日本の自殺者を減らしたいのであれば、社会の裏側に広がる「これ」に対処せよ

日本の自殺者を減らしたいのであれば、社会の裏側に広がる「これ」に対処せよ

うつ病は目に見えるような病気ではない。当人の身体の奥から精神をむしばんでいく病だ。いったん、うつにとらわれてしまうと、絶望ばかりが膨れ上がり、それによって日常生活が破壊される。「自分の人生そのものに価値がない……」本人は、そう確信し、未来への希望は完全に絶たれる。(鈴木傾城)


プロフィール:鈴木傾城(すずき けいせい)

作家、アルファブロガー。著書は『ボトム・オブ・ジャパン』など多数。政治・経済分野を取りあげたブログ「ダークネス」、アジアの闇をテーマにしたブログ「ブラックアジア」を運営、2019、2020、2022年、マネーボイス賞1位。 連絡先 : bllackz@gmail.com

社会の裏側で広がっていく病巣

うつ病などの精神疾患で休職した教員が7,000人を超えて過去最多となったことを文部科学省が報告している。このうちの20%の1,430人が退職に追い込まれていた。学校の現場では生徒もうつ病になっているし、社会では職場のうつ病も深刻な問題となっている。

日本においては、うつ症状を有する人々の割合が過去数年で顕著に増加し、2013年の7.9%から2020年には17.3%に達している。たった7年で倍以上の拡大を見せているわけで、これが医療と社会保障に大きな圧力となっている。

うつの要因は、不安定な経済状況や人間関係の摩擦、情報化社会におけるストレス増大など多岐にわたる。今の日本社会は、うつ病を拡大させるような社会構造になっているのだということが示されている。

精神疾患の総患者数も2002年から2017年にかけて1.6倍に増加したと公的統計が報告している。これほど急激に患者数が膨れ上がった背景には、いったい何があるのだろうか。関係者は、社会の貧困化や、自己責任を強いる空気や、競争社会の構図そのものが人々の心をむしばんでいると述べている。

メンタルの不調が原因で1か月以上休業した労働者がいる事業所は10.6%、退職者を出した事業所は5.9%に上るとの調査結果もある。これは業種や企業規模を問わず広範に見られる実態で、特定の過酷な労働環境に限られた話ではない。

地域社会でも高齢化に伴う孤立の深刻化や、若年層における将来不安の増大などが複合的に作用し、うつ病患者の増加に歯どめがかからない。

高齢者のうつ症状は周囲から気づかれにくく、進行してからようやく表面化することが多い。若年層でも学業や就職のプレッシャー、ネットやSNSを通じた絶え間ない情報刺激によるストレスが増幅し、心が追いつめられる構造ができあがっている。

フルインベストの電子書籍版!『邪悪な世界の落とし穴: 無防備に生きていると社会が仕掛けたワナに落ちる=鈴木傾城』

死への衝動が日常的に湧き上がる

深刻なうつ病に陥ると、人間の思考と行動は根本からゆがめられる。

顕著に見られるのが、自殺念慮である。脳内の神経伝達物質のバランスが崩壊し、自己否定と絶望感が絶えず頭を占拠する結果、死への衝動が日常的に湧き上がる。

私は書籍『病み、闇。ゾンビになる若者、ジョーカーになる若者』を出しているのだが、若者たちの取材の中で、彼らは決まったように「死にたい、死にたい」という言葉を発していた。

自殺を具体的に考え、計画を立てる段階にまで至った当事者は、周囲の目に触れないまま実行へと踏み切る危険性が非常に高い。外見上は平穏を装っていても、内心では死への準備を着々と進めているケースが後を絶たない。

これは深刻なうつ病の恐ろしさを如実に示す典型的な例だ。

また、仕事や学業、家事といった日常的な活動が、いっさい手につかなくなる状況も出てくる。人によっては朝の身支度すら困難になり、何時間も布団の中で動けないまま日が過ぎてしまう。

昼夜逆転の生活リズムに陥り、夜間もうまく眠れずに不安定な睡眠を繰り返す状態が常態化する。こうして社会との接点を失い、会社や学校を辞めざるを得なくなって経済的に追いつめられる人も多い。

ところが、精神的な苦痛は外部から見えにくいので、周囲からは「怠惰」「甘え」と見なされ、当事者の苦悩はかき消される。これらの断定的な社会的圧力がうつ病をさらに悪化させる引き金となっている。

肉体面では、極端な食欲低下や不眠が併発して体重が激減し、慢性的な疲労が抜けない状態に陥る。免疫力の低下で病気にかかりやすくなると、身体の不調がさらに強いストレスとなって精神を削る。

外出や通院の負担が大きく、適切な医療機関にアクセスする機会すら断たれがちだ。深刻なうつ病の症状は意思や根性で克服できる範疇を超えており、わずかに残されていた意欲までも絶望感が覆い尽くしてしまう。

これらの症状が同時に進行すると、人は自分自身を見失う。楽しいと思う感情が消え失せ、周囲で起こる出来事への関心も完全に失われる。家族や友人との会話すら面倒になり、人間関係は加速度的に崩壊する。

デリヘル嬢の多くは普通の女性だった。特殊な女性ではなかった。それは何を意味しているのか……。電子書籍『デリヘル嬢と会う:あなたのよく知っている人かも知れない』はこちらから。

人間関係は急速に断絶していく

深刻なうつ病がさらに進行すると、喜怒哀楽を含むすべての感情が完全に枯渇する。こうした状態を「アナヘドニア」と呼ぶ。

アナヘドニアに陥ると、かつてよろこびを感じていた趣味や友人とのやり取りが無味乾燥の作業に変わり果てる。感情を言葉に変換することすら難しくなり、自分が何を望み、何を考えているのかもわからなくなる。

心を占めるのは冷たく重い虚無感だけであり、この虚無を周囲に伝える手段を失うがゆえに、人間関係は急速に断絶していく。

思考や集中力も大幅に低下していく。日常の些細な決断すらもできなくなる。食事のメニューを選ぶ程度の行為さえも長時間迷い続け、結果的に何も選択できないことが頻繁に起こる。

判断力の欠如が業務や学業に深刻な影響を及ぼし、連鎖するミスや失敗が自己否定をさらに強固なものにする。事実に基づく判断よりも「自分は、だめだ」という感情が優先され、建設的な行動が取れなくなる悪循環に陥る。

社会的孤立も加速する。周囲とのコミュニケーションが煩わしくなり、SNSのアカウントを削除し、人前に出るのを拒否する。

当事者は他者との接触を断つことでよけいなエネルギーの消耗を避けようとするが、それが理解や支援を受ける機会を自ら閉ざす結果になり、孤独感は個人の限界まで深まるのだ。

これがさらに悪化していくと、現実感が大きく損なわれ、妄想的な思考へ傾きやすくなることもある。自分の無価値感が肥大化し、周囲に悪影響しか与えない存在だという誤った確信にとらわれ、それが他者への不信や憎悪へ転じることもある。

深刻なうつ病の進行で、当事者の理性は脆く崩れ落ち、思考がゆがみ、人間関係だけでなく自我そのものが変容してしまう。

鈴木傾城が、日本のアンダーグラウンドで身体を売って生きる堕ちた女たちに出会う。電子書籍『暗部に生きる女たち。デリヘル嬢という真夜中のカレイドスコープ』はこちらから。

自殺者を減らしたいのであれば

うつ病は目に見えるような病気ではない。当人の身体の奥から精神をむしばんでいく病だ。いったん、うつにとらわれてしまうと、絶望ばかりが膨れ上がり、それによって日常生活が破壊される。

「自分の人生そのものに価値がない……」

本人は、そう確信してしまう。何をしても無意味であり、過去の後悔だけがいつまでも鮮明に甦り、未来への希望は完全に絶たれる。

身近な人が手を差し伸べようとしても、それを受け取る力が失われているため、好意すら重圧に変わり、自己嫌悪がさらに深まる。こうした絶望感は、うつ病が精神を根こそぎむしばんでいることを象徴している。

この絶望感は突然の衝動的行動を引き起こす要因にもなる。

わずかな一言や小さな出来事であっても、当事者にとっては死を選ぶ決定打となる。自分が生き続ける意味を完全に否定し、苦しみから逃れる唯一の手段として死が浮上するとき、そこにはもう迷いやためらいが生じない。

周囲は「なぜそこまで思いつめるのか」と首をかしげるが、その姿勢自体が当事者の絶望を増幅させる一因になっている。うつ病の絶望は、一般的な落ち込みや悲しみと一括りにできない。

思考と感情のすべてが押しつぶされ、外部との関係を断ってしまう強烈な力が働く。

日本は毎年2万人以上もの自殺者が出ている国なのだが、この2万人の多くは自殺に至る前はうつを発症していた可能性があると指摘する医師もいる。自殺の前に、うつ病がある。もし自殺者を減らしたいのであれば、まずは「うつ病を減らす」ことが最重要課題であるというのがわかる。

ブラックアジア会員募集
社会の裏側の醜悪な世界へ。ブラックアジアの会員制に登録すると、これまでのすべての会員制の記事が読めるようになります。

ブラックアジア会員登録はこちら

CTA-IMAGE ブラックアジアでは有料会員を募集しています。表記事を読んで関心を持たれた方は、よりディープな世界へお越し下さい。膨大な過去記事、新着記事がすべて読めます。売春、暴力、殺人、狂気。決して表に出てこない社会の強烈なアンダーグラウンドがあります。

心理カテゴリの最新記事