
マニラ首都圏は、人口約1400万人が暮らす巨大都市なのだが、その活気ある都市風景の裏側には、数えきれないほどのホームレスや路上生活者が存在している。最近、フィリピンではひとりの女性が排水溝から這い出してくる際の写真が出まわって人々に自国の貧困の深刻さを再確認させた。(鈴木傾城)
排水溝から、ひとりの女性が這い出す
マニラの下水道につながる排水溝から、ひとりの女性が這い出してくる写真が、フィリピン中に広がって大きな同情が注がれている。私たちが見ても、考えさせられる写真でもある。
マニラ首都圏は、人口約1400万人が暮らす巨大都市なのだが、その活気ある都市風景の裏側には、数えきれないほどのホームレスや路上生活者が存在している。
市当局の報告によれば、都市の小さな川や側溝、下水道トンネルには、多くのホームレスが身を潜めて暮らしているのだが、普段は誰もそんな人々のことなど気にもとめない。しかし、彼女が排水溝から這い出す写真は、それを社会が再確認するものでもあった。
フィリピンでは、生まれながらの極度の貧困、家庭内暴力、人身売買、自然災害などでホームレスになった人々は大勢いるのだが、あまりにも貧困層が多すぎて社会福祉が追いついていない。
マニラには、推計で300万人以上のホームレスがいるとされている。彼らは「カリトン」と呼ばれる簡易なカートや小屋を住処とし、あるいは墓地や橋の下、時には下水道や排水トンネルまで生活の場として使っている。
そして、貧困は完全に放置されている。国も行政も共同体も、彼らを助ける余力がまったくない。だから、彼らは路上で暮らさざるを得ない。その一部が下水道や側溝の中に潜り込んでいるのだった。
彼らがそこにいる理由は、「雨風をしのげる」「路上や公園で寝泊まりするよりも、暴力や犯罪から身を守るには地下空間の方が安全」だからだった。
フィリピンのホームレスは今も増加する一方だ。特に農村部から都市部への人口流入は深刻であり、仕事や教育の機会を求めて都市にやってきた人々が、結局住まいを見つけられずにホームレスとなるケースが後を絶たない。
ブラックアジア 売春地帯をさまよい歩いた日々・フィリピン編。フィリピンにある売春地帯を鈴木傾城がさまよい歩く。ブラックアジア・フィリピン編はこちら
この国のストリート・チルドレンたち
フィリピンはカトリックが信奉されていることもあって避妊をしないことも多く、子供がとても多い国でもある。そのために捨てられたり、親に生活の余力がなくて孤児院に入れられたり、家庭の崩壊で帰る場所がなくなったりした子供も多い。
そうした子供たちがストリート・チルドレンとなる。フィリピンのストリート・チルドレンについては、つい最近も取り上げた。(ブラックアジア:ストリートチルドレン20万人がうごめくフィリピンの惨状は解決できるのか?)
ストリート・チルドレンの一部も、追いつめられて下水道や路上で生きるしかない状況に追い込まれている。社会や行政からの支援なんかないので、彼らは日々を物乞いやゴミ漁りで生きるのに必死だ。
そこにきて、激甚化する自然災害で家をなくしてしまった人たちも多い。あるいは、人身売買や労働搾取などの被害にあった女性や子供たちが、逃げ場を求めて都市部の下水道や暗い通路に身を隠す例も少なくない。
下水道生活者は、その多くが都市の「見えない人々」として、社会の片隅に追いやられている現実がある。
このように、マニラの下水道生活者は、単なる極端な貧困層というだけでなく、都市化、家庭崩壊、自然災害、そして社会構造のゆがみが複雑に絡み合って生み出された存在だった。
都市の喧騒の陰で、数百万人単位の人々が、誰にも気づかれずに日々生き延びている。その姿は、フィリピンという国の構造的な貧困、そして社会的な排除の深刻さを象徴している。
今のところ、フィリピンがこの貧困から脱却できる希望はあまりない。フィリピンが貧困から抜け出せないには根深い理由がある。(ブラックアジア:フィリピンがいつまでたっても貧困国から脱却できない3つの理由とは?)

通常は人が住むことを想定されていない場所
マニラの下水道生活者は、極限ともいえる環境で日常を送っているようだ。彼らが生活の場とするのは、市街地の下水道トンネルや道路脇の側溝、コンクリートの排水路など、通常は人が住むことを想定されていない場所だ。
こうした空間は直射日光や雨風から身を守る役割を果たす一方で、換気や採光などの面では著しく劣悪である。多くの生活者は、ダンボールや古布、廃材を使って寝床や仕切りを作り、わずかな持ち物とともに暮らしている。
彼らの日常は不安定そのものであり、食事は路上での物乞いやゴミ集め、リサイクル用の廃品回収、またはわずかな日雇い仕事によって得られる金銭に頼っている。
食事内容はきわめて乏しく、空腹をしのぐことだけが目的になっている。
多くの子供や若者が早朝から夜遅くまで通りを歩き回り、ビニール袋や空き缶、古紙などを集めて回収業者に売る。路上で果物や軽食、雑貨などを売る子供も多く、車の窓拭きや靴磨きといった簡単なサービスで小銭を稼ぐケースも見られる。
衛生状態はもちろん最悪だ。下水道の内部は湿気が多く、蚊や害虫が大量に発生する。トイレや水道といったインフラが存在しないため、汚水やゴミがたまり、感染症や皮膚病の温床となっている。
雨季になると、都市の排水能力を超えた大雨で下水道がいっせいに氾濫し、生活空間が一瞬で水没することも珍しくない。こうした環境では、結核や胃腸炎、皮膚感染症などが蔓延しやすく、子供や高齢者、病人の死亡率が非常に高い。
安全面でも重大なリスクがつきまとう。夜間には暴力団や不良グループの侵入、犯罪被害、性的暴行といった危険がつねに存在する。特に女性や子供は、搾取や虐待の標的になりやすい。
警察による強制退去や摘発も頻繁におこなわれており、住居を何度も転々とせざるを得ない状況に追い込まれることも多い。下水道という隠れ家は、一時的な避難先でしかなく、長期的な安定や安心からはほど遠い。

都市の景観や治安を損ねる存在として排除の対象
彼らも、別にそこに住みたいと思って住んでいるわけではない。「そこにしか居られないからそこにいる」に過ぎない。日々の生存が最優先となるため、健康や将来を考える余裕は1ミリもない。
このようなマニラの下水道生活者の実態は、単なる貧困問題を超え、都市のインフラや社会制度の不備、人権の欠如を鋭く浮き彫りにしている。毎日が命がけの生活であり、その苦しみは社会の大半から見過ごされ続けている。
彼らに対する社会の眼差しは、つねに複雑である。都市の一般市民は、路上や下水道から現れるホームレスを日常的に目にしているが、その多くは無関心か、あるいはあからさまな差別や蔑視の態度をとる。
ホームレスは「怠け者」「危険な存在」として扱われがちであり、子供や女性であっても同じような偏見の目にさらされている。都市の景観や治安を損ねる存在として排除の対象となることも多い。彼らは嫌われている。
一方、行政の対応も表面的なものに終始している。国際会議や祭りなど、大きなイベントを前にして、行政当局は路上生活者の一斉撤去をおこなう。
警察や作業員が動員され、ホームレスは都市の中心部から追い出されるが、その後の支援や居住先の確保まで責任を持つ例はきわめて少ない。住処を失った人々は、結局また別の橋の下や下水道へと移動せざるを得なくなる。
フィリピンの貧困は極めて厳しく、マニラの下水道生活者の存在はその一部にほかならない。彼らは放置され続け、都市の裏側に追いやられてきている。この状況は今後もすぐに変わることはないだろう。
政治家が世襲家し、腐敗し、私利私欲で動き、国が経済的に這い上がれなくなり、行政や福祉が脆弱し、共同体が壊れ、貧困層が激増したら、社会がどうなるのかをフィリピンは示している。

鈴木傾城の極貧を舞台にした著作物





コメント
ショッキングな写真です。
正直、言葉を失いました。。
車に轢かれそうで危ないです。
下水も臭いと思うのに同情を禁じえません。