
弱肉強食の資本主義は、富裕層と貧困層の経済的な格差をどんどん広げている。そんな中で心理学の分野では、富や権力が個人の認知や行動に影響を与えていることを証明してきた。経済的な格差は、単に資産の有無に留まらず、精神的な乖離をも生み出すことを示していたのだ。(鈴木傾城)
プロフィール:鈴木傾城(すずき けいせい)
作家、アルファブロガー。著書は『ボトム・オブ・ジャパン』など多数。政治・経済分野を取りあげたブログ「ダークネス」、アジアの闇をテーマにしたブログ「ブラックアジア」を運営、2019、2020、2022年、マネーボイス賞1位。 連絡先 : bllackz@gmail.com
金持ちになれば他人の感情に無関心になる?
金持ちと聞けば、傲慢不遜で、人の言うことを聞かないで、自分の主張ばかり激しいというイメージがあったりする。
これについては個人差があまりにもありすぎるので、あくまでも「一般論」なのだが、科学的研究が明らかにしている統計的事実から見ると、金持ちが貧困層に比べて「他者への共感能力が明らかに低い」というのは、残念ながら事実のようだ。
富裕層や社会経済的地位が高い人々は、相手の感情を正確に読み取る力が劣り、他者の苦しみやよろこびに共感する傾向が薄いというデータが複数存在する。
この傾向は単なる偶然ではなく、繰り返し実験で確認されている。
ニューヨーク大学の研究では、経済的に恵まれた層は路上のホームレスや周囲の人々に注意を向ける時間が短いことが観察された。被験者が自ら「自分は高い地位にある」と認識している場合、この無関心さはさらに顕著になる。
また、カリフォルニア大学バークレー校の心理学者ダッチャー・ケルナーらの研究では、社会階層の上位に位置する人々が、他者の表情から感情を読み取るテストで一貫して低いスコアを示した。
要するに、金持ちは貧困層に比べて他者の視点に立つことが少なく、その結果、共感の欠如が行動や意思決定に反映されるというわけだ。
現代の弱肉強食の資本主義は富裕層と貧困層の経済的な格差をどんどん広げている。そんな中で心理学や神経科学の分野では、富や権力が個人の認知や行動に影響を与えていることを証明してきた。
この経済的な格差は、単に「カネがあるかないか」の差に留まらず、精神的な乖離をも生み出すことを示していたのだ。
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貧困層から目をそらして「なかったこと」に
ニューヨーク大学の実験では、被験者に街中の映像を見せ、彼らの視線追跡データを記録した。経済的地位が高いと自認する被験者は、ホームレスや困窮している人々が映る場面で視線を逸らし、注意を払う時間が短かった。
一方、低収入層の被験者は同じ場面でより長く視線を留め、表情や状況に反応を示した。この差は統計的に有意であり、社会経済的地位が無意識の行動に影響を与えている証拠とされた。
研究者らは、これを「共感の視覚的回避」と呼んだ。金持ちが貧困層を見ると、いろんな意味で感情的な負担を感じるので、目をそらして「なかったこと」にする。そうやって貧困層が存在することに対する社会的矛盾などから避ける。
カリフォルニア大学バークレー校の研究では、共感能力を直接測定する実験がおこなわれた。被験者に他者の表情写真を見せ、よろこび、悲しみ、怒りなどの感情を識別させるテストを実施した。
年収が10万ドルを超える高所得者は、正答率が平均で45%にとどまったのに対し、年収3万ドル以下の低所得者は60%以上の正答率を記録した。この差は、ランダムな誤差では説明できないものだった。
別の実験では、被験者が対面で会話する状況を観察し、相手の感情に対する反応を測定した。高所得者は相手の微妙な表情変化に気づかず、会話中の共感的な応答が少ないことがわかった。これに対し、低所得者は相手の感情に敏感で、適切な反応を示す頻度が高かった。
認知神経科学の視点からも興味深いデータがある。権力を持つ人々の脳をfMRIで調べた研究では、他者の行動や感情に共鳴するミラーニューロンの活動が低下していることが確認された。
ミラーニューロンは、他者の動きや感情を自分のものとして感じる脳の仕組みであり、共感の基盤とされる。
この活動低下は、社会的地位が高いほど顕著で、特に権力や富を長期間保持している人に強く見られた。これらの実験と観察結果を総合すると、金持ちの共感能力低下が単なる印象ではなく、科学的根拠に基づく事実であることがわかったのだ。
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なぜ、金持ちは他者の感情に無関心になるのか?
もちろん、これは富裕層全員がそうだという実験結果ではない。ただ、全体的な傾向として「そうした面がある」というだけで共感能力が高い高所得層も大勢いる。
この点をきちんと踏まえて統計的事実として考えたいが、「金持ちが他者に無関心になる傾向」はどうして生まれるのだろうか?
おそらく、強者は弱者に比べて他者を観察する必要性が低いことがあるのだと思う。
金持ちは経済的資源や社会的権力をすでに持っている。そのため、他者の協力や理解を必要としない。自分のやりたいようにできる。その結果、他者の内面に注意を払う動機もなくなっていく。
他人の顔色や感情をうかがう必要がないのだ。それが共感能力の低下を招いているとしても不思議ではない。
研究によれば、社会的孤立度が高いほど共感能力が低下することも報告されているが、金持ちは孤立を金銭で補える。あまり言いたくないことだが、友人は「カネで買える」し、資産があればそれだけで人が寄ってくるので努力する必要もない。この資本による自己完結性が、他者への関心を薄れさせる。
一方、貧困層は生存のために周囲の状況を常に把握し、他者の意図や感情を読み取るスキルが求められる。たとえば、低収入の労働者は上司や顧客の機嫌を伺い、それに適応することで生活を維持しなければならない。
つまり、貧困層は他者をよく観察することで危険や機会を見極める必要がある。心理学的実験でも、低所得者は高所得者に比べて他者の表情やしぐさを正確に解釈する能力が高いことがわかっている。これは、生存戦略としての適応だった。
金持ちはこうした適応圧力から解放されており、他者のサインを見逃しても生活に支障がない。この環境の違いが、長期的には共感能力の差となっていく。金持ちの無関心は、富がもたらす安心感と無縁ではなかった。
社会的結束力は崩壊し、分断は不可逆的なものになる
世界銀行の報告では、2023年の時点で上位1%の富裕層が世界の富の48%を占有していた。さらに、2024年には世界の億万長者の資産が2兆ドル増加し、前年の3倍のペースで成長した。
一方で、もっとも貧しい50%の人々が所有する富は全体の2%に過ぎなくなってきている。こうやって富が偏在するほど、金持ちは貧困層との接点を失い、ますます貧困層に対して無関心になり、共感能力も失っていくだろう。
日本でも、貧しい人たちが家を借りられないとか、良い医療を受けられないとか、ホームレスになったとか、子供たちがきちんと食事が取れないとか、女の子がストリート売春をするようになったとか、そんなことを聞いても金持ちには他人事になる。
「私のまわりにはそんな人はいない」とか「努力が足りない」とか「自己責任」とか「自分には関係ない」とか言って共感の視覚的回避をおこない、貧困層には見向きもしなくなる。そして、無関心が常態化する。
経済的格差が拡大する現代において、この共感の乖離はさらに深刻化していき、金持ちは金持ちだけの世界を作っていくことになる。あちこち豪勢な旅行し、高級ホテルに泊まり、ブランドを自慢し、高級料理を食べ、それを見せびらかし、鼻持ちならない人間になっていく。
それでも、カネに惹かれて他人が媚びへつらってやってくるので、他者の苦しみに対する理解がさらに薄れる。
一部の金持ちがそうやって社会の現実から遊離する一方で、低所得層はますます孤立し、不信感を募らせる。こういう状況が目立つようになると、社会的結束力は崩壊し、分断は不可逆的なものになる。
今、向かっているのは、そういう社会ではないだろうか。この格差の拡大は、社会的・政治的な不安定要因となり得る。そうすると、社会はさらに荒廃したものになっていくはずだ。

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