ストリートチルドレン20万人がうごめくフィリピンの惨状は解決できるのか?

ストリートチルドレン20万人がうごめくフィリピンの惨状は解決できるのか?

低収入世帯は子供に十分な食事や教育を与えることができず、そのまま路上に放り出して「自分で何とかしろ」と育てる。だが、ストリートは危険な場所だ。子供たちはありとあらゆる被害に遭う。フィリピン政府は、ストリートチルドレンの増加を社会問題として認識しているが、この惨状を解決できるのか?(鈴木傾城)


プロフィール:鈴木傾城(すずき けいせい)

作家、アルファブロガー。著書は『ボトム・オブ・ジャパン』など多数。政治・経済分野を取りあげたブログ「ダークネス」、アジアの闇をテーマにしたブログ「ブラックアジア」を運営、2019、2020、2022年、マネーボイス賞1位。 連絡先 : bllackz@gmail.com

ストリートチルドレン20万人

フィリピンの首都マニラを中心とする都市部には、公式統計だけでも20万人以上のストリートチルドレンがいる。

20万人というのは、尋常な数ではないのがわかるはずだ。たとえば、東京都世田谷区の15歳未満の子供の数は約18万6,353人なのだが、それくらいの人口の子供がフィリピンではストリートチルドレンなのだ。

この子供たちは、親の意図的な遺棄、親の失業、家庭内虐待など、さまざまな要因で家を追われ、路上での生活を余儀なくされている。

物乞いや空き瓶の回収といった日銭稼ぎに頼り、教育機会を失い、適切な医療も受けられないまま、病気や栄養失調に苦しむ場合が多い。都市部の過密状態と公的インフラと行政の脆弱さが相まって、子供たちに対する支援は追いついていない。

治安の問題も深刻で、暴力や犯罪被害に遭うリスクが常に隣り合わせだ。特にドラッグや売春の温床となる地域では、弱い立場につけ込まれ、さらなる搾取に巻き込まれる事態が後を絶たない。

公的支援施設や国際NGOなども、慢性的な資金不足や行政の不備が原因で、多くの子供を保護しきれていない。家庭に戻る支援策も試みられているが、そもそも子供が逃げ出さざるを得なかった劣悪な家庭環境が変わらないのだから意味がない。

フィリピンでは貧富の格差が大きい。少数の富裕層は存在するが、その一方で貧困層が社会の大部分を占めるという極端な格差社会である。

低収入世帯は子供に十分な食事や教育を与えることができず、そのまま路上に放り出して「自分で何とかしろ」と育てる。だが、ストリートは危険な場所だ。子供たちはありとあらゆる被害に遭う。

こうした事態は子供個人の人生を破壊するだけでなく、社会全体に深刻な損失をもたらす。教育の機会を失うことで将来的な就労の幅が狭まり、貧困の連鎖が断ち切れずに続いていく。

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遺棄という最悪の選択に走る親

フィリピンでは、両親によって子供が遺棄される問題も深刻化している。子供の遺棄は普通に発生しているのだ。この背景にあるのは、もちろん貧困である。物質的にも精神的にも子育てに耐えられない親が存在する。

ゴミ捨て場や公衆トイレなど、人目につかない場所で新生児を放置する事件が後を絶たない。2023年にセブ州で起きたケースでは、生まれて間もない赤ん坊が袋に入れられて捨てられているのが発見され、母親と同居人が逮捕された。

同様の事例は以前にも国内外で報道されており、特に海外へ出稼ぎにいった女性が帰国便の飛行機で出産し、そのまま機内のゴミ箱に捨てるといった衝撃的な事件も起きている。

これらは突発的に見えるが、背後には出稼ぎ労働や十代の妊娠などの社会問題が積み重なって起きている事件でもある。

フィリピンでは未婚の母に対する社会的な差別はそれほど強くはなく、生まれた子供は家族・親戚全員で面倒を見るという社会的文化がある。とはいっても、貧困が極まっていると、結果的に遺棄という最悪の選択に走る親がいるのだ。

さらに、乳児を見捨てることへの罪悪感や刑罰を恐れるあまり、発覚を恐れて赤ん坊を殺して隠蔽に走るケースもある。とくに、歳の若い母親が追いつめられて、子供に手をかける。虐待も多い。

フィリピンはカトリックの教えが強い国で、避妊に対する忌避感もある。そんな中で、十代の妊娠率も高い。経済的にも精神的にも準備の整っていない若年層が妊娠すると、育児への不安と経済的苦境が重くのしかかる。

宗教的側面と並行して、性教育の不足も問題に拍車をかけている。

多くの若者が正しい避妊方法や妊娠のリスクを学べないまま性行為に及び、そのまま望まない妊娠につながる。フィリピンの教育機関では性教育に関する議論が活発ではなく、文化や宗教の影響でオープンにしづらい現状がある。

ボンボン・マルコスはこうした状況を変えようと、積極的に性教育の普及を進めているのだが、その前に貧困を何とかしないと状況は改善しないだろう。

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墓地に貧しい人たちが住む

ストリートチルドレンたちが多く住む場所として知られているのはマニラ北墓地である。ここはメトロ・マニラ最大の公共墓地として知られる場所で、単なる埋葬地にとどまらない特異な空間となっている。

54ヘクタールに及ぶ広大な敷地内では、貧困に苦しむ人々が「生活の場」として墓地を利用している。800世帯が墓石や納骨堂を住居代わりに使い、電気や水道の整備されない環境で自前のライフラインを確保して暮らしている。

800世帯もの人々が墓地で生活しているというのは、どう見ても異様な事態だ。そのため、こうした暮らしぶりは観光客やマスコミの目を引きつけるが、実態は衛生面や治安面で極めて厳しい。

この800世帯の中には、乳幼児を抱える母親も含まれている。貧困から逃れるすべがない人々は墓地に居を定め、日銭を稼ぐために墓の掃除や花売りをおこなう。

子供たちは施設に通うどころか外の世界をほとんど知らず、墓石の間を走り回って育つ。こうした環境では教育の拡充など夢のまた夢であり、社会から取り残された生活を余儀なくされる。

生まれたばかりの赤ん坊が墓地に放置される事件も起きている。捨てられた赤ん坊は、けっして余裕があるわけでもない住民に一時的に世話されるが、恒久的な保護につながらず、問題が複雑化する。

政府はこうした「墓場の貧困層」の強制退去を図るのだが、行き先のない住民はふたたび戻ってくるといういたちごっこが続いている。

マニラ北墓地の光景は、フィリピン社会が直面する貧困の縮図を痛烈に示している。生者と死者が入り混じる異様な情景は観光地としての関心を集める一方、救済が必要な子供たちが放置される場にもなっている。

貧困が極まっていけば、社会はどこまでも凄惨な光景を生み出す

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社会に深く根差す貧困問題

フィリピン政府は、ストリートチルドレンの増加を重大な社会問題として認識し、社会福祉開発省(DSWD)を中心にさまざまな施策を掲げている。

一時保護施設の設置や就学支援プログラムの実施、警察や自治体との連携による巡回保護などがその例である。しかし、実際にはマニラ首都圏だけで20万人を超えるストリートチルドレンの大半を救い切れていない。

予算や人材が限られ、保護施設に空きがない地域も多く、縦割り行政の弊害によって支援が重複する一方で届かない地域が生じている。行政が一度保護しても路上に戻ってしまう子供が多く、継続的なフォローアップが難しい。

日雇い労働や農村部からの移住で不安定な収入しか得られない世帯は、子供を養う余裕がなく、路上に送り出してしまうことが多い。仮に保護施設でしばらく過ごせても、家族の経済状況が改善しない限り、子供が路上に戻るのは時間の問題である。

教育費や医療費を確保できないままでは、生活の基盤が脆弱なままで、ストリートチルドレンの数は減るどころか拡大し続ける。政府は就学機会の拡充を強調しているが、人口増加のスピードや都市部への集中が激しく、インフラと支援体制が追いつかない。

結局のところ、貧困が解消されない限り、問題は解決しない。

失業や低賃金労働、居住環境の不安定さが放置されたままでは、一時保護をいくら重ねても意味がない。子供たちが路上に出ざるを得ない根本原因を取り除かないままでは、政府の取り組みはいつまでも実を結ばず、対処は困難だ。

果たして、フィリピンは貧困から脱することができるのだろうか。今の政治を見ていると、状況は絶望的に思える。政府はあまりにも無力で、貧困はあまりにも根深い。それがフィリピンの現実でもある。

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