著書『病み、闇。ゾンビになる若者、ジョーカーになる若者』を書いてから、リストカットやオーバードーズする女性のことを考えることが多くなった。今も、そうした女性から連絡が来ることもある。
みんな、身体よりもまず心が傷ついている女性でもある。
心が傷ついた女性は、その心の傷に合わせて身体も傷つける。ある女性はそれがリストカットになり、ある女性はそれが大量のタトゥーになり、ある女性はそれがピアスやスプリットタンになり、またある女性はそれがオーバードーズになる。そのすべてをやっている女性もいる。
ただ、彼女たちのすべてが「心が傷ついている」わけではなく、ファッションとしてそれを選ぶ女性もいるのもたしかだ。しかし、身体を傷つけるという行為の裏側に心の傷があるというのは、心理学的な専門家も当事者もよく指摘している。
なぜ、心の傷が身体の傷に向かっていくのか。
たとえば、傷ついた心では適切な感情の処理が難しくなる。抑圧された感情や過去のトラウマが、表現されないまま残り、そのまま積み重なる。リストカットなどで身体を傷つけることは、この抑圧された感情を具体的な形で表現しようとする一種の試みとなることがある。
また、心の傷は状況や出来事に対するコントロールの喪失感を引き起こすことがある。ここから逃れるために自傷する。自傷は、自分の身体に対する制御が可能であると感じさせるのだ。だから、その瞬間だけでも現実のコントロールを取り戻そうと自傷する女性も出てくる。
一部の女性は、心が傷ついたことによって感情が麻痺する。感情が消えて無感覚になる。身体的な痛みは、この「感情の麻痺」と「無感覚」を打破する手段に見える。だから、現実感覚を回復させる手段として自傷する女性も出てくる。
さらに傷ついた心を持つ女性は、しばしば自己嫌悪や罪悪感に苛まれる。身体を傷つける行為は、自分に対する罰の形として捉えられ、心の中の負の感情を物理的な形に変換することが試みられることがある。
心の傷つきが他者とのコミュニケーションを難しくし、孤立感を生むことがある。身体の傷は、内面の痛みや絶望を外部に示し、他者に対して助けを求める一種の言語として機能することがある。