「若者の車離れ、恋愛離れ」などの最後には、何か到来するのが気づいているか?

「若者の車離れ」「若者の恋愛離れ」「若者の海外旅行離れ」等々、いろいろ言われているが、別に若者が急に無気力になったわけではない。将来に何の希望もないから、「生活防衛」をしているに過ぎない。政治家・高級官僚の無能な施策が続くのあれば、最後にくるのは何かわかるだろうか?(鈴木傾城)


プロフィール:鈴木傾城(すずき けいせい)

作家、アルファブロガー。著書は『ボトム・オブ・ジャパン』など多数。政治・経済分野を取りあげたブログ「ダークネス」、アジアの闇をテーマにしたブログ「ブラックアジア」を運営、2019、2020、2022年、マネーボイス賞1位。 連絡先 : bllackz@gmail.com

どんどん収入が増えることが約束される時代なら?

もし、将来は右肩上がりでどんどん収入が増えることが約束され、給料も働けば働くほど増え、株式も土地も買っておいておけば知らないあいだに膨れ上がっていくような世の中になったとしたら、あなたはどうするだろうか?

どんどん金が入ってくるので、欲しいものは何でも買うはずだ。貯金してもいいが、貯金をしなくても、少し働けば満足いく給料が転がり込み、しかもそれが右肩上がりで増えるのだから将来に何の心配もない。

無理してもマイホームを買い、少し高いと感じても思い切ってワンランク上の車を買い、欲しかった趣味の品々を揃え、子供にも欲しがっているモノを気前良く買ってあげるだろう。

1週間に2回や3回くらいは美味しい料理を食べにいき、趣味にも惜しみなくカネを使い、ファッションにも気をかけるようになり、恋人とデートの回数を増やし、結婚したい人は結婚し、子供が欲しい人は子供を持つだろう。

そうなれば、内需もフル回転する。企業は売上と利益が毎年のように増大し、株価はどんどん上がり、従業員を雇って給料を毎年上げていく。そうすると、ますます内需が増えて景気が良くなる。

景気が良くなると、治安も良くなる。人々に余裕ができるので、社会全体が優しくなる。経済がうまく回れば、政治が多少マズくても許せるし、現状維持を望むので政権も安定する。政権が安定すると、国際的信用力も高まる。

そうなったところで、世の中は歓喜と楽観と強気で満たされて、人々は「生まれてきて良かった」「日本に生まれて良かった」としみじみと人生を振り返るはずだ。このような時代を「高度成長期」と呼ぶ。

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人々の心は笑ってしまうほど「豊か」だった

1955年から1970年までの日本は「高度成長期」だった。今の60代以上の人は、この「高度成長期」の時代を知っている。この期間、日本はGDPで見ると今よりはるかに貧しかった。

だが、「これからどんどん世の中が良くなっていく」「所得倍増だ」「欲しいものは何でも買っていい」という高度成長期特有の超ポジティブな楽観論が社会全体を覆い尽くしていたので、人々の心は笑ってしまうほど「豊か」だった。

この時代の日本人が死に物狂いで働いたのは、働けば面白いほど豊かになれたからだ。残業は耐えるものではなかった。「もっと稼ぎたいからもっとさせろ」というものだったのだ。

1950年代後半に生きていた人たちは、当時のハイテクであった「テレビ、洗濯機、冷蔵庫」を誰よりも早く手に入れたいと夢中になった。さらに1960年代の人は、「カラーテレビ、エアコン、車」も欲しいと願った。

働けば給料が上がった。一生懸命に働けばかならず豊かになれた。だから人々は燃えるような物欲にうなされ、それを手に入れて「幸せいっぱい」の日々を送った。

やがて1970年代に入って、二度に渡るオイルショックで日本の成長は鈍化し、かつてほどの熱狂も消えた。人々は、将来に対して少し冷静に見るようになり、「この幸せな経済成長はもう望めないかもしれない」と思うようになった。

しかし、1980年代の後半になって成熟した日本にバブル経済が到来し、ふたたび日本人は「あの夢が巡ってきたのか?」と狂喜乱舞した。

このときの好況は円高による資産バブルだったので、土地と株式を持っている人間が最初にすさまじい資産膨張に踊り狂った。そして、そのおこぼれが普通の人々にトリクルダウンされた。そんな構図だった。

ちなみに、私は典型的なバブル世代で、社会に出た瞬間に株で儲けられたので、まともに働く気も失せて、以後はずっとぶらぶらする生活になってしまっている。

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体験したことがないので実感できないのは当然

だが、甘い夢は長く続かない。急激に膨れ上がったバブルは1990年に弾き飛び、日本はそれ以後、停滞と沈鬱の時代に転がり落ちていく。膨れ上がった資産はしぼみ、株式市場は崩壊した。

そんなときに日本政府は何をしていたのか? バブルを「破壊する」ために総量規制を導入して日本の景気を壊滅的なまでに崩壊させ、1997年には橋本龍太郎内閣が消費税を5%に引き上げて日本経済を完全に殺した。

政治も混乱し、企業の成長も消えた。人々は将来に不安を持つようになり消費を控え、内需も消えてなくなった。人々は金策に走り回り、あこぎな消費者金融が跋扈し、自殺者も毎年3万人を超えるような時代となった。

2000年代を過ぎると、貧困、格差、社会矛盾が吹き荒れ、さらに2010年代になると、人々の心理は不安から絶望に落ちてますます萎縮していった。もう社会の底辺で暮らす人たちは、住居すらも持てなくなっていった。そして、ネットカフェのようなところで寝泊まりしている。

そんな今の30代以下の日本人に「高度成長期」の話をしても、どこの夢の国の話なのかと思われるだけだ。彼らは一度も「夢のような経済成長」を経験したことがないし、社会が希望に満ちあふれた時代も知らない。

「どんどんカネを使っても心配ない。欲しいと思うものは何でも買えるし、給料も毎年上がってとまらない」という時代が存在してこたことも知らないし、高度成長期に入ればそうなるということすらも理解できない。

体験したことがないので、その高度成長期の幸せが実感できないのも当然だ。

今の社会は、給料が毎年上がるどころか、明日にでも残業代がなくなるかもしれない、給料が下げられるかもしれない、リストラされるかもしれない、会社が飛ぶかもしれないと心配しないといけない時代になっている。

そして、底辺に転がり落ちても「自己責任だから自分で何とかしろ」と突き放される。何とか歯を食いしばって、税金や、年金や、社会保険料を支払って定年を迎えた高齢層も、年金で悠々と暮らせるわけではない。

というよりも、いつ年金が減額されるのか、いつインフレで生活できなくなるのか不安の中で暮らしている。

日本には社会の裏側を流れ流れて生きる女たちがいる。路上で男を待つ女、日本全国を流れて性産業で生きる女、沖縄に出稼ぎに行く女、外国から来た女、場末の風俗の女……。 電子書籍『野良犬の女たち: ジャパン・ディープナイト』はこちらから。

ありとあらゆる施策を試す必要に迫られている

若者の非正規雇用は増えているし、正社員になったとしてもいつリストラされるのかわからないのだから足元は不安定だ。そんな時代のサバイバルというのは、「貯める、消費しない、結婚しない」になるのは当然だ。

「若者の車離れ」だとか「若者の恋愛離れ」だとか「若者のアルコール離れ」だとか「若者の海外旅行離れ」だとか、いろいろ言われているが、別に若者が急に無気力になったわけではない。

将来に何の希望もないから、車も買わず、恋愛もせず、酒も飲まずタバコも吸わず、旅行も行かないで「生活防衛」をしているに過ぎない。カネがなければ「よけいなことをしない、何も関心を持たない、消費しない」というのが最上のサバイバルだ。

彼らは当然のことをしていると言っても過言ではない。

「現代人は、欲しいものがないくらい満たされている」というのは、人間の心理を知らない浅はかなエコノミストが言っているだけだ。

1960年代の高度成長期のまっただ中のように、所得がどんどん上がっていくような社会になったら、あっと言う間に今の若者も大消費者に転換する。つまり、若年層の問題は日本人の劣化や退化の問題ではなく、純粋に経済問題なのだ。

高度成長期にあって現在にないもの。それは「将来に対する夢や希望」である。

「将来は明るい、将来はきっと金持ちになれる、将来はもっと良い時代がやってくる」という展望があれば、人々は強気、かつ楽観的になり、内需も2倍3倍にもなって企業を潤し、やがては賃金を通して人々の生活を潤すことになる。

経済成長とひとことで言っても簡単なことではない。事実、日本の政治家はあまりにも無能過ぎたので日本を30年以上も経済成長させることができなかった。

本当であれば、日本はもう議論している段階ではなく、ありとあらゆる経済成長を試す必要に迫られている国なのだ。にもかかわらず、政治家は税金を取ることしか考えていないし、官僚は天下って自分だけ金持ちになることしか考えていない。

今、若者は「若者の車離れ」「若者の恋愛離れ」「若者の海外旅行離れ」だと言われているが、政治家・高級官僚の無能な施策が続くのあれば、最後にくるのは「日本の若者の日本離れ」になっていくと気づいている政治家はたぶんひとりもいない。

有能な日本人の若者ほど、日本を見捨てて出ていくということだ。

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コメント

  1. 鈴蘭 より:

    おお…今回の記事には納得させられます。

    私は1990年代生まれですが、生まれてこの方閉塞感溢れる日本の姿しか知りません。
    この方職を転々としていますが、どの職場の人間も贅沢はせず、自分の保身ばかりに走っているような生活を送っている方が殆どでしたし。

    私自身も安月給なので、質素倹約を心がけています。
    (あ、お酒は毎日飲んでいますがw)

  2. 匿名 より:

    > 有能な日本の若者ほど、日本を捨てて出ていく
    そう。有能な若者であれば、日本を出ていくことでしょう。

    実際、行き付けの理髪店の理髪師が言っていた。
    ・理髪業に行政の免許が必要なのは、日本くらいしかない。だから、外国では、「日本の理髪師は技術レベルが高い」と考えられている。
    ・しかも、外国(特に、先進国)で働く方が、日本で働くより、給料が高い上に、優秀なライバルが少ない。
    ・また、欧米諸国ではファッションショーだけでなく、スポーツイベントやコンサートやSNSでの映えを狙うモデルやアーティストやアスリートも多い。
    ・だから、最近の日本の若い理髪師は、海外での仕事を選ぶ。
    散髪の最中、こういったことを言っていました。

    では、有能ではない日本の若者は、日本から離れられない以上、どうするか? 

    自分の命や、自分の人生から離れるようになるのではないかと。

    ◆たった「1つのもの」をあきらめれば、面白おかしく好きに楽しく生きられる
    生まれつき、努力しても、頑張っても、継続心と向上心を持っても、必死になっても、自分の人生を向上させることができない人もいる。誰も指摘しないが、どんなに努力しても遺伝的に運動能力に優れた人に敵わなかったり、どんなに勉強しても遺伝的に知的能力が...

    > その瞬間から面白おかしく好きに楽しく行きたいが現実のものとなる。
    それこそ、人の心は笑ってしまうほど豊かになれるでしょう。

    これから、今まで以上に多くの「無敵の人」が出現するのではないかと。

    • 南豪海 より:

      同感です。

      オーストラリア在住退職者ですが、私と妻が通っている美容院は10年前に日本から来た美容師夫婦の
      経営。評判が良く日本人だけでなく、中国人などアジア系、白人の客で繁盛してます。旦那は六本木の店で働いていたとか。確かに上手。

      因みに男性カットは7000円ぐらい、女性は1万円ぐらい。シャンプーとカットだけ。年金生活者には
      少々高いけど、若い彼らに頑張ってほしいです。

      日本に帰ったとき、散髪屋にいくと、カット、髭剃り、染め 全てで3000円ぐらいで驚きました。妻も
      カットと染めで、1万少しだったと言ってました。

      ご主人は、日本の親の年金が足りないのでオーストラリアから、援助金を送っているとか。

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