
違法な代理出産ビジネスは広がるだろう。規制があるにもかかわらず、代理出産ビジネスのブローカーが関与し、法律の隙間を縫って契約が結ばれることも多い。これにより女性たちは保護されなくなり、健康被害や契約違反に対して声を上げることも難しくなる。(鈴木傾城)
プロフィール:鈴木傾城(すずき けいせい)
作家、アルファブロガー。著書は『ボトム・オブ・ジャパン』など多数。政治・経済分野を取りあげたブログ「ダークネス」、アジアの闇をテーマにしたブログ「ブラックアジア」を運営、2019、2020、2022年、マネーボイス賞1位。 連絡先 : bllackz@gmail.com
出産したら身体が崩れるので他の女性にやってもらう
代理出産とは、何らかの理由で妊娠・出産できない女性に代わって、第三者の女性がそれをおこなうものを指す。依頼者の夫の精子を代理母の子宮に人工授精する方法もあれば、依頼者夫婦の受精卵を代理母の子宮に移植する方法もある。
この代理出産は、現代の生殖技術の進展とグローバル化がもたらした新たな家族形成の手段だ。しかし、その背後に多くの問題が隠されている。特に、途上国でおこなわれる代理出産は、経済格差を背景にした不平等な取引であることが多い。
この代理出産の需要は世界的に増加しており、市場規模の拡大が予測されている。2023年の市場規模は約179億ドル(約2兆5,000億円)、2032年には1,290億ドル(約18兆円)まで拡大し、2022年比で10倍近くに膨らむ見通しだ。
医療技術が進歩し、著名人による利用も話題になったりして、代理出産は肯定的に捉えられることも多い。しかし、その裏側で増加する代理出産市場が、女性の体を経済的資源として取り扱う構造も浮き彫りになりつつある。
代理母となる女性たちは、それでいくら稼げるのか? 相場はまちまちだが、東南アジアの女性の場合は、だいたい約125万円から200万円あたりである。インドの女性の場合は80万円から100万円である。
先進国の人たちにとっては、それほどでもない大金ではないかもしれない。しかし、途上国の貧しい女性たちにとっては大金だ。
貧困に苦しむ途上国の女性たちにとっては、一見すると大きなカネが得られるチャンスに見えるかもしれない。しかし、その裏側に、契約の不平等性や出産後の精神的・身体的負担、さらには女性の権利の侵害があるのも事実だ。
私がやるせない気持ちになるのは、代理出産を依頼する女性の中には「子供はほしいけれども、出産したら身体が崩れるので、妊娠・出産は他の女性に代理でやってもらう」という動機の女性もいることだ。
インターネットの闇で熱狂的に読み継がれてきたタイ歓楽街での出会いと別れのリアル。『ブラックアジア タイ編』はこちらから
中国人の金持ちの女性が発した言葉
通常の代理出産は、子宮の摘出や重度の子宮筋腫など、自身で妊娠できない女性にとって子供を授かる可能性を提供するものだ。子供を望んでいるのに産むことができない夫婦にとっては代理出産は本当に希望の制度だろう。
今後、先進国は晩婚化が進んでいき、年齢的にも出産が厳しくなる夫婦も多く、それでも子供が欲しい場合は、代理出産を検討する夫婦も増える。そのため、代理出産のビジネスは拡大していく。
かつて、インドは代理出産が合法で、欧米の女性は安いインド女性の子宮を使ってどんどん代理出産をしていた。しかし、こうした状況を見かねて、インド政府は2013年頃から徐々に厳しくするようになっていった。
東南アジアでも、2015年にはタイとベトナムが実質的には禁止し、カンボジアでは翌年2016年に禁止された。しかし、法が厳粛に機能しているわけではなく、カンボジアでは闇市場ができて、中国人カップルなどの需要がある。
「子供はほしいけれども、出産したら身体が崩れるので、妊娠・出産は他の女性に代理でやってもらう」というのは、この中国人の金持ちの女性が発した言葉である。
成功して金持ちになった中国人の男は、しばしばトロフィーワイフをカネで手に入れる。そのトロフィーワイフが、今度はカネで途上国の女性の子宮を買う。そこには、倫理も道徳もない。利己主義的な理由だけだ。
ウクライナもまた、代理出産の主要な目的地となっていた。ウクライナは貧しい国で、代理母になるという女性も多いのだ。2020年には、ウクライナでの代理出産ビジネスの市場規模は約5億ドルに達したと報告された。
インドや東南アジアが相次いで代理出産ビジネスを規制したこともあって、ウクライナは代理出産ビジネスがもっとも盛んな国となったのだ。
しかし、今はロシアとの戦争のこともあり、代理出産ビジネスも急激に縮小している。いつか戦争が終わったら、ウクライナ女性による代理出産ビジネスは急激に復活していく可能性がある。
ちなみに、タイも再解禁を検討中だと報道されている。それによってタイにやってくる観光客が増えるという目論見もあるからだ。観光立国のタイは観光客を増やすためなら何でもする。

インターネットの闇で熱狂的に読み継がれてきたカンボジア売春地帯の闇、『ブラックアジア カンボジア編』はこちらから
命を生み出し、それを手放すという重い選択が伴う
代理出産のビジネスが経済的に利益を生み出している一方で、その倫理的問題はつねに議論の的になっている。代理母となる女性たちは、しばしば自らの意思ではなく経済的事情に追い込まれ、選択の自由が奪われているからだ。
彼女たちは、貧困に苦しみ、経済的に不利な立場であり続けている。そこに、代理出産という選択肢が出されたら拒絶できない女性も多い。
それが浮き彫りになったのがインドの代理母たちだった。彼女たちの多くは貧困層の中でも極貧レベルの生活をしていた女性たちであった。そのため、多少の無理をしても妊娠と出産を引き受けるケースが続出した。
そのため、代理出産を経験した女性たちの中には、健康被害や精神的なダメージを受けた女性も少なからずいた。妊娠と出産は母体には大きな負担となる。
さらに、出産後も、胎児と引き離されることによる深い悲しみや喪失感、深刻な産後うつ、子供との別れによるトラウマ、自分の体を「道具」として使われたという感覚による自尊心の低下、子供を手放したことに対する長期的な罪悪感によって、苦しむ女性が多発したのだ。
それだけでなく、契約内容があいまいだったせいで、十分な支払いを受け取れない女性も出てきた。さらに、妊娠の途中で契約が破棄されたりするトラブルもある。
子供はモノではない。十月十日、自分の子宮で育んだ子供に、代理母も愛情や執着を覚えて当然だ。そのため、子供を手放すことが契約上の義務であるにもかかわらず、心理的な葛藤に直面する女性が多い。
彼女たちにとって、代理出産は単なる「仕事」ではない。命を生み出し、それを手放すという重い選択を伴う行為だ。代理母の子宮は、このビジネスにおいて単なる「商品」として扱われているのだが、代理母をする女性の心境は合理的に割り切れない。
倫理的にどうなのか。それが、代理出産ビジネスにつきまとう問題だ。
1999年のカンボジアの売春地帯では何があったのか。実話を元に組み立てた小説、電子書籍『スワイパー1999』はこちらから
需要は増えていくが、規制は強化される
代理出産の需要はさらに増えていくが、規制は強化される。そのため、この問題は深刻化する可能性が高い。国際的な規制強化が進むと、闇ビジネスになる。途上国での違法な代理出産も増加していく。
実際、途上国での代理出産ビジネスは違法承知の「ブラック・ビジネス」として広がり続けている。
たとえば2024年10月、カンボジア政府は「需要が依然として高いため、違法な国際代理出産の取り締まりを強化する」と発表しているのだが、これは何を意味しているのか。これは、カンボジアでは代理出産が禁止されたあとも、闇で代理出産ビジネスがずっと続いてきたことを意味しているのだ。
カンボジアが規制強化したら、ラオスやベトナムなどの周辺諸国に移動して、代理出産ビジネスが継続する。規制が厳しくなるにつれて、女性たちは危険な環境で活動せざるを得なくなり、そのリスクはますます高まっていく。
国際的な規制があるにもかかわらず、代理出産ビジネスのブローカーが関与し、法律の隙間を縫って契約が結ばれることも多い。これにより、女性たちは法律的にも保護されなくなり、健康被害や契約違反に対して声を上げることも難しくなる。
このように、途上国での代理出産問題はますます複雑化し、深刻化している。
規制強化が逆に市場を地下に潜らせ、女性たちの権利がますます侵害されるという悪循環が続いている。この問題を解決するための根本的な対策が求められるが、いまだに決定的な解決策は見つかっていない。
貧しい女性が、貧しさゆえに危険な環境にさらされる。そうした現実が私たちの目の前にある。
命を育む尊い行為が、経済的な取引の対象となり、女性の尊厳が金銭と引き換えられるのは本当に悲しい光景でもある。貧しさゆえに危険を冒さざるを得ない彼女たちの姿に、私は深い哀しみと虚しさを感じずにはいられない。

コメントを書く