子供用コンテンツの世界観が、現実を生きる上での足かせになっていく理由

子供用コンテンツの世界観が、現実を生きる上での足かせになっていく理由

最近、30代どころか40代を過ぎても自室に引きこもる人たちを「子供部屋おじさん」と呼ぶようになっている。彼らは厳しい社会の犠牲になったのは確かだ。現実に対応できず、自ら家に引きこもって世間の荒波を渡ることを諦めた。(鈴木傾城)


プロフィール:鈴木傾城(すずき けいせい)

作家、アルファブロガー。政治・経済分野に精通し、様々な事件や事象を取りあげるブログ「ダークネス」、アジアの闇をテーマにしたブログ「ブラックアジア」、投資をテーマにしたブログ「フルインベスト」を運営している。「鈴木傾城のダークネス・メルマガ編」を発行、マネーボイスにも寄稿している。

子供用コンテンツの真逆の現実

子供向けのテレビやアニメ番組は、正義の味方やヒーローが出てきて、超人的な力で悪をバタバタなぎたおすのが定番になっている。主人公は何らかの驚異的で不思議なパワーを持っており、どんな危機に陥っても必ず最後は驚異のパワーで勝つ。

しかし、現実はそうではない。誰も超人的な力など持っていない。

現実では、往々にして悪人がのさばり、善人が打ちのめされている。善人は、誰も驚異的なパワーを持っていない。そして、正義の味方など待てど暮らせど、どこからもやって来ない。

やって来るのは詐欺師だけだ。

現実は残酷で醜悪だ。優しい、気の良い人間が報われるわけではない。悪人が懲罰されるわけでもない。その逆に、悪人がちやほやされ、善人が嘲笑される。

努力も必ずしも報われるわけではない。夢も叶うわけではない。親から財産や人脈を世襲した人間が楽して頂点に立ち、何も持たない人間は底辺でもがいて苦しむのが一般的な姿だ。

悪いことをしたら捕まるどころか、金持ちになることすらもある。良いことをしたら報われるどころか、悪人の踏み台にされてさらに奪われることもある。子供用コンテンツの真逆の世界が現実世界で展開されているのである。

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薄汚い現実にアレルギー反応が起きる

こういった現実の姿は、子供用コンテンツでは表現されることはない。正義の味方が勝ち、主人公が決して傷つかないのは、子供の世界の「夢うつつ」であると言える。

もちろん、そうは言っても、子供用コンテンツが無用であると言っているわけではない。「正しいことをしなければならない」「優しさや助け合いや正義は重要である」ということを学ぶには、むしろ、これほど良い教材はない。

子供用コンテンツに、悪人が正義を駆逐するような番組があれば、それは恐ろしい。そんなものは「子供に相応しくない」ことになる。

しかし、勧善懲悪の明るくハッピーな子供向けコンテンツに染まりきって、そこから抜け出せなくなってしまうと、それはそれで問題になる。身体に良い食べ物でも、食べ過ぎると有害になるのと同じだ。

子供用コンテンツも、その世界に染まりすぎると、現実に直面できなくなってしまう。ピュアな世界から抜け出せず、薄汚い現実にアレルギー反応が起きる。

現実社会に出ると、誰もが自分が無力であることを思い知らされる。子供用コンテンツの主人公のように、自分が超人的な力でもって物事を次々と解決するような都合の良い話にはならない。

自分の人生では自分が主人公なはずだったのに、現実に出ると、自分が誰かに隷属しなければ生きていけないことに嫌でも気付く。自分の無力さを思い知らされる。

人生は子供用コンテンツのように楽しくない。次から次へと、自分の思う通りにならない問題が発生して、そのつど妥協をしなければならなくなる。

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「狡猾な大人」にいいように利用される

子供用コンテンツの単純な世界観のままでは、現実に太刀打ちできないのだ。正義の味方も、愛の化身も、「狡猾な大人」にいいように利用され、叩きのめされてしまうのである。

子供用コンテンツが口当たりが良すぎるので、現実の苦々しさには拒絶反応しか生まれない。そして、現実が受け入れられなくなる若者も生まれて来る。

そうなると、現実から引きこもり、社会から自分を隔絶して、家の中で安心な子供用コンテンツに浸るしかなくなる。現実に対応できなくないから、余計にそれに没頭してしまう。

子供用コンテンツは、それ自体に問題があるわけではない。子供たちには「良いもの」でもある。しかし、それは「子供用」なので、いつかは決別しなければならない。

決別できなければ、いつまで経っても精神が大人になることができない。「身体は大人になっても、精神性が子供のまま」で成長できなくなってしまう。

最近、30代どころか40代を過ぎても自室に引きこもる人たちを「子供部屋おじさん」と呼ぶようになっているのだが、彼らはまさにそのような人たちの一例であるとも言える。

彼らは厳しい社会の犠牲になったのは確かだ。現実に対応できず、自ら家に引きこもって世間の荒波を渡ることを諦めた。

現実社会に出て、泥まみれになってもがき、まったく思う通りにならない人生の挫折を受け入れながら、なおも生きていくのが「大人の世界」だが、自ら脱落するのである。

そして、「引きこもり」と化した人たちの多くが、引きこもった部屋の中で「子供用コンテンツに浸っている」とされている。本来は、卒業しなければならない子供用コンテンツから卒業できないまま、身体だけが大人になってしまったのだ。

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現実を生きる上で真っ先にすべきこと

世の中は子供用コンテンツとはまったく違う残酷なルールで成り立っている。それは、本来であれば子供のうちから知っておかなければならない常識である。

子供の頃から外に出て、社会でいろんな人と交流し、いろんな世界をあらかじめ知っている子供だけが、いざ社会に出ても現実に対応できる。

逆に言えば、子供の頃から社会に接していなければ、社会に出たときに対応できない。当たり前だと言えば当たり前のことでもある。

子供の頃から、額に汗して働く大人の背中を見つめ、どうにもならないことで戸惑う大人の姿を発見し、いろんな大人がいることを知り、誰もが生きることに苦労している姿を見ていれば、子供でも子供用コンテンツが子供っぽく見える。

逆に、そういった社会的体験がまったくないまま大人になると、どんなに「いい年」になっても、精神的な幼児性が抜けきれずに子供用コンテンツにしか行き場がない。

社会情勢が悪化し、日本を取り巻く現状が厳しいものになっていき、国際社会でも激しい軋轢が生み出されている。

つまり、日本人はひとりでも多く「温室」から抜け出して、大人になって現実に対応していかなければならない。日本人は今までよりも早めに子供用コンテンツから脱しなければならない時代になっている。

人間は超人的な力はなく、正義は負け、声の大きな悪人が勝ち、悪が征伐されず、多くの人たちの夢は挫折し、生きるのは楽なことではない。

そんな現実に乗り出すには、真っ先にしなければならないのが、子供用コンテンツの「夢みたいな世界観」を一刻も早く捨て去って、現実の方に自分を最適化させるということである。

私たちは超人的なヒーローではないし、何でも便利なものをポケットから出してくれる都合の良い何かが隣にいるわけではない。それは子供の世界だ。

しかし、私たちのポケットから金を奪っていく悪人ならどこにでもいる。これは、現実の世界だ。

『大人のひきこもり(本当は「外に出る理由」を探している人たち)』。現実社会の厳しさに対応できなくて、置き去りにされている40歳以上は推定100万人もいる。日本の大きな社会問題でもある。

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