
かつてフィリピンは同じ東南アジアでも経済的に有望視され、シンガポール以上に豊かになる潜在力があるとまで言われた。もはや、そんなことを信じる人もいないだろう。それほどフィリピンは停滞し続けている。それにしても、なぜフィリピンはいつまでたっても貧困国から脱却できないのか?(鈴木傾城)
プロフィール:鈴木傾城(すずき けいせい)
作家、アルファブロガー。著書は『ボトム・オブ・ジャパン』など多数。政治・経済分野を取りあげたブログ「ダークネス」、アジアの闇をテーマにしたブログ「ブラックアジア」を運営、2019、2020、2022年、マネーボイス賞1位。 連絡先 : bllackz@gmail.com
豊かになる潜在能力がある国だった?
フィリピンは東南アジアに位置し、豊富な天然資源と多彩な文化を持つ国だ。人口は1億を超え、英語が公用語として広く用いられ、世界中で働く出稼ぎ労働者を多く輩出している。
海に囲まれた地理的特性から観光資源も豊富で、国民の勤勉さと海外での活躍例を考えれば、高い経済成長を遂げる下地は十分にある。
ところが、である。実際には、そうなっていない。ひとり当たりGDPがおよそ4,000ドル程度にとどまっており、同じ地域に位置するシンガポールの約91,000ドルやタイの約7,000ドル、インドネシアの約5,000ドルと比べると大きく出遅れている。
かつてフィリピンは同じ東南アジアでも経済的に有望視され、シンガポール以上に豊かになる潜在力があるとまで言われた。もはや、そんなことを信じる人もいないだろう。それほどフィリピンは停滞し続けている。
歴史を振り返ると、1960年代には1米ドルが2ペソで取引されていた時期もあった。実際、ディオスダド・マカパガル政権時代に短期間ながらペソが米ドルとほぼ同価値になったこともある。
だが、その後の指導者たちの政策と政治的混乱の中で通貨価値は急落し、マルコス政権下では1米ドル=3.7ペソほどになり、現在では55〜56ペソ前後が一般的だ。
経済成長には政治の安定と的確な政策が不可欠だが、フィリピンではその連続性が確保されず、通貨価値の凋落に歯止めがかからなかった。通貨の弱体化は輸入コストの増加や債務返済の負担を意味し、経済開発の伸びを阻む大きな要因となっている。
国家の成長には教育も必要不可欠だが、フィリピンでは就学率の低さに加え、学校に通っていても質の高い教育を受けられない子供が多く、国際学力調査で上位に入ることはほとんどない。
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何がフィリピンの貧困をもたらしたか?
いったい、フィリピンは何を間違えたのか? それは、「悪政」「汚職」「政治的世襲」の3つを指摘する人が多い。
日本を含む多くの国が民主主義を標榜する中、フィリピンも選挙によって指導者を選ぶ体制を整えている。だが、1946年に独立してからずっと政治腐敗が常態化し、政治的な実権を握る一族やグループが固定化される構造が形成されてきた。
完全なる「政治的世襲」である。
知事や議員、首長などの公職を同じ一族が世代をまたいで継承する事例が多発し、特定の地域では数十年から100年以上も同じ一族が政治を牛耳っている。
政治家一族の独占構造は、公共事業の配分や公金の扱いにおいて不透明さを生み、汚職を助長する。公共事業を落札する民間企業と政治家が癒着し、税金が不正に流用される事件も頻発している。
国際的な腐敗認識指数(CPI)でも、2023年のフィリピンは180か国中115位という低い評価を受けている。国内の行政・立法・司法の各機関において、汚職を厳格に取り締まる仕組みがフィリピンでは機能していない。
シンガポールのように腐敗捜査局(CPIB)を設立して厳しく処罰する体制があれば、公務員の不正を抑え、政治と経済活動の透明性を高めることができたはずだが、フィリピンではそれが徹底されないまま長期にわたり放置されている。
マルコス政権時代は特にひどかった。長期独裁のもとで不正蓄財が横行し、国庫から莫大な資金が不透明なルートで消えた。イメルダ夫人の散財も象徴的だった。彼女が政権転覆の革命で追われて逃げ出したとき、マラカニアン宮殿には3,000足の高級靴が残されていたのは有名だ。
その後も歴代政権が汚職や縁故主義の体質を根絶できず、財政負担は一般国民に押し付けられる形になってきた。
道路・港湾・教育施設などのインフラ整備に回されるべき予算が議員のポケットに流れ込み、そのしわ寄せは貧困層に重くのしかかる。こうした構造的な悪政が続く限り、行政サービスは貧弱になり、公立学校や公共病院の設備は老朽化し、地域の生活水準が向上しない状況が固定化されてしまう。
それが今の状況なのだ。
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政治的世襲が蔓延する風土
さらにフィリピンでは、選挙の際には候補者が貧困地域に現金や物資をばらまいて票を買収する「買票」が横行しており、有権者の意識形成にも悪影響を与えている。
貧困が深刻な地域ほど、投票をお金で左右しやすいという悪循環が起こり、結果的に政治の質が低下してしまう。国民の生活を改善する政策の実行ではなく、票集めと自己保身が優先され、「悪政」の連鎖が断ち切れないまま幹部や要職を身内で独占する政治家一族が権力を守り続けている。
これらの背景には、長年の植民地支配の影響や独立後の混乱が挙げられるが、本質的には統治者層が国民の利益よりも私利私欲を優先してきた事実が大きい。
選挙に勝つために必要なものは実績よりも資金力と知名度といった要素が重視されがちで、有権者の多くが教育や情報へのアクセスを制限され、政治を深く学ぶ機会を奪われてきたことが悪政と汚職の温床を作り上げている。
こうした構造が定着する中で「政治的世襲」が維持され、改革を叫ぶ候補者がいても地盤を持つ政治家一族に勝てないという状況が続いている。
フィリピンは立憲民主制を採用しており、公務員や政治家は選挙や任用試験などを通して選出される。だが、そのプロセスには人材の適材適所を確保する仕組みが弱い。つまり能力主義が欠如している。
リー・クアンユー統治下のシンガポールでは、公務員になるための選抜基準が厳格化され、高額な報酬と徹底した汚職排除策により優秀な人材を政治・行政の中枢に集めることに成功した。これがシンガポールの劇的な経済成長を支える原動力のひとつになった。
一方で、フィリピンでは政治家の資質が選挙制度や支持母体の構造に大きく左右される。学歴や実務能力よりも人気や知名度、あるいは強固な地盤が当選を左右する大きな要因として機能している。
本来なら行政を担うべき専門家や実務家が要職に就くことが難しくなっている。行政組織内部においても出世にコネや縁故が影響するケースが多く、成果主義に基づく人事評価が徹底されていない。
こうした風土は組織全体の士気と効率を下げ、優秀な人材の流出を招く。
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「悪政」「汚職」「政治的世襲」
フィリピンがいまだに貧困から抜け出せない理由は複合的だが、その根幹には「悪政」「汚職」「政治的世襲」があるのは明白だ。
日本やシンガポールと比較して、制度や法律の整備そのものが極端に遅れているわけではない。しかし、実際の運用で利権や癒着が優先され、国全体の利益よりも一部の権力者の利益追求を後押しする構造が問題なのだ。
政治における腐敗と世襲は国民の信頼を損ね、その結果として公共投資の方向性もゆがみ、教育やインフラなどの基盤整備が不十分なまま長い年月が過ぎてきた。
教育の不足が政治レベルの意思決定にも影響している。国際学力調査で低位に甘んじ、特に数学や科学の分野で基礎的な水準に達していない子供が多い。こうした現状では、高度な産業を育成することが難しい。
出稼ぎ労働者の送金はGDPの大きな比率を占めるが、それは国内の雇用不足を逆説的に示すものであり、国の基盤としての産業育成の遅れを浮き彫りにしている。
つまるところ、フィリピンは馬鹿な政治家が悪政を続け、汚職を蔓延させ、世襲を続けて政治家の質が劣化したことによって貧困が起こっているというわけだ。
政治家一族による権力の独占と汚職は、真に国民のためになる政策を後回しにしてきた。公共事業の予算は一族や支持者の利権に使われやすく、教育の充実や社会福祉の拡大が見送られ、結果として貧富の差が埋まらない。
選挙のたびにばらまき政策や派手なプロパガンダがおこなわれるのだが、貧困の解消は上辺だけであり、結局のところ、政治は権力者が私利私欲を追求するための道具でしかない。
こんな調子では、高い志や能力を持つ人材が政治に参入する機会はさらに減り、悪政と世襲の循環が延々と続いていく。
フィリピンでは、長年にわたる政治家一族の独占と腐敗が、あらゆる改善への芽を摘み取ってきた。こうした現状が続いている限り、フィリピンの貧困は完全に解決されることはない。

>馬鹿な政治家が悪政を続け、汚職を蔓延させ、世襲を続けて政治家の質が劣化したことによって貧困が起こっている…
あれれ。フィリピンの話だと思って聞いてたけどウチと同じだぞ。ということはこの国の未来は…
> ということはこの国の未来は…
K&B様、心配御無用。
日本には最初から未来なんてございませんので。
ああ、この記事、フィリピンに関する記事でしたか。
途中殻読み進めていたためか、てっきり日本に関する記事なのかと考えていました。
日本に似ているのはアルゼンチンなのでは?
20世紀前半のアルゼンチンは世界第5位の富裕国家でしたが、今は目も当てられないほど国が没落しているので。