トランプ政権とは貧困に落ちた労働者の怨嗟が生み出した「復讐政権」であった

トランプ政権とは貧困に落ちた労働者の怨嗟が生み出した「復讐政権」であった

大企業は「海外移転によって生産コストを大幅に削減し、グローバル市場での競争力を高めた」と主張したが、その恩恵を享受したのは株主や経営陣など、ごく限られた層であった。低賃金の途上国労働力を利用した効率化は、国内のブルーカラー労働者を直撃し、中間層も没落していく一因となった。(鈴木傾城)


プロフィール:鈴木傾城(すずき けいせい)

作家、アルファブロガー。著書は『ボトム・オブ・ジャパン』など多数。政治・経済分野を取りあげたブログ「ダークネス」、アジアの闇をテーマにしたブログ「ブラックアジア」を運営、2019、2020、2022年、マネーボイス賞1位。 連絡先 : bllackz@gmail.com

国内の労働者層が相対的に軽視されていく流れ

1980年代のロナルド・レーガン大統領の時代、アメリカでは国際的な経済活動が急速に拡大した。いわゆるグローバル化の波である。世界各国との貿易障壁が下がり、ヒト・モノ・カネが国境を越えて動きやすくなった。

大資本を持つアメリカの巨大企業は安価な労働力と規制の緩い環境を求め、生産拠点を積極的に海外へ移した。この流れはとりわけ途上国に生産を委託する手法として定着し、巨大企業の利益拡大に直接結びついた。

途上国では労働賃金が低いため、大量生産のコストが格段に下がった。

工場を海外に移転した企業は製品の原価を抑制できるだけでなく、為替の恩恵や輸出関連の優遇措置も受けて莫大な利益を得た。グローバル化が加速度的に進展する中、アメリカ国内では多国籍企業が台頭し、より巨大化していった。

これによって高度成長期に国内で確立されていた雇用のしくみが動揺したのだが、当初は経済が活性化しているかのような楽観論も根強かった。

国際金融市場でも自由化が進み、投資家はより自由に株式や債券に投資してリターンを追求した。かくして世界規模での分業体制も確立され、途上国の産業基地化が本格的に進んでいった。

この一連の動きは、一見すると世界経済全体の成長に寄与しているかのように見えた。だが、実際には賃金格差を利用する形で企業がコスト削減に注力した結果、アメリカ国内の労働者層が相対的に軽視されていたのだ。

一方でグローバル化は巨大企業の投資家や経営者にさらなる富をもたらす仕組みとして機能しはじめ、資本の論理が絶対化されていった。アメリカのグローバル経済は、かくして絶対的なものとなった。

1980年代のロナルド・レーガン大統領の時代、アメリカでは国際的な経済活動が急速に拡大した。いわゆるグローバル化の波である。世界各国との貿易障壁が下がり、ヒト・モノ・カネが国境を越えて動きやすくなった。

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グローバル化が中間層が没落していく一因

グローバル化の流れの中で、アメリカの巨大企業は安い労働力を求めて生産拠点を海外に移したので、国内においては製造業の空洞化が顕著になり、これまで安定した収入を得ていた労働者が次々と職を失う事態に直面した。

特にアメリカ北部のいわゆる「ラストベルト」地域では、鉄鋼や自動車、機械部品などの工場が相次いで閉鎖し、多くの労働者が失業や低賃金の職種への転換を余儀なくされていった。

この現象によって地域社会は急激に衰退し、治安の悪化やドラッグ問題など社会的負担も肥大化した。

大企業は「海外移転によって生産コストを大幅に削減し、グローバル市場での競争力を高めた」と主張したが、その恩恵を享受したのは株主や経営陣など、ごく限られた層であった。

低賃金の途上国労働力を利用した効率化は、国内のブルーカラー労働者を直撃し、かつての中間層が没落していく一因となった。賃金においても顕著な格差が広がった。大企業の役員報酬やボーナスは高騰し、一方で労働者の平均所得は伸び悩んだ。

ITや金融業界で成功した一握りのエリート層が高額所得を得る一方、地域の製造業が衰退したエリアでは住宅価格が下落し、消費も落ち込み、地域全体が困窮に陥る状況が顕在化した。

現在の副大統領であるJ.D.バンスは、そうした貧しい地域「ラストベルト」出身の議員である。(ブラックアジア:映画『ヒルビリー・エレジー』今後も貧困層は這い上がることができない理由

こうした構造は、グローバル化が必然的に生み出した所得再分配の偏りを象徴している。米国経済全体のGDPが成長しても、その果実が均等に行き渡らない状態が定着し、多くの労働者は将来への不安を深めた。

グローバル化によって資本家と労働者の格差は極端に拡大した。経済統計でも、富裕層が全体の富の大部分を握り、下層から中間層にかけては所得の伸びが鈍化したり、むしろ実質賃金が低下したりする事例が複数確認されている。

現在の副大統領であるJ.D.バンスは、貧しい地域「ラストベルト」出身の議員である。

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既存の政治エリート層に不信感を募らせた

グローバル化が貧困層や労働者を豊かにしないのは2010年代には明確に認識されるようになっていた。労働者層が貧困化の道を歩む中、政治の世界では反グローバル化を掲げる勢力が急速に支持を拡大していった。

安定した職を失った元労働者や低賃金に苦しむ層が、自国産業を重視しないグローバルエリートへの強烈な不満を募らせた結果である。

アメリカ社会では長らく自由貿易と国際協調の旗印が掲げられてきたが、現実に多くの人々は恩恵を感じず、むしろ不公平な所得分配の犠牲者になっているとの認識が広がった。

この不満が政治的な爆発力を伴って噴出したのがドナルド・トランプの台頭だった。彼は大統領選挙の期間中から「アメリカ第一主義」を全面に打ち出し、対外的な自由貿易の在り方を大きく見直すと公言した。

これまでの主流派政治家が説いてきたグローバリズム路線とは一線を画す姿勢で、多くの労働者や産業の衰退を嘆く地域社会から圧倒的な支持を得たのである。

2016年の大統領選挙においては、従来の共和党保守層だけでなく、民主党支持を伝統とした労働者階級の一部もトランプ支持に流れたと報じられている。

グローバル化による痛手を身に染みて感じていた人々が、既存の政治エリート層に不信感を募らせた結果、徹底的な保護主義を掲げるトランプに投票した。選挙戦の中で彼は米国製造業を再興し、雇用を国内に取り戻すと断言した。

メキシコ国境に壁を築き、不法移民を排除する強硬策も唱え、海外に流出した製造拠点や労働需要を呼び戻すと強調した。こうした言動はメディアから批判も受けたが、実際に疲弊する地域コミュニティが歓迎した事例は少なくない。

この過程で、既存のグローバル化体制への反発がアメリカ国内で高まっていた事実が浮き彫りになった。既成政治が説く自由貿易の恩恵が届かず、ただ富裕層と株主だけが利益を得ている構図に怒りを抱く層が多かったのだ。

トランプ政権誕生は労働者がグローバル化に反旗を翻した象徴的事例だった。グローバルエリートたちは結集してトランプ大統領を4年後に葬り去ったが、反グローバルの労働者たちはふたたび2024年にドナルド・トランプを政権に押し戻した。

メキシコ国境に壁を築き、不法移民を排除する強硬策も唱え、海外に流出した製造拠点や労働需要を呼び戻すと強調した。こうした言動はメディアから批判も受けたが、実際に疲弊する地域コミュニティが歓迎した事例は少なくない。

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貧困層の怨嗟が生み出した「復讐政権」

トランプ政権が発足すると、就任直後から高関税の導入やパリ協定からの脱退やWHOからの脱退など、反グローバル化を示す政策を次々と打ち出している。中国はおろか、同盟国や経済協力国であるはずのカナダ・メキシコに対しても過激な関税を仕掛けている。

欧州や、東南アジアや、おそらく日本に対しても容赦はないだろう。関税によってグローバルサプライチェーンに大きな衝撃をもたらしているが、それこそが「貧困に落ちたアメリカの労働者たち」が望んでいるものであったのだ。

トランプ旋風とはすなわち、グローバル化によって疲弊した労働者やコミュニティの怨嗟を取り込んで力へと転化する動きそのものであり、反グローバリズムの象徴的な段階を示す現象である。

こうした政策に対して、大企業や国際金融機関は混乱を危惧したが、トランプは国内支持を優先して強硬姿勢を崩さない。

関税政策で一時的な景気刺激や国内雇用の回復を図ると同時に、「アメリカに生産を戻すべきだ」というスローガンを繰り返し掲げた。Appleもそうだが、製造業の一部が国内回帰を検討した動きもあり、これまで海外に生産を委託していた企業に警戒感を植えつける効果も大きかった。

さらに移民問題でも厳格な対応を打ち出し、廉価な労働力を求めて入国を試みる人々への締めつけを強化した。こうしてグローバル化の根幹を揺るがす施策を次々と断行することで、トランプ大統領は反グローバリズムを政治的に具体化している。

アメリカで起きているこの動きは、これまでのグローバリズムへの信頼が大きく揺らぎ、自由貿易と国際協調の理念に対する疑問が公然化した点にある。底辺の労働者の不満が放置された結果、アメリカ第一主義が勢力を伸ばし、それが大統領選をも左右した事実は軽視できない。

こうやって見ると、トランプ政権の具現化しているものがよくわかる。トランプ政権とは「反グローバル政権」であり、貧困層の怨嗟が生み出した「復讐政権」であったのだ。グローバル化では多くの国の労働者が経済的に犠牲になった。

今、資本主義のあり方が問われているのだと私は見ている。

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