いよいよ闘争心を見直す時代に入っている。政府は闘争のための教育すべきだ

いよいよ闘争心を見直す時代に入っている。政府は闘争のための教育すべきだ

人間社会ではいくら巧妙に隠しても衝突と対立が発生し、生まれ持った闘争心によってぶつかっていく。戦争がなかった時代はないし、平和な時代であっても、絶えず細かい紛争や集団暴力が発生している。日本もそろそろ闘争心を見直す時期が来た。時代は変わっているので。(鈴木傾城)


プロフィール:鈴木傾城(すずき けいせい)

作家、アルファブロガー。まぐまぐ大賞2019、2020年2連覇で『マネーボイス賞』1位。政治・経済分野に精通し、様々な事件や事象を取りあげるブログ「ダークネス」、アジアの闇をテーマにしたブログ「ブラックアジア」、投資をテーマにしたブログ「フルインベスト」を運営している。「鈴木傾城のダークネス・メルマガ編」を発行、マネーボイスにも寄稿している。(連絡先:bllackz@gmail.com)

台頭してきた周辺国に舐められるような状況に落ちぶれた日本

「戦後の日本人は牙を抜かれて闘争心さえも失ってしまった」とはよく批評される。戦前の日本人と戦後の日本人は、同じ日本人と言うのは憚れるほど思想的にも肉体的にも違ってしまっている。今の日本人は優しいと言われる。草食とも言われる。

しかし、それで日本人は永遠に腑抜けな民族になったわけではない。今はまだ多くの日本人は自覚していないが、いずれ日本人も「優しさ」をかなぐり捨てる時代に入る時がやってくる。

戦後の日本は、壊滅状態と化した国土の中で「次」に備えて体勢を立て直さなければならない状況に追い込まれていた。

つまり、国土が灰燼と化して経済も窮乏した中でさらに闘争心を剥き出しにして戦うのは得策ではなく、ひとまずは戦いをやめて復興を目指した方が民族の存続に役立つと日本人は悟った。つまり、戦後の日本は闘争心を抑えた方が得策だった。

しかし、闘争心を押さえて経済に邁進した結果が、あまりにもうまくいった。日本は経済大国になって国民は安全で安心な生活を手に入れて豊かになったのだ。

そのため、ずっと闘争心を抑えたままの方が得だと気付いた日本人は、無意識のうちにそれを抑え続ける選択をしたように見受けられる。

しかし、あまりにも闘争心を押さえ過ぎた結果、必要な時にも戦うことができない「優しすぎる日本人」で溢れるようになり、台頭してきた周辺国に舐められるような状況に落ちぶれていった。

領土が侵略の危機にあっても、周辺国のあからさまな横暴や攻撃にも何も言えず、歴史プロパガンダでおとしめられても「注視する」としか言えないような政治家と国民ばかりとなった。

日本はもう終わりなのだろうか? いや、闘争心は自らの存続を賭けて生き残る必要がある時、怒りと共に噴き出していき、蘇っていく。

そろそろ日本人は、かつての闘争心を思い出す必要がある。もうそれを抑えることは「合理的ではない」ことに気付く必要がある。時代は、変わった。

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生き延びるために闘争本能を必要としていた

人は互いに愛し合う。人は愛情や友情がなくては生きていけない。人は優しさがなければ耐えられない。だから、多くの人が愛を求めてさまよい続ける。しかし、一方で人は闘争心を捨てられないという矛盾した性格を持つ。

ひとりの人間の中に、愛という本能と闘争心という本能が共存している。

人間が闘争心を持つのは、それがなければ生存できないからだ。古代からの歴史が遺伝子に染みついている。かつては獲物を採るにも闘争心が必要だった。

自分が肉食獣のエサにならないためにも否が応でも戦う必要があった。生き延びるために闘争心を必要としていた。

言うまでもないが、通常の社会では問題を解決するのに対立や衝突よりもまずは和を求めるのは当然のことだ。常に闘争心を剥き出しにしていると、自分か相手か、もしくは両方が傷つくからだ。

そのため、闘争心を抑える教育が為され、それは人間社会から注意深く遠ざけられる。闘争心は対立の元になるので否定すらもされる。しかし、いくら社会が否定しても人間の本能は消し去ることはできない。

「闘争心なんてとんでもない。自分はそんなものを求めていない」と固く信じている人も、実は闘争心とは無縁ではないかもしれない。

たとえば、私たちは闘争心を剥き出しにしたゲームを見て楽しんでいたり、衝突や対立によって人が大量に死んでいく映画を喜んで見たりしている。ゲームでシューティング物があるのは、自らの闘争本能が刺激されるからだ。

自分ではそれに気付いていないかもしれない。しかし、それは紛れもなく闘争心の発散なのである。映画やドラマや小説や漫画やゲームなどのコンテンツは、闘争本能を掻き立てれば掻き立てるほど売り上げが上がる。

「いや、私は闘争本能を刺激するようなゲームもしないし、そんな荒々しい映画も嫌いだから見ない」という人もいる。しかし、その人がそうであったとしても、そうでない人が膨大に存在していることは否定できない現実でもある。

ここが問題なのだ。自分がそうでなくても、自分のまわりには闘争本能に対する渇望を心の奥底に秘めた人々が大勢存在する。

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闘争本能が刺激されるからスポーツに大きな需要がある

スポーツにも、闘争心が刺激される要素が直接的に取り入れられている。たとえば、ボクシングやプロレスや格闘技は、コントロールされているとは言えども闘争心の表現そのものだ。

ボクシングや格闘技は、相手を殴りつけて勝敗を決める残酷なものである。ボクシングはスポーツであるが、同時に闘争本能を目撃するための「場」である。

しかし、ルールを決めて行っているのだからそれはいいと人々は無意識に思う。そこにまぎれもなく「通常では許されない剥き出しの闘争」が繰り広げられているというのに、奇妙なことに人々はそれを見ることを好む。

野球やサッカーやラグビーやアメリカン・フットボールやホッケーでさえも、闘争本能を掻き立てるゲームである。

人間が本当に衝突や対立が嫌いだと思っているのであれば、スポーツは絶対に流行しない。心の裏側にある闘争本能を刺激されるのは好ましい感情なので、闘争本能を剥き出しにするスポーツを見る。

人々は闘争本能の代償行動を見て喜んでいる。闘争本能を描写する映画から、闘争本能を描写するゲーム、そして闘争本能そのものを表現するスポーツは、人類の巨大な「娯楽」であり、それなしには文明が成り立たない。

闘争本能は文化に織り込まれている。

そういった世の中の実態をひとつひとつていねいに、きちんと見ていけば、人間は、愛と同じくらい闘争を必要としていることが観察できるはずだ。

闘争への渇望は、まさに「本能」レベルで刷り込まれており、それがゆえにどんなに社会が躍起になっても、世の中から闘争が消えることがない。闘争は嫌いだと言いながら、それを求める現代人の心の裏側を見つめるべきだ。

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闘争が明確に否定されるのは人間が暴力的だからだ

これだけ闘争的な感情や行為が否定されている世の中なのに、この世から闘争がなくならない。それは個人であっても国であっても同様だ。治安の良い先進国でも警察は必要だ。なぜなら、間違いなく社会のどこかで衝突が起き、事件が発生するからだ。

日本は世界でもトップクラスの安全な国だが、その日本でも警察は存在する。何人いるのか? 約30万人近くもいる。世界でもトップクラスの治安を誇る日本ですらも、治安が維持するために約30万人の警察官が必要だということだ。

人間社会ではいくら巧妙に隠しても衝突と対立が発生し、生まれ持った闘争心によってぶつかっていくのである。戦争がなかった時代はないし、平和な時代であっても、絶えず細かい紛争や集団暴力が発生している。

アメリカのように、戦争に次ぐ戦争で歴史を紡いでいるような国すらもある。(ブラックアジア:「自由はただではない」という言葉の裏には何があるのか?

中東やアフリカも、古代から現代まで歴史を見ると血まみれで推移している。南米も同じだ。南米は戦争が起きていないが、信じがたいまでの治安悪化で暴力が蔓延している。

人間の社会というのは、いつの時代でもどこの国でも、間違いなく闘争が存在する。それが明確に否定されるのは「実は人間が闘争的だからだ」と気付かなければならない。建前がどうであれ、現実にはそうなのだ。

だから、軍を持たない国はないし、警察組織を持たない国もない。闘争が存在するから闘争を取り締まる機関を社会は必要としている。

それぞれの国は、自国が侵略されないように、武力の保持に力を割いている。人間の歴史は戦争の歴史である以上、武力がなければ滅ぼされる。当たり前のことだ。

もちろん、日本を取り巻く状況も例外ではない。全世界で国と国が闘争心を剥き出しにして衝突している以上、日本もきちんと武力を持ち、侵略に対しては攻撃で対応しなければならないのが現実である。

いよいよ闘争心を見直す時代に入っているのだ。

日本民族も生き延びるためには闘争心を思い出さなければならない。政府はそれを日本国民に促し、きちんと闘争のための教育すべきである。きれい事ばかり言っても生き残れない。

書籍
『対立の世紀 グローバリズムの破綻(イアン・ブレマー)』

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