
イーロン・マスクが常用しているというので有名になったのがケタミンだ。イーロン・マスクのケタミン使用告白は、治療薬と嗜好品の境界をあいまいにし、社会に誤解と模倣を広げているようにも見える。スペシャルKと呼ばれているケタミンは、いったいどのようなドラッグなのか?(鈴木傾城)
プロフィール:鈴木傾城(すずき けいせい)
作家、アルファブロガー。著書は『ボトム・オブ・ジャパン』など多数。政治・経済分野を取りあげたブログ「ダークネス」、アジアの闇をテーマにしたブログ「ブラックアジア」を運営、2019、2020、2022年、マネーボイス賞1位。 連絡先 : bllackz@gmail.com
イーロン・マスクが使用しているドラッグ
イーロン・マスクがケタミンを乱用しているという報道があった。乱用しているせいで、膀胱に問題を抱えるようになってきているという。それを受けて、マスクは「たしかに使用している」と公言せざるを得なかった。
これが、大きな波紋を呼んだ。
イーロン・マスクは世界でもっとも影響力のある実業家のひとりであり、SpaceXやTesla、X(旧Twitter)など複数の巨大企業を率いる人物である。そういう人物がドラッグ依存だというのは衝撃的な事実だ。
マスコミにケタミンの乱用を暴露されたあと、マスクはインタビューやSNS上で、自らが「本物の医者」から処方を受け、精神的に落ち込んだ時にケタミンを使用していると明かした。
ただし、乱用しているわけではなく、服用はあくまで「隔週に少量」で、日常的に依存しているわけではないと強調している。マスクはその目的について、「ネガティブなスパイラルを断ち切るため」と説明した。
たしかに、アメリカでは近年、うつ病治療への新しいアプローチとしてケタミンの使用が医療現場で広がっている。
従来の抗うつ薬が効かない「治療抵抗性うつ病」への効果が臨床的にも報告されており、ケタミンは一部の医師から「最後の切り札」とも呼ばれている。そのため、マスクの告白は一種の治療として受け取られた側面がある。
ただ、実業界や投資界においてマスクは、未来を象徴する存在であり、そのような人物が幻覚作用を持つ薬物を使用していることは、多くの人が不安を抱いた。米国証券取引委員会(SEC)やTeslaの取締役会も、マスクの行動が企業ガバナンスに与える影響をつねに注視している。
当然だろう。投資家はリスクを負っている。ドラッグ依存のCEOが経営をしているというのは由々しき事態でもある。
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精神的ストレスでもケタミン処方
ケタミンは1960年代に開発された麻酔薬であり、現在も外科手術や救急医療、動物医療の現場で使われている。主に静脈注射または筋肉注射で投与され、即効性のある鎮痛・鎮静作用をもつクスリだ。
特筆すべきは、意識消失をともなわずに鎮痛を得られる点で、心肺機能を抑制しにくいという性質が重宝されてきた。こうした特徴から、戦場での応急処置や救急搬送時の麻酔薬としても利用されてきた歴史を持つ。
ところが、ケタミンは医療用途と同時に、強い幻覚作用と解離作用(自己や現実との結びつきの喪失)を引き起こすことでも知られている。これが、いわゆる「娯楽目的の薬物」としての利用を誘発してきた。
米国でも、ケタミンはもちろん規制薬物に分類されている。医療用としては合法だが、非合法流通においては違法だ。
問題は、この「合法と違法の線引き」である。医療現場では、低用量ケタミンを用いたうつ病治療や慢性疼痛の緩和が一部で実施されているのだが、それが乱用を招くひとつの要因となっているのだ。
実際、アメリカ食品医薬品局(FDA)は2019年、ケタミンの誘導体である「エスケタミン(商品名スプラバト)」を点鼻薬として承認している。一応、その安全性と有効性は一定の臨床データによって裏付けられているのだが、このスプラバトからケタミン依存に入ってしまうユーザーもいることが確認されている。
乱用の別の入口としては、ケタミンの「適応外使用」もある。
たとえば、うつ病以外の精神的ストレスや「気分の浮き沈み」への対処として、医師の裁量で処方される。イーロン・マスクが語る「隔週で少量使用」というのは、まさにこのような適応外処方の実例である。
それで、ケタミンを乱用したら何かいいことがあるのか? ジャンキーは幻覚体験が好きだが、ケタミンでもその幻覚体験ができる。
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多くの深刻な副作用が襲いかかってくる
いったんケタミンを使用して幻覚体験が得られたら、その幻覚体験を求めて乱用がはじまるようになる。クラブ・カルチャーやパーティーシーンで、ケタミンは「スペシャルK」と呼ばれ、コカインやMDMAの代替として使われてきた。
「気分が優れない」と言ったら適応外使用で医師の裁量で処方されるの。アメリカでケタミンは「手に入りやすい幻覚用の処方薬」なのだ。
医師の管理下であればすべてが正当化されるわけではない。処方の動機、使用の頻度、投与量などを精査しなければ、医療とドラッグの境界はすぐに崩壊する。ケタミンは、クスリにもドラッグにもなってしまう。
もちろん、簡単に手に入るからと言ってケタミンを常用していると、依存症以外に多くの深刻な副作用が襲いかかってくる。
幻覚が続くと、知覚のゆがみ、自己の感覚喪失といった精神症状を引き起こす。さらに、感情のコントロールが効かなくなる「感情失調」や、衝動性の増加といった症状も報告されている。
これは、イーロン・マスクの性格そのものだ。
他にも、血圧上昇、動悸、吐き気、頭痛などがある。さらに、頻繁な使用により、排尿困難や血尿などの膀胱機能障害を引き起こす。これが「ケタミン膀胱炎」である。イーロン・マスクが苦しんでいるのが、このケタミン膀胱炎だ。
ケタミンは正しく使えば一部の患者に劇的な改善をもたらすが、使い方を誤ればリスクも大きい。特に自己判断での使用や、医師の管理が不十分なケースでは、依存や誤用による事故死の危険性が高まる。
米国では過去に、ケタミンの過剰摂取や多剤併用によって死亡した事例も報告されている。米テレビドラマ『フレンズ』のチャンドラー役で名高いマシュー・ペリーもケタミンによる急性中毒で死亡している。
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パフォーマンスのドーピングでも使われる
俳優マシュー・ペリーは、ケタミンの作用による意識喪失や呼吸抑制が主な死因とされ、入浴中に意識を失って溺死したとされている。
このマシュー・ペリーは「隔週で少量使用」という医師による適応外処方を超え、助手や複数の医師や、ケタミン・クイーンと呼ばれるディーラーらから違法にケタミンを入手していたことがわかっている。
マシュー・ペリーは、死亡当日だけで複数回ケタミンを注射していた。完全にケタミン依存だった。
それで、アメリカはケタミンに対して厳しい姿勢で規制に臨むのかと言えば、自体はまったく逆に向かっているように見える。
米国の一部のスタートアップ企業では、ケタミンを含む精神活性薬を用いた「マイクロドージング」(極小量の反復摂取)をパフォーマンス向上の手段として取り入れる動きも報告されている。
本来は医療のみで使われるべき薬物が、自己最適化や成功の道具としてすり替えられているのが恐ろしい。薬物使用の倫理的・社会的ガイドラインなんかそこにはない。これは、パフォーマンスのドーピングである。
社会的に見れば、精神疾患への理解や治療選択肢の多様化が進むことは歓迎されるべきである。しかし、ケタミンは幻覚体験やパフォーマンス向上のために使われるようになっている。
その最先端にイーロン・マスクというアメリカきっての起業家がいるのが興味深い。
日本でも市販薬の依存が問題になっているのだが、SNSやAIによって情報が高度に共有されて拡散する時代の中で、ドラッグもまたギリギリの境界線で使う人間たちが増えていくのだろう。




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