タイの奇妙な施策。国民の健康増進のために、最終的に害悪な紙タバコが残る?

タイの奇妙な施策。国民の健康増進のために、最終的に害悪な紙タバコが残る?

タバコを取りまく社会情勢には少し関心があったりするのだが、いつも奇妙だと感じるのがタイである。タイでは紙タバコは禁止されていないのだが、電子タバコや加熱式タバコが禁止されたので、健康に悪いものがタイに残って、害を克服したものがタイに入らなくなったのだ。(鈴木傾城)


プロフィール:鈴木傾城(すずき けいせい)

作家、アルファブロガー。著書は『ボトム・オブ・ジャパン』など多数。政治・経済分野を取りあげたブログ「ダークネス」、アジアの闇をテーマにしたブログ「ブラックアジア」を運営、2019、2020、2022年、マネーボイス賞1位。 連絡先 : bllackz@gmail.com

紙タバコを吸う女性たちに憧憬

今、世界最強のタバコ企業であるフィリップモリスは「煙のない社会」なる奇妙なスローガンを掲げて、世界中から紙タバコをなくして煙を出さない加熱式タバコを進めていこうとしている。具体的にはアイコス(IQOS)を推進している。

私は長らくタバコ企業の株主だったのだが、「煙のない社会」を前面に出して激しく紙タバコを批判する同社のCEOの姿勢に「紙タバコで巨大になった企業が、過去を全否定してどうするのか」と違和感を感じて、同社の株から撤退した。

私自身は、過去に知り合った紙タバコを吸う女性たちに憧憬を覚えているので、それを否定するタバコ企業の株なんか持ちたくないという気持ちになってしまった。私の好きだった女性はみんなタバコを吸っていた。よりによって、タバコ会社のCEOにそれを否定されるのは残念な気持ちでいっぱいだった。

ただ、イギリスのブリティッシュ・タバコや、日本のJTは以前からずっと保有していて今も持っている。最近は、米アルトリア・グループ(マルボロの製造企業)がマリファナ企業を買って、将来に向けてマリファナ事業に進んでいく姿勢を見せているのに好感を覚えて、この企業の株を改めて保有するようになった。

私は個人的に、過去の女たちが愛していたタバコやマリファナには深い思い入れがあるので、株主としてかかわっていきたいと思っている。自分のポートフォリオの中に、タバコ企業があって、その企業の名前を見るたびに、好きだった女性を思い出す。

私にとっては、至福の体験だ。

そんなわけで、タバコを取りまく社会情勢には少し関心があったりするのだが、いつも奇妙だと感じるのがタイである。タイの歓楽街では、タバコをこれ見よがしに吸う女性も多かったが、タイは東南アジアでもっとも厳しくタバコを規制している国になっている。

インターネットの闇で熱狂的に読み継がれてきたタイ歓楽街での出会いと別れのリアル。『ブラックアジア タイ編』はこちらから

紙タバコは残され、加熱式タバコは禁止

タイは喫煙規制を長く着実に進めている。この喫煙規制は1974年、タイ医師協会がタバコのパッケージに健康被害を警告する文言を掲載するよう政府に要請したことを端緒とする。

この呼びかけがきっかけとなり、1980年代には公共保健省や世界保健機関(WHO)が積極的な教育プログラムを実施し、国立癌研究所も喫煙と癌の関連を明確に示した。

さらに1989年にはタバコ消費に関する国家委員会(NCCTU)が設立され、国内での喫煙規制政策が大々的に推進される流れが加速した。その後1992年には「タバコ製品規制法」と「非喫煙者健康保護法」が制定され、公共の場における喫煙禁止やタバコ広告の抑制策が強化された経緯がある。

2000年初頭あたりからタイで買うタバコのパッケージには、肺がんになった人のグロテスクな写真などが掲載されるようになって、それがあまりにも凄惨だと話題になったので、当時のブラックアジアでも取り上げたことがあった。

こうした一連の規制強化の延長線上にあるのが、2014年12月にタイ商務省が発令した電子タバコ禁止条例である。

電子タバコや加熱式タバコの輸入、販売、所持、使用を全面的に禁じるこの条例は、それ以前から高まっていたタバコ関連疾患への懸念や、青少年の喫煙増加リスクを抑止する狙いを背景に持つ。

ただ、ここで奇妙なことになった。紙タバコは禁止されていないのだが、電子タバコや加熱式タバコが禁止されたので、健康に悪いものがタイに残って、害を克服したものがタイに入らなくなったのだ。

このあたりの矛盾に気づかないのが、いかにもお役所的であるが、そのせいで「煙のない社会」を前面に出しているフィリップモリスは事実上、タイでアイコスを売れなくて途方に暮れている状況になってしまった。

2000年初頭あたりからタイで買うタバコのパッケージには、肺がんになった人のグロテスクな写真などが掲載されるようになって、それがあまりにも凄惨だと話題になったので、当時のブラックアジアでも取り上げたことがあった。

インターネットの闇で熱狂的に読み継がれてきたカンボジア売春地帯の闇、『ブラックアジア カンボジア編』はこちらから

タイでは「タバコを吸うなら紙タバコで」

タイ政府は財源の確保と施策の強化を同時に進めるため、2001年にはタイ健康増進財団(タイヘルス)が設立され、タバコやアルコールを含む生活習慣による健康被害の減少に取り組む体制が築かれた。

とは言え、歓楽街では少なからずの人が紙タバコも、電子タバコも、加熱式タバコも、シーシャも普通に吸っている。これを歓楽街の住民に強制したら、不良外国人は軒並み逮捕されて観光立国としての立場が揺らぐので、そこは黙認しているのかもしれない。

ただ、表向きには、タイの電子タバコ禁止条例で違反者に対して極めて厳しい刑罰が規定されている。輸入者には10年以下の懲役、または輸入商品の5倍相当の罰金が科され、販売においても5年以下の懲役や50万バーツの罰金である。

所持や使用だけでも5年以下の懲役または品物の4倍の罰金が科されている。一応、観光客や外国人居住者であっても例外扱いにはならない。見せしめ的に、空港の入国審査や市街地での検問時に電子タバコが見つけたら高額な罰金や拘留の対象としているようだ。

「そんなこと言っても、歓楽街ではアイコスを売りにくる人間もいる」という人もいるが、需要があるのに禁止されるのであれば、当然のことながら密輸も出てくるのは世の常だ。

タイではこの密輸に対しても時おり捜査がおこなわれて、倉庫や店舗にいっせい査察が入っているのが事件になっている。こうした大規模な取り締まりでは、数万本単位の電子タバコが一度に押収されたりしているのだが、それだけ普通に社会の裏で売られているということでもある。

運悪くアイコスなんかを持っていて摘発されて逮捕されたら、「電子タバコが違法だと知らなかった」と主張しても免責にならない。その場で罰金や拘留処分が科されることになる。

そのため、タイでは「タバコを吸うなら紙タバコで」という話になる。これが、タイ健康増進財団(タイヘルス)が押し進めているのだから苦笑いするしかない。

インドの貧困層の女性たちを扱った『絶対貧困の光景 夢見ることを許されない女たち』の復刻版はこちらから

禁止すればするほど地下経済が活発化

ちなみに、歓楽街で外国人から「違法だ」としてカネをむしり取るのは、悪徳警察官にとっては良い小遣い稼ぎになっているようだ。これで、思い出すのが2023年1月にバンコクで起きた台湾人女優への恐喝事件だ。

女優が所持していた電子タバコを検問中の警察官が発見し、法的手続きを経ずに2万7,000バーツを脅し取ろうとした。この事件では警察官6人が関与し、うち4人が禁錮5年の実刑判決を受けた。

電子タバコ違反をめぐる取り締まり行為の中で、警察側の腐敗が浮き彫りになった事例として広く報道され、大きな波紋を呼んだ。ただ、警察の汚職問題も露呈したものの、タイ当局の「タバコ規制」が本気であることも知れ渡って、電子タバコを持っている不良外国人たちは戦々恐々としている。

「あまりに厳しすぎる」という声もあり、観光客への周知不足が要因となってトラブルに発展する事例も指摘されている。

何度も言うが、このような厳格な電子タバコ禁止条例が存在するにもかかわらず、アンダーグラウンドでの流通や使用は完全には消えていない。違法と知りつつもリスクを承知で使用する者が一定数いる。

闇市場やインターネットを通じて購入する手段もある。そもそも、国際的には紙タバコが減少し、電子タバコ市場が拡大しているのだ。需要がある限り、儲けを当て込んだアンダーグラウンドの人間や個人による取引が続く。

「禁止すればするほど地下経済が活発化する」という典型的な例がここにある。

こうした状況を踏まえて、条例の厳しさが現実と乖離しているという批判も聞かれる。完全な禁止を掲げるほど取り締まりの手間が膨大になるため、全体をコントロールしきれない面が見えてくる。

タイ政府は観光客への周知や密輸の抑止を徹底しようとしているが、国境の監視だけでは不十分であり、国内に入り込んだ製品や利用者をすべて取り締まるには相当な労力が必要になる。結果として大規模摘発とアンダーグラウンドの綱引きが繰り返され、完全な根絶には至っていない。

結局、そうやってタバコも普通にアンダーグラウンドでは生き残っていくのだろうと私は思っている。

ブラックアジア会員募集
社会の裏側の醜悪な世界へ。ブラックアジアの会員制に登録すると、これまでのすべての会員制の記事が読めるようになります。

ブラックアジア会員登録はこちら

CTA-IMAGE ブラックアジアでは有料会員を募集しています。表記事を読んで関心を持たれた方は、よりディープな世界へお越し下さい。膨大な過去記事、新着記事がすべて読めます。売春、暴力、殺人、狂気。決して表に出てこない社会の強烈なアンダーグラウンドがあります。

東南アジアカテゴリの最新記事