身分証明書も現金も携帯電話も何もかも捨てて家出して生きられるのか?

身分証明書も現金も携帯電話も何もかも捨てて家出して生きられるのか?

2018年に起きたありとあらゆる事件の中で、私が最も忘れがたく今でも気になっているのは、福岡県大野城市で起きた事件だ。

取り壊し寸前のボロボロのアパートに2年間放置された女性の遺体があって、70代の内縁の夫が逮捕されたのだが、この夫は妻が何者なのか知らなかった。

彼女は自分が誰なのかを夫にも言わず、病気になっても医者にもかからず、社会の底辺で、静かに、隠れるように生きていた。(ブラックアジア:30年暮らした内縁の妻が最後まで誰なのか分からないまま死んでしまった

彼女は自分の身元を知られたくなかったから、重病を患っても病院に行くのを拒否した。そして53歳で亡くなった。

彼女は家庭があったはずなのだが完全に捨てていた。その家庭がどんなものだったのか、なぜ戻ろうとしないのか、なぜ捨てなければならなかったのか、彼女は何も語らないで消えた。

彼女は過去を抹殺したのだ。この執念と、もの哀しさを感じさせる生きざまに私は強くインパクトを受けて、今もずっと忘れられないでいる。(鈴木傾城)


プロフィール:鈴木傾城(すずき けいせい)

作家、アルファブロガー。政治・経済分野に精通し、様々な事件や事象を取りあげるブログ「ダークネス」、アジアの闇をテーマにしたブログ「ブラックアジア」、投資をテーマにしたブログ「フルインベスト」を運営している。「鈴木傾城のダークネス・メルマガ編」を発行、マネーボイスにも寄稿している。

「すべてを捨てて逃げてしまいたい」

日本での行方不明者の届け出は、ここ数年は8万件を超える状態で推移している。

年代別の推移を見ると、行方不明になるのは圧倒的に10代の男女である。事件に巻き込まれた不明者もいるが、この中には「家出」の不明者も多い。家出の場合、1週間から1ヶ月で帰ってくることもあるのだが、1年以上経っても帰ってこない不明者もいる。

当然、どこで何をしているのか分からない。

高齢者の行方不明も多いのだが、高齢者の場合は認知症が絡んでいるので事情が違う。高齢者の場合はどこかで保護されて、身元不明のまま施設に収容されているケースが多い。

20代も30代も40代も誰にも何も言わず消える人はいる。男性の方が多いのだが、女性も30%から40%を占める。女性の場合は、夫のDV(家庭内暴力)が原因で姿を消すのはよく知られている。

行方不明者がなぜそうなったのかは本人が見つからないので本当の原因は分からないのだが、自らの意志で消えてしまった人もいるということだ。

「すべてを捨てて逃げてしまいたい」
「過去から逃れたい」
「誰も知らないところで、はじめから第二の人生を送りたい」

そんな意志があったのだろうか。

消える意志を持ってしっかり準備して消える人もいるが、中には現金もそれほど持たず、身のまわり品も持ち出さず、誰にも何も言わず、携帯電話も持たず、まるで最初から存在しなかったかのように、ふっと居なくなる人もいる。

ところで、あなたが今から着の身着のまま、ほとんど現金を持たず、クレジットカードもキャッシュカードもスマートフォンもすべて捨てて、一切の身分証明書も持たずに、今から「家出」したとする。

誰にも何も言わず、住んでいる土地を黙って出て知らない場所に行く。過去を捨てて二度と戻らないつもりでいる。

あなたは、それを成し遂げることができるだろうか?

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身分提示も必要ない日雇いの仕事

現金も大して持たずに家出したら、翌日からどうやって生きていけばいいのだろうか。現金が1万円や2万円くらいしかなければ、何もしなければ数日後にはもうホームレスになってしまう。

ホームレスとして生きるのであれば、それは1つの生き方ではあるが、多くの人はホームレスは避けたいはずだ。それは最後に堕ちる姿であって、最初から目指すものではないからだ。

泥棒や空き巣のような犯罪をするのでなければ、何はともあれ仕事を見つけなければならない。

もし、あなたがすぐに現金になるような仕事が欲しければどこに行くか。そもそも、身分証明書もなければ銀行口座もないような状況で仕事は見つけることができるのだろうか。

仮に、私が今この瞬間に人生のすべてを捨てて、福岡県大野城市の女性のように過去さえも消し去って、何も持たない状態でゼロから人生をスタートするとしたら、どうするだろうか。

今までの人生をすべて消し去って銀行口座も運転免許証も持たない人間ができる仕事などあるのだろうか。銀行口座も住所もないのであれば、身分提示を求められる今どきのネットカフェにも泊まれず、携帯電話の契約もできない。

私なら、東京を去ってすぐに大阪のドヤ街である「あいりん地区」に行く。身分提示も必要ない日雇いの仕事が路上で見付かるからだ。

東京の山谷や神奈川の寿町はすでに高齢者の福祉の街と化していて、ドヤはあるのだが仕事の斡旋が減っており手配師も相当数が消えた。日雇いの仕事は大阪の「あいりん地区」が手に入りやすい。

「あいりん地区」は、たまに大した用がなくてもぶらりと訪れることにしているのだが、今も朝の4時から5時にかけてワンボックスカーが何台も「西成あいりん総合センター」を囲むように止まっていて、日雇いの肉体労働の仕事が取れる。

仕事の内容は工事現場の補助、建設現場の解体、清掃業務、工事現場の交通整理、商品の梱包等だが、食事付きで一日働いて1万円にはなる。稼いだカネで、あいりん地区のどこかのドヤに潜り込めば、安いところで1泊500円からで生きていける。

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厳しい生き方になってしまう

肉体労働は、相当に頑強な体力を持った人間でもキツい。そのため、普通のサラリーマンのように1ヶ月20日きちんと皆勤労働できるような状況にはなっていない。疲労が蓄積して動けない日も必ずある。

無理すれば身体を壊す。身体を壊したら保険証を持っていないので医者にもかかれない。そのため、肉体労働で働く場合は細心の注意が必要になってくるのだが、細心の注意は休息を十分に取ることでしか生まれない。

だから、あいりん地区で稼ぐとしたら1ヶ月12万円から15万円が日雇いの体力的な限度であると見た方がいい。しかし、それくらいの稼ぎがあれば、あいりん地区で延々と暮らすことが可能になる。

もし、身分証明書も銀行口座もないのにドヤの住民以上のものを目指すのであれば、違法の水商売や風俗の仕事をするしかない。

特に女性は、ドヤに潜り込んで日雇いで生きるのはなかなか難しいので、水商売か、風俗か、出会い系の売春でしのぐか、匿ってくれる男を捜すなどが主となるのは致し方がない。

通常、夜のビジネスは従業員も必ず顔写真入りの身分証明書が必要になる。つまり、運転免許証や、パスポートや、マイナンバー等が必要だ。しかし、違法の店はそうした身分証明書を提示しなくても潜り込める隙間がある。

男はホストやデリヘルの運転手やキャッチの仕事がある。女性は裏風俗の仕事で何か見つかる可能性がある。私がインタビューした女性の中には、身分証明書なしの女性がキャッチに相談して地方のソープランドに潜り込めたというのがあった。

日雇い以上のものを望むと、違法のグレーゾーンに入っていくのだが、それでも「まったく何も持たない状態で家出した場合」でも、社会の底辺では何とか生きていく手段がそれなりにあるのは間違いない。

ただ、どんな方法を取るにしても、今まで持っていた身分を捨てて新しい人生をひっそりと始めるのは、「身分証明」が絶対に必要な現代社会では厳しい生き方になってしまうのは間違いない。

福岡県大野城市で、内縁の夫にも何も言わないで静かに暮らし、誰にも過去を語ることなく死んでいった女性は、そんな世界で生きていたということだ。厳しい生き方だったに違いない。それでも彼女は過去を消したかったのだから、相当な十字架を抱えて生きていたのだろう。(written by 鈴木傾城)

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