
世界各地でこれまでにない規模の熱波や異常気象が起きている。現在は、1950年代と比較して熱波の頻度は約3倍、持続時間は約2倍に増えている。もう昔の「暑い」とはレベルが違う。私が気にしているのは、平均気温の上昇が、社会のもっとも脆弱な層にもっともダメージを与えるという事実だ。(鈴木傾城)
プロフィール:鈴木傾城(すずき けいせい)
作家、アルファブロガー。著書は『ボトム・オブ・ジャパン』など多数。政治・経済分野を取りあげたブログ「ダークネス」、アジアの闇をテーマにしたブログ「ブラックアジア」を運営、2019、2020、2022年、マネーボイス賞1位。 連絡先 : bllackz@gmail.com
これまでにない規模の熱波や異常気象
地球の平均気温は昔と比べて約1.1℃上昇している。1.1℃という数字は一見するとわずかな変化に見えるかもしれない。だが、地球全体の気温を平均で1℃以上引き上がるというのは、局地的には数℃から10℃以上の変化をもたらし、気候システムそのものを揺さぶることになる。
たった1.1℃の上昇が、世界各地でこれまでにない規模の熱波や異常気象を生み出しているのは明白である。現在は、1950年代と比較して熱波の頻度は約3倍、持続時間は約2倍に増えている。もう昔の「暑い」とはレベルが違うのだ。
地球の平均で1℃を超える上昇は、生物にとって無視できないレベルとなる。
実際に記録は更新され続けている。2023年、イタリア・シチリア島で48.2℃を観測しヨーロッパ史上最高を記録した。インド北部では2024年に49℃を超え、道路のアスファルトが溶け出した。
米国カリフォルニア州デスバレーでは53℃に達し、人々が次々と熱中症で倒れた。これらはいずれも以前の気候では想定されなかった気温である。
日本でも猛暑が常態化している。2023年の夏、東京都心では35℃以上の猛暑日が22日連続し、全国で熱中症搬送者は9万人を超えた。これは平均気温の上昇が日常生活に直接影響している証拠であり、1.1℃の変化がいかに破壊的であるかを示している。
熱波は単に暑さを増すだけではない。農作物の大量枯死や電力需要の急増による停電、山火事の多発など、社会の基盤を揺るがす。あちこちで山火事件数が発生し、消火活動が追いつかないような状況になっている。
都市部ではヒートアイランド現象が重なり、夜間でも気温が下がらない。高齢者や基礎疾患を持つ人々にとって夜の暑さは命に直結する。
私が気にしているのは、平均気温の上昇が、社会のもっとも脆弱な層にもっともダメージを与えるという事実だ。死んでいくのは、暑い中でも労働をしなければならない貧困層や、エアコンを使えない高齢者や、貧困層の赤ん坊なのだ。
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生き延びるための労働や生活を困難にする
地球の平均気温が上昇する中で、問題をさらに深刻にしているのは湿度の上昇である。高温と湿度が同時に高くなると、人間の身体は汗をかいても熱を逃がせなくなり、体温が下がらない。
こうした条件を測る指標が「湿球温度(Wet-Bulb Temperature)」だ。
この湿球温度が35℃に達すると、健康な成人であっても数時間の活動で生命が維持できなくなる。これは人類にとっての生理的限界であり、すでに南アジアや中東の一部地域では観測されている。
パキスタンやインドの一部地域で湿球温度35℃に近い値がすでに複数回記録されていることが報告されている。バングラデシュ、ベトナム、インドネシアなど湿度の高い国々でも、近年この限界に迫る状況が増えている。
これらの国々では人口が多く、エアコンなどの冷房設備を利用できない人々が多数存在する。そのため、命に直結する危険性は先進国よりもはるかに高い。
熱中症による死亡者数はこれらの国で悪化している。暑さは単なる不快感ではなく、呼吸器や循環器に直接的な負担を与え、最悪の場合は数時間で死を招く。特に影響を受けやすいのは高齢者や乳幼児、持病を抱える人々である。
高齢者は体温調節機能が低下しているため熱を逃がせない。乳幼児は体重に対して体表面積が大きいため脱水が急速に進む。心臓病や腎臓病を持つ人にとっても高温多湿環境は致命的だ。
さらに労働現場では健康被害が顕著である。農業労働者、建設作業員、衣料品工場の縫製工など、冷房設備のない環境で働く人々は熱ストレスを強く受けている。
バングラデシュなどの女性労働者の多い縫製産業では、工場内の気温が40℃近くに達することもあり、女性たちの疲労、めまい、吐き気などの症状が日常化している。水分補給や休憩が制限される現場では、過酷な現場がますます地獄と化す。
高温多湿は人間の身体を直接破壊するだけでなく、生き延びるための労働や生活を困難にする。
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輸入依存度の高い国々で食料インフレが深刻化
高温多湿の環境は個人の健康にとどまらず、社会と経済全体を揺るがす。もっとも直接的に打撃を受けるのは肉体労働に従事する人たちだ。農業、建設業、製造業といった屋外や高温下での労働は、熱波が常態化すれば危険作業と化す。
農業は特に危機的だ。気温が40℃近くに達する日が増えると労働はさらに過酷になり、にもかかわらず稲や小麦の収量は大きく低下する。2023年のインドでは、熱波によって小麦の収穫量が大幅に減り、輸出規制が導入された。
これにより世界市場の小麦価格が急騰し、輸入依存度の高い国々で食料インフレが深刻化した。気候変動がもたらす熱波は、国内問題にとどまらず国際的な食料危機を引き起こすことになる。
水資源の不足も顕著になっている。国連の報告によれば、2050年までに世界人口の半数が深刻な水ストレス地域に暮らすと予測されている。
高温による蒸発量の増加、河川の枯渇、地下水の過剰利用が重なり、安全な水の確保はますます困難になる。南アジアや中東ではすでに日常的な断水が発生し、水をめぐる社会不安が拡大している。
エネルギー需要の増大も問題である。熱波の際には冷房使用が急増し、電力需要がピークに達する。インフラが脆弱な国や地域では停電が頻発し、結果として冷房が使えない環境で人々が命を落とす。
先進国であっても電力料金の高騰が生活費を圧迫し、冷房を控えざるを得ない世帯が増える。だから貧困層の高齢者が室内で熱射病にかかって死んでいるのだ。電力供給の逼迫は社会不安の火種となる。
熱波はまた、都市機能を直接的に破壊する。道路の舗装が溶け、鉄道のレールが変形し、空港滑走路が使用不能になる事例が相次いでいる。インフラが熱に耐えられなくなれば、物流や交通は止まり、経済活動全体が停滞する。
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「住める場所」と「住めない場所」に分断?
今はまだ「この暑さと湿気をどうしのぐか?」が焦点になっているのだが、将来的には、地球そのものが「人間が暮らせる地域」と「生存が不可能な地域」に分断されていくことが予測されている。
すでに科学的な研究では、南アジア、中東、アフリカの一部地域が、こんご数十年で人類が常時生活するには危険な環境になる。
中東の湾岸諸国では、夏季に50℃を超える気温が日常化しつつある。ドバイやリヤドでは屋外活動が制限され、労働者の死亡事例が報告されている。南アジアでは、湿球温度が35℃近くに達する日が今後数十年で増加する。
これは人間が数時間活動するだけで命を落とす極限のレベルだ。これらの地域は人口密度が高く、数億人規模が「気候難民」として移動を余儀なくされることになる。
居住可能地域の縮小は、単なる地理的問題ではなく国際社会全体に波及する。大量の人口移動は受け入れ先の国家の社会基盤を圧迫し、政治的対立を激化させる。
すでに欧州では中東やアフリカからの移民流入をめぐって社会の分断が進んでいるが、将来の気候難民の規模はその比ではない。国境を越える人口移動は、社会不安や治安悪化を引き起こすだけでなく、国家間の摩擦や紛争の要因になる。
太平洋の島嶼国では海面上昇に加えて熱波と水不足が進み、国土の存続が脅かされている。産業や農業の基盤を失えば経済は崩壊し、国家は外部に依存せざるを得なくなる。生活基盤を失った人々は国外に移住するしかない。
この分断は単に地理的条件の違いだけではなく、経済力によっても拡大する。先進国の富裕層は冷房やインフラを整備して生き延びられるが、途上国や貧困層は暑さに直にさらされる。
地球は「生き延びられる人」と「生き延びられない人」を選別する社会に変わっていくのかもしれない。残酷な時代が来そうだ。







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