつあり、欧米の企業は「脱中国」を目指している。中国を脱して、インドと共にベトナムが選択されることも多くなってきている。

スマートフォンや電子部品、衣料品などの輸出額は年々増加しており、2023年には輸出総額が4,000億ドルを超えた。第二次トランプ政権も中国と激しく対立することが予測されるのだが、そうなればなるほどベトナムは有利になる。

中国が世界の敵性国家になっていけばいくほど、ベトナムはインドと共に、グローバルなサプライチェーンの重要な拠点としての地位を確立していくことになるはずだ。

ベトナムはすべてが順調なわけではない。しかし、地政学的な面で非常に有利なポジションにいる。私自身は、今後の東南アジアでも、ベトナムはかなり伸びしろがある国なのではないかと前向きに考えている。

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