
10年。20年。30年……。時が流れていくと、かつて東南アジアで多くの女たちと知り合ったときのことが遠く感じることもある。
だけれども、あのときに出会った女性たちの必死で生きていた姿は忘れるわけにはいかないと思う。彼女たちが私の人生の華だった。私は今でも過去の記憶をたどり、あの頃に出会った女性たちを愛おしさと共に思い出す。
20代は旅先で、ほとんど写真を撮らなかった。「旅は何も持っていかないのが本物の旅人だ」と何かの本に書かれていて、身軽に動きたい私は重くかさばるカメラを目の敵にして持たなかった。
それに、旅に出て旅の写真を撮りまくっている人を見て軽蔑もしていた。「旅に出たら自分の目にそれを焼きつけるのが本物の旅だ」みたいなことを思っていたからだ。それも何かの本で作者がそう書いていたので、私はそれに共鳴した。
本当に馬鹿だったと今でも悔やむ。記憶は薄らいでいくこと、出会った女性の想い出は風化していくことを、私は考慮していなかった。
30代になると、さすがに少しは写真に残したほうがいいのではないかと心が揺らいで写真を撮るようになったが、それでも本当に控えめなもので、出会った女性を撮ることもほとんどなかった。
私の出会う女性は、薄暗がりの世界に生きている。そんな女性を撮るのは失礼ではないかという気持ちが私にはあった。
もちろん、撮られたくない女性も多かったが、本当は自分のことを記録してほしいと考えていた女性もいるわけで、どちらなのか尋ね、彼女が撮ってほしいと言うなら撮ればよかったのだ。だが、私は撮らなかった。
本当に、本当に、本当に、本当に、痛恨の極みだ。
かろうじて残っている女性たちの写真もある。読者からもらった知っている女性の写真もある。彼女自身がくれた写真もある。そういう断片を大事にしようと思っている。ときどき、そうした写真を振り返ると、過ぎ去ったあの頃のことが怒涛のようにフラッシュバックして、何も手につかなくなる。



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