
65歳から支給される老齢基礎年金の月額は平均で約5万5000円である。これだけでは都心部の家賃すらまかなえない。数十年にもわたって、ずっと払い続けてこんな状態なのだ。自助努力や貯金が前提とされているが、貯蓄ゼロ世帯は全体の約3割に達している。にもかかわらず、その制度がすでに機能不全に近づいている。(鈴木傾城)
プロフィール:鈴木傾城(すずき けいせい)
作家、アルファブロガー。著書は『ボトム・オブ・ジャパン』など多数。政治・経済分野を取りあげたブログ「ダークネス」、アジアの闇をテーマにしたブログ「ブラックアジア」を運営、2019、2020、2022年、マネーボイス賞1位。 連絡先 : bllackz@gmail.com
「普通に暮らすこと」が難しくなっている
日本では日常生活のなかで「今の社会はいろいろ息苦しい」と感じる人が増えている。物価が上がり、給与は増えず、公共料金や保険料も毎年のように上昇を続けていることが大きな要因としてある。
買い物をするたびに出費がかさみ、通院費や学費の支払いに苦労する家庭も少なくない。こうした小さな負担が積み重なり、国民の生活は確実にすり減っている。問題は、これが一時的な現象ではなく今後も続いていく現象であることだ。
厚生労働省が公表する実質賃金指数は、2023年から2025年にかけて連続してマイナスとなっている。2025年春の段階で前年比マイナス2.1%を記録した。物価は上昇しているにもかかわらず、所得がそれに追いついていない。
公的支援も追いついていない。生活保護の捕捉率は依然として2割台にとどまり、困窮していても制度の網に引っかからない人が多い。特に単身高齢者やひとり親世帯は支援の周辺に追いやられている。中には、「極貧」と言ってもいいような生活に追い込まれている人も珍しくない。
肝心な年金制度も深刻な問題を抱えている。65歳から支給される老齢基礎年金の月額は平均で約5万5000円である。これだけでは都心部の家賃すらまかなえない。数十年にもわたって、ずっと払い続けてこんな状態なのだ。
自助努力や貯金が前提とされているが、貯蓄ゼロ世帯は全体の約3割に達している。現実には制度に依存せざるを得ない人が多数存在する。にもかかわらず、その制度がすでに機能不全に近づいている。
ちなみに、2000年代から非正規雇用者が増大したことにより、今後は厚生年金をもらえない人が大量に出てくる。それはすなわち、「約5万5000円で生きろ」という世界になっていくのだ。
日本の政治家は馬鹿なので、数十年前から「確実に日本を滅ぼす」と言われていた少子高齢化を放置し続けてきた。その結果として、現役世代の負担は壮絶なまでに重くなり、もはや日本国民は現役世帯から高齢者まで「普通に暮らすこと」が徐々に難しくなりつつある。
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日本の経済全体がゆっくりと縮んでいく
生活費が上がり、家計が圧迫されると、人々は真っ先に「消費」を削る。レジャーや外食を控えるのはもちろん、必要最低限の衣料品や電化製品の買い替えすら先延ばしにされるようになる。
2024年から2025年にかけての家計調査でも、消費支出は減少する一方となっていることが報告されている。それもそうだ。賃金よりも物価の上昇のほうが大きいのだ。人々は生活防衛のために消費を減らすしかない。これは、内需に依存する日本経済にとって致命的な警告である。
消費が冷え込めば、当然ながら企業の売上は減少する。特に中小企業や地方のサービス業はその影響を強く受ける。客数の減少に対応するために人員を削減し、アルバイトやパートの雇用が減り、非正規労働者から収入源を奪っていく。
このようにして日本の経済全体がゆっくりと縮んでいく。
さらに、企業の側もコスト増に苦しんでいる。原材料価格の上昇、電気・ガス料金の高騰、物流費の増加が続くなか、価格に転嫁できない中小事業者は利益を確保するために人件費を削らざるを得ない。
その結果、雇用はますます不安定化し、低賃金化が進行する。政府は賃金が上がったと強調しているが、それ以上に物価が上がっているので、「ワーキングプア」がふたたび増えつつあるのが現状だ。
労働者側も、長時間労働やダブルワークに頼らざるを得ない状況が広がっている。総務省の労働力調査では、2025年春の時点で「副業あり」の就業者が約550万人に達しており、これは全労働者の約9%にあたる。
労働時間は伸びているのに、生活が少しも豊かにならない現実が、多くの人々を疲弊させている。
このような状況が続けば、企業は新規投資を控えるようになる。先が見えない中では、研究開発や設備投資はリスクに映り、慎重姿勢が広がる。その結果、労働市場に新たな職が生まれず、若者が就職で苦労し、中高年は再就職の道を断たれる。
個人消費が冷え、企業活動が萎縮し、雇用が細り、賃金が伸びない。こうした悪循環が放置されれば、経済は実質的に成長を止める。GDPは数字の上では横ばいを保つかもしれないが、その中で日本人の生活は確実に悪化しているのだ。
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体調が悪くても医療機関に行かない人が増えた
生活費の高騰と所得の停滞が続くなかで、家計の中で削られやすいのが「教育費」と「医療費」である。これらは即時的な生存に直結しないと見なされやすく、切り詰めの対象になりやすい。
だが、長期的に見れば、この選択は本人にも社会にも大きな代償を残す。
未来への投資が削られるということは、次世代の可能性が閉ざされることを意味する。たとえば教育の現場では、公立高校の授業料は無償化されているものの、教材費、交通費、部活動費、制服代などの「隠れコスト」が存在している。
文部科学省の調査では、1人の高校生にかかる年間平均支出は公立でも約30万円。ひとり親家庭や低所得世帯にとって、これは大きな負担であり、進学そのものをあきらめる判断に直結している。
さらに、大学や専門学校進学については、奨学金を利用しても返済が重荷となる。2025年の時点で、奨学金の返済に延滞歴のある人は約32万人にのぼっている。約32万人というのは、けっこう大きな数字だ。
返済不能で自己破産に至るケースも後を絶たない。教育は本来、格差を乗り越える手段であるべきだが、現在の日本ではむしろ、格差を固定化する装置になってしまっているのがわかる。
医療に関しても同様のことが起きている。自己負担が高くなることを恐れて受診を控える人が増えており、全国保険医団体連合会の調査では「体調が悪くても医療機関に行かないことがある」と答えた人は全体の35%にのぼる。
とくに高齢者や単身世帯では、「病院に行く交通費すら捻出できない」という声も上がっている。
こうした医療の先送りは、病状を悪化させ、結果的に重症化・入院・長期療養といった高コストを招く。これは個人の健康の問題にとどまらず、医療費の膨張という社会全体への負担増加にもつながる。
教育や医療という基本的な権利が、一部の人にとっては「贅沢」と化してしまっている。この状況は、格差や貧困の問題というよりも、国家としての基盤が揺らいでいる証拠と言えるかもしれない。
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社会全体がゆっくりと沈み込んでいる
生活のあらゆる局面で「余裕」が失われつつあるなかで、人々は政治への期待は完全に消えたと言っても過言ではない。2025年7月の参議院選挙では、物価高騰と実質所得の減少が最大の争点とされ、多くの有権者が現政権に対して厳しい審判を下した。
ただ、現政権に「ノー」を突きつけたからと言って、それで生活が良くなると思っている国民はひとりもいない。もはや日本は構造的な凋落体質となっていて、復活するのは不可能になっているのではないかと考えている人が増えている。
日本には、生活保護、住宅手当、教育支援金、医療助成など、個別には多くの制度が用意されているものの、意図的に手続きが煩雑化され、申請要件も厳しくされて、利用のハードルを極端に高くしているのではないかと現場では言われている。
窓口で冷たい対応を受け、「自分は助けてもらえないのだ」と感じて制度から距離を置く人も増えている。制度が機能しなくなると、人々は何とかしようと思わず、静かに離れていくものだ。
怒りの声すら上がらず、無関心と沈黙が社会を覆う。それが、制度疲労のもっとも危険な段階である。人々が期待も抵抗もやめてしまったとき、社会の変化を促す原動力は失われる。
こうした静かな断絶が進行するなかで、社会全体がゆっくりと沈み込んでいる。そこに、たしかに疲労の兆しがある。
物価の高騰によって生活費の負担が増し、家計が圧迫される。家計が圧迫されると日常の支出を切り詰めざるを得なくなり、消費が縮小する。消費が縮小すると企業の売上が落ち込み、経済全体の活力が失われて景気が悪化する。
景気が悪化すれば企業は新規雇用や賃上げに慎重になり、雇用は不安定になる。雇用が不安定になると収入が先細り、教育や医療といった将来への投資が削られ、格差が広がる。
教育や健康に格差が生じると、人々の選択肢や行動範囲は狭まり、社会とのつながりが希薄になり孤立が進む。社会的孤立が深まると、自らの声が届かないという感覚が根付き、政治への信頼は大きく損なわれる。政治への不信が広がると、制度の改善や再設計が進まず、社会全体がゆっくりと構造的に疲弊していく。
今、日本で起きているのは、そういうことではないだろうか?




コメント
「5万5000円」で生きてゆく世界なのに、団塊老人には公営住宅が提供されるのに氷河期世代には民間賃貸しか基本、提供されない。エゲツない格差ですよ。ちなみに公営住宅の家賃は5000円ぐらいです。
氷河期世代が公営住宅に入居するには連続落選に負けない粘り強さと煩雑な申請にも対応できる学力(大卒法学部ぐらい)が必要です。これでは真の弱者がアクセスできないです
> 今、日本で起きているのは、そういうことではないだろうか?
そういうことなのです。端的に言うと、「日本はもう、詰んでいる(なす術が無い状態にある)」ということなのです。
で、この状態で、更にこれ。5500億ドル(約80兆円)….
一方、日本の国家予算はだいたい110兆円。
新たに日本が国家予算の約7割の額のカネをアメリカに投資する。儲け分の9割をアメリカが受け取り、残りの1割を日本が受け取る。財源は、まあ、増税でしょうね。。。
トランプはともかく、日本側の代表者の、鬼の首を取ったかのような得意顔を見ていると、なんだか、日本人の私にとって、やたらムナクソ悪くなってくる気がするのは、単なる気のせいか??
まあ、しょうがないよね。日本は詰んでいるんだし。。もう何も期待しないし、何も考えたくないです。
もう、言葉が出てこないよ…
高校生時代の世界史の授業で習った、不平等条約を思い出しました。
・南京条約(1842年)
・日米修好通商条約(1858年)
・ヴェルサイユ条約(1919年)
上記の「5500億ドル(約80兆円)」を日本の人口(約1億2000万人)で割ると、一人あたりの増税額は約66万円。
正規雇用者にとっても相当の負担ですが、非正規雇用者や困窮している高齢者や年金生活者は、ほぼ全員、文字通り、詰むのでは?
アメリカの会社の株式を購入して巨大グローバル企業連中から
搾取してやればいいのに
日本人経営者たちは国内の底辺層から
搾取することしか考えてないみたいです。