なぜ、こんなにこじれるのか。パプアの独立運動がこれからも延々と続く理由とは

なぜ、こんなにこじれるのか。パプアの独立運動がこれからも延々と続く理由とは

世界の誰もが知らないし、関心も持たない紛争が「パプア独立紛争」だ。去年あたりから、「TPNPB(パプア民族解放軍)」が動きを活発化させてきている。パプアはパプア人の土地だが、インドネシア政府は騙し討ちのような住民投票でこの土地を奪い取った。なぜインドネシアはパプアが欲しかったのか?(鈴木傾城)


プロフィール:鈴木傾城(すずき けいせい)

作家、アルファブロガー。著書は『ボトム・オブ・ジャパン』など多数。政治・経済分野を取りあげたブログ「ダークネス」、アジアの闇をテーマにしたブログ「ブラックアジア」を運営、2019、2020、2022年、マネーボイス賞1位。 連絡先 : bllackz@gmail.com

パプアの長い対立と軋轢と衝突のきっかけ

世界の誰もが知らないし、関心も持たない紛争が「パプア独立紛争」だ。去年あたりから、「TPNPB(パプア民族解放軍)」が動きを活発化させてきている。

そもそも、パプアとはどういう国なのか。

パプアはオランダの植民地だったのだが、インドネシア領に編入されたのは、第二次世界大戦後の後だった。当時、オランダが植民地支配を放棄したあと、インドネシア共和国は旧オランダ領西パプアにも主権を主張した。

1962年のニューギニア協定により、西パプアは暫定的に国連管理下に置かれたが、1969年の「アクト・オブ・チョイス(自由投票)」と呼ばれる住民投票がおこなわれた。しかし、これがインドネシア側の騙し討ちだった。

この住民投票は、選挙人約800人によるわずか数日の投票で実施された。パプアの住民の大多数は投票に参加しなかった。にもかかわらず、この結果をもとにインドネシアへの編入が承認された。

ここからインドネシアとパプアの長い対立と軋轢と衝突が始まった。

こうした歴史的経緯のなかで、1965年に結成されたOPM(自由パプア運動)は、パプア人の自己決定権を求める最初の組織だった。インドネシア当局との対立が激化するなか、OPM内部には武装闘争を重視する派と政治的対話を志向する派が分裂した。

その結果、2012年に武装部門がTPNPB(パプア民族解放軍)として再編成された。このTPNPBが、OPMの政治組織と分離し、より明確に「独立」を掲げて武装闘争をおこなう集団へと発展したのだ。

ところで、インドネシアはなぜ騙し討ちみたいな住民投票でパプアを欲しかったのか?

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インドネシアがパプアを欲しかった理由

パプアには世界有数の鉱山資源が眠っている。特に南部のグラスベルグ鉱山は、金や銅の年間生産量が数十トンにのぼる巨大鉱区である。インドネシアが欲しかったのはパプアではない。この巨大鉱区だったのだ。

この資源開発には多国籍企業が参入し、現地経済に巨額の投資をおこなった。

しかし、採掘による環境破壊や搬出経路の整備に伴う土地収奪が現地住民の生活基盤を損なった。採掘利益の大部分は中央政府と外資に流れ込み、パプア州にはごく一部しか還元されなかった。

インドネシア平均の年間1300ドルに対し、鉱区周辺住民の所得は300ドル以下にとどまる地域もある。これは紛うことなく、インドネシア政府によるパプアの搾取だ。こうした経済的不平等が、パプア人の恨みを増幅させた。

社会的にも人種や文化をめぐる差別は深刻である。

ジャワ島系住民の流入政策により、パプア人は行政や教育、警察・軍隊の要職にほとんど採用されなかった。言語や風習の違いを理由に、公共サービスや雇用の場で排除される事例も頻繁に発生した。

こうした構造的格差は、「パプア人もインドネシア国民として平等に扱われている」というインドネシア政府の主張が完全に嘘であることを示している。

TPNPB(パプア民族解放軍)がパプア人に支持されているのは、こうしたところにある。差別と資源分配の不公正が重なり合うなかで、TPNPBは「自らに最適化された国家」を目指して独立闘争を続け、国民がそれを支持している。

インドネシア政府はTPNPBをテロ組織として扱っているのだが、実のところTPNPBを追い込んだのはインドネシア政府にあるのではないかとパプア人は考えている。

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TPNPBは激怒して戦闘の再開を宣言した

昨今のインドネシア政府はパプア問題を国家統一の問題として扱い、「対話による解決」を掲げるようになっていた。TPNPBも政府の「対話」の呼びかけを停戦提案として受け取って「一時停戦」を宣言した。

ところが、である。

対話をすると言いながら、インドネシア政府は、その裏側では陸海空の軍・警察部隊約1万人を動員してゲリラ掃討作戦を強化したのだった。これによってインドネシア政府は完全に信用を失ってしまった。

さらに、その対話なのだが、インドネシア政府が約束したのは道路建設と学校建設だけで、肝心な自治権付与や住民投票の保証を盛り込まずに、パプア側を押さえ込もうとした。

結局、TPNPBは激怒して戦闘の再開を宣言した。

TPNPBは中央山間部から南部を拠点とし、小規模ゲリラ部隊を編成している。主な活動地域はジャヤプラ南西に連なるジェイアワジャ山脈や、パニアイ県、インタンジャヤ県周辺である。

山岳や密林を移動拠点とし、少人数部隊が夜間に偵察や破壊攻撃をおこなうことで、インドネシア軍・警察の追跡を回避している。部隊規模は十数名から数十名と推定され、補給線は現地住民や隠れ家を頼る。

地形の複雑さを利用し、車両輸送路や通信基地を狙うことで、長期的に政府側に対抗している。つまり、完全なるゲリラ部隊の戦法だ。

2023年にはニュージーランド人小型飛行機パイロット拉致事件が発生した。9月26日にインタンジャヤ県の飛行場から離陸した飛行機が撃墜され、そのパイロットがTPNPBに拘束された。

政府側は即時解放を求めたが、その後も半年以上にわたり交渉が続き、国際的な注目を集めた。

また、2022年12月には国営鉱山企業の輸送車両が襲撃され、運転手2名が死亡する事件が起きている。これらの事件は、外資系鉱山関係者や外国人技術者がターゲットにされていることを示している。

治安部隊との衝突も頻発している。2023年だけで軍・警察部隊とTPNPBのあいだに少なくとも15回の交戦記録がある。双方の正確な死傷者数は不明だが、政府発表では治安部隊側負傷者30名以上、TPNPB側戦死者も十数名に及ぶとされる。

一方で、民間人が巻き込まれる事例もいっせいに発生しており、非戦闘員の家屋焼失や学校閉鎖が確認されている。人権団体は、インドネシア軍・警察による恣意的な家宅捜索や不当拘束、拷問の報告を複数件まとめている。

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パプアの独立運動は、これからも続いていく

国連や欧州連合(EU)は中立的な仲介を呼びかけているのだが、インドネシア政府は「内政不干渉」を理由に拒否し、国連総会に報告書を提出しない方針を明示した。欧州議会でもパプア問題を取り上げる決議案が提出されたが、採択には至らなかった。

国際社会は口先では懸念を表明するものの、「資源大国」であるインドネシアへの経済的配慮から実効性ある制裁や具体的関与を拒んでいる。

パプア人権センターの報告書によれば、2022年までに裁判外で拘束されたパプア人は約2500人にのぼる。非公式な拘束や家宅捜索は政府の「治安維持」という名目でおこなわれ、不当な扱いが続いている。

これに対してはインドネシア政府に批判の声が上がっているのだが、まったく取り合おうとしない。

対話と軍事が交錯するなか、政府とTPNPBの駆け引きは平行線をたどっている。

そんな中で、インドネシア政府はパプアの資源開発だけは猛烈な勢いで進め、豊富な天然資源をパプア人にはほとんど還元しないで持ち出している。

グラスベルグ鉱山の生産額は年間約20億ドルと試算される一方,地域住民へのインフラ還元はわずか10%以下にとどまる。開発が進むほど環境破壊は拡大し,河川汚染による漁業被害や森林伐採による生態系の劣化が起こっている。

これではパプア人が激怒して、ゲリラが跋扈し、独立運動が止まらないのもしかたがない。パプア紛争は国際社会にとって「忘れられた紛争」である。その陰で住民が抱える不満と痛みは深い。

パプアの独立運動は、これからも続いていくのだろう。

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