国は衰退し、企業は弱体化し、将来もっと貧しくなっていく日本人の姿が見える

1993年くらいまではまだバブルの余波もあり、いずれまた日本は経済大国として「陽はまた昇る」と考える人々も少なくなかった。当時は日本経済は華々しく復活すると断言する経済評論家もたくさんいた。しかし、違っていた。彼らは時代が変わったことが見えていなかった。(鈴木傾城)

鈴木傾城

プロフィール:鈴木傾城(すずき けいせい)
作家、アルファブロガー。著書は『ボトム・オブ・ジャパン』など多数。経済分野を取りあげたブログ「フルインベスト」、アジアの闇をテーマにしたブログ「ブラックアジア」を運営、2019、2020、2022年、マネーボイス賞1位。連絡先 : bllackz@gmail.com

国力は落ちていく一方になっていた

1990年代の前半は、バブルが崩壊したとは言えどもまだ「元に戻るかも」という一縷の望みを人々は持っていた。

だが、1990年代後半になると社会は完全にバブル崩壊を認識した。それから数年経つと、過大な借金に押しつぶされて自殺していく人たちが増えた。自殺者は年間3万人を超えていき、その異様さは世界でも際立っていた。

自殺者の多くは無理な借金を抱えて首が絞まったことで追い込まれていた。不動産価格が下がっていくと、過大な借金をしていた人たちは銀行から担保をさらに求められていたのだ。株の暴落も止まらなかった。

それでも、1993年くらいまではまだバブルの余波もあり、いずれまた日本は経済大国として「陽はまた昇る」と考える人々も少なくなかった。当時は日本経済は華々しく復活すると断言する経済評論家もたくさんいた。

しかし、違っていた。

彼らは時代が変わったことが見えていなかった。日本は2000年に入っても陽が昇らなかった。むしろ国力は落ちていく一方になっていた。

2000年に入ってからは、若年層の貧困が問題になった。この若年層の貧困は、製造企業が若年層を非正規で雇うようになってから生まれた現象だ。非正規は使い捨ての労働形態である。

これによって企業は売上や需給に応じて労働者を好きなときに切り捨てることができるようになったのだ。だが、興味深いことに、この「非正規雇用」という雇用形態は、働く側も警戒されるどころか、むしろ嬉々として受け入れられた。

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2005年前後から急激に問題になったこと

私はこのときのことをよく覚えている。非正規雇用には「ハケン」「フリーター」という、いかにも時代の最先端のようなカタカナがあてがわれ、当初マスコミは「新しい働き方」と囃し立てていたからだ。

なぜこれが「新しい働き方」と言われたのかというと、「好きな時間、好きな期間だけ働けて、あとは趣味や自分探しの時間に使える」と喧伝されたからである。たしかに働く側から見るとそうかもしれない。

だが、物事には別の側面もある。

雇用は常に「雇う側」に主導権があるので、労働条件は企業側から見なければならない。企業側から見た「ハケン」「フリーター」というのは、企業が「好きな時間、好きな期間だけ雇って、あとは使い捨てにできる」という意味だったのだ。

果たして2005年前後から急激に問題になっていったのは、若年層の貧困と格差だった。若年層は正社員で働こうと思っても働けなくなっていた。

若年層は、企業が求める期間だけ雇用され、あとは使い捨てにされるようになったのだ。「景気の調整弁」と企業は表現したが、これはわかりやすく言えば「使い捨て」ということなのだ。

「使い捨て」では安定した収入が得られるわけもなく、将来設計も立てられるはずがない。

最初は若年層の中でも、学歴のない若者や高学歴でも働くよりも趣味を優先していた若者が窮地に追い込まれていたので、人々は彼らの苦境を「自己責任」「負け犬」と捉えた。

同時に正社員という身分でいる人たちは自分たちを「勝ち組」であると定義した。勝ち組に入っていた正社員は、自分たちは安泰だと思っていた。企業は一生面倒を見てくれるものだという認識がまだ残っていた。

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リーマンショックという衝撃的経済崩壊

ところが、「正社員は勝ち組」という認識は、次の社会的激震で吹き飛んでしまうことになる。それは、ただの勘違いに過ぎなかった。その勘違いを木っ端微塵に吹き飛ばしたのが2008年9月15日に起きたリーマンショックによる大不況だった。

グローバル経済は崩壊寸前になり、多くの企業がこの大きな波に飲み込まれていった。不況はアメリカ発だったが、日本はアメリカ以上の苦境に追い込まれていく。

リーマンショックはグローバル化した国際社会に襲いかかったすさまじい金融収縮だった。サブプライムローンに過大なリスクを賭けていた欧米の金融機関は次々と窮地に陥り、資金がショートし、実体経済も急激に縮小した。

不動産価格も株価も大暴落し、売上も利益も激減、これによって欧米の企業では激しいリストラが吹き荒れた。この衝撃的な経済の激震は一瞬にして日本をも飲み込み、日本企業も軒並み売上を落としていくことになる。日本の株式市場も欧米と共に暴落して立ち直れなかった。

この混乱の中で、2009年になると日本人はさらに最悪の選択をすることになる。

経済が悪化し、政権がころころ変わり、リーマンショックでも為す術なく経済防衛ができなかった自民党に日本人は愛想を尽かして、日本人はよくわからない無能な野党・民主党を選んでしまったのだった。

自民党は無能だったが、民主党は輪を掛けて無能だった。彼らは意図的だったのか、意図しなかった結果だったのかはわからないが、円高を放置して日本企業の国際的競争力を劇的に喪失させた。

頭のおかしい評論家たちは「円は50円になる、10円になる」と煽り立ててマスコミも円高が素晴らしいかのようにそれを取り上げて日本人を混乱させた。為替レートは円高すぎても円安すぎてもいけない。なぜ、そんな当たり前のことが経済評論家どもはわからないのか、不思議でしょうがない。

そんな混乱の中で、今度は2011年3月11日には東日本大震災が襲いかかり、すでに経済的に疲弊した日本企業はさらに追い込まれていく。

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もっと貧しくなっていく日本人の姿が見える

追い込まれた日本企業は、いよいよリストラをするしか手がなくなった。正社員が「勝ち組」という時代もここに終わった。一流企業の正社員であっても、自分の会社が傾くとかたっぱしからリストラされて路頭に迷う時代がやってきたのだ。

一流企業に入れば安泰という時代は終わった。「まじめに働くことによって明るい未来が拓く」という今までの資本主義の基幹を為していた牧歌的な考え方は、時代が進めば進むほど過去のものになっていった。

現代の資本主義は、全世界を巻き込んで激しく競争を強いる弱肉強食の資本主義である。企業は競争に打ち勝つために、素早く巨大化し、素早く時代に対応し、利益を極大化させることが望まれている。

利益を極大化させるためには、よけいなコストがかかる雇用を必要最小限にするのが手っ取り早い。人間を雇うというのは、企業から見ると大きなコストだからだ。

年500万円の人間を20年雇用したら、その1人だけで1億円のコストがかかる。実際にはこれに福利厚生から事務所代から雑費等含めて、かなりの出費がある。単純に言えば、人は雇わなければ雇わないほどコストは削減される。

そのために企業は、ありとあらゆる方法で雇用を削減する方法を考え出す。

それが非正規雇用の拡充であったり、アウトソーシングであったり、途上国の工場移転であったり、IT化であったり、ネットワーク化であったり、ロボット化であったり、人工知能であったりした。

現在は「雇用を排除する動き」が猛烈な勢いでおこなわれ、加速している時代である。すでに景気の良し悪しなど関係なく、とにかく企業は雇用を減らしたいと思っている。AIもまたその道具のひとつである。

こんな中で、日本の企業は世界的な競争に勝てなくなっており、国としての影響力も低下し、日本人はますます生きるのに厳しくなってきている。この状態で、普通に生きていて豊かになれると思うだろうか。

私はすでに10年以上も前から、もう日本人は貧困化していくとずっと述べてきた。一度たりとも、これを撤回したことはない。では、次の10年はどうなのだろうか。10年後の日本は豊かになっているのだろうか?

まさか。もっと貧しくなっていく日本人の姿が見える。変に希望なんか持つべきではない。現実を直視し、その中でいかに経済的サバイバルをするのか考えたほうがいい。国は衰退していくし、企業は弱体化していくし、仕事は見つからなくなる。生きるのは難しくなるのだから、脱落者も増える。

こんな日本に誰がしたのか……。

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