多文化共生を強制したことによる「殺し合い」はすでにドイツで始まっている

多文化共生を強制したことによる「殺し合い」はすでにドイツで始まっている

果たして日本は、多文化共生のような愚策、移民の大量受け入れという取り返しのつかない政策を避けることができるだろうか。もしできないのであれば、日本にもいずれは「ペギーダ」のようなグループが生まれても不思議ではない。(鈴木傾城)


プロフィール:鈴木傾城(すずき けいせい)

作家、アルファブロガー。政治・経済分野に精通し、様々な事件や事象を取りあげるブログ「ダークネス」、アジアの闇をテーマにしたブログ「ブラックアジア」、投資をテーマにしたブログ「フルインベスト」を運営している。「鈴木傾城のダークネス・メルマガ編」を発行、マネーボイスにも寄稿している。

社会の荒廃と分断と政治家の暗殺

ドイツはメルケル首相が2015年に大量のイスラム難民を受け入れた。多文化共生の理想がメルケル首相にあった。しかし、その多文化共生が生み出したものは何だったのか。

それは、社会の荒廃と分断と政治家の暗殺だった。

多文化共生を推進したのはエリートとエスタブリッシュメントである。なぜ、こうした上層部は多文化共生が必要だったのかというと、移民・難民という「安い労働力」が国内で手に入るからである。

彼らはそこから莫大な儲けを手にする。

そのため、彼らは「多文化共生」という理想主義を国民に押しつけて、反対者を「レイシスト」と罵って葬り去り、好き勝手に移民・難民という安い労働力を受け入れたのだ。

しかし、こうした大量の移民・難民は福祉を食い潰し、賃金を下げ、異文化を持ち込み、治安を悪化させ、社会に大きな軋轢と対立を生み出すことになった。

エリートやエスタブリッシュメントは、人口から見るとほんの1%に過ぎない。残りは非エリートであり、多文化共生した社会の中では犠牲になる側の階級だ。その支配される側の人々は、多文化共生によって激しい軋轢と対立の中に放り込まれた。

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ペギーダ(西洋のイスラム化に反対する欧州愛国者)

エスタブリッシュメントにとっては企業を成長させ、利益を生み出すことが第一優先だ。そのためには安い労働力を見つけるというのは非常に大切なことだったが、それが社会を破壊した。

国民の多くは多文化共生に激しい反発心を抱くようになり、それを推進するエスタブリッシュメントや政治家にも強い怒りを感じるようになっていった。

それが、反移民・反難民・反EU・反エスタブリッシュメントを叫ぶ保守的な政党の躍進となっていった。

マスコミはこうした政党を「レイシスト集団」「極右集団」「ポピュリズム政党」と吐き捨ててひたすら罵倒し続けていた。しかし、それでも国民が支持していたのは、その極右とマスコミが呼んでいる側だった。

ドイツでも反移民を叫ぶ「AfD(ドイツのための選択肢)」は大きく躍進している。2014年に結成された「ペギーダ(西洋のイスラム化に反対する欧州愛国者)」は「AfD」よりもさらに先鋭化した団体だ。

ペギーダは特別な宗教団体・政治団体に属しておらず、ドイツ国内に浸透するイスラム教徒に対抗するために生まれた組織だった。

ペギーダは自分たちの運動に共鳴する数多くのグループと連携している。「過激派」と称されているが広がりは大きい。

もちろん、ドイツではリベラル勢力も非常に強く、今もなお難民の受け入れを支持する人々も多い。だから、ドイツ世論は割れている。多文化共生によって生み出された「大きな分断」であると言っても過言ではない。

2015年の移民・難民の受け入れを擁護し、ペギーダの一派に「この価値を支持できないものは、いつでもこの国を去れる。それはドイツ国民一人ひとりの自由だ」と挑発したのがワルター・リュプケという政権与党の政治家だった。

このワルター・リュプケは2019年6月2日、自宅のテラスで頭を吹き飛ばされて死亡している。逮捕されたのは「シュテファン・E」という男だが、この男はペギーダのカッセル支部に所属していた男だった。

ドイツのSNSではワルター・リュプケが殺されたことは「ドイツを移民まみれにして開き直る男だったのだから殺されて当然」という声で溢れた。

どれだけ、多文化共生がドイツを分断したのかが窺い知れるはずだ。

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「多文化共生の失敗」が社会を荒廃させた

「ヨーロッパがイスラム化するのは絶対に認めない」というスローガンから名前が決められた「ペギーダ」。多文化共生を上から押しつけられたことによって、「ペギーダ」は自然発生的に生まれた。

そして、いよいよペギーダのグループの一部は、「移民・難民を受け入れよ。多文化共生を受け入れよ」と言ってドイツの文化を破壊する政治家を射殺するところにまで到達した。

多文化共生を訴えていたワルター・リュプケを射殺したシュテファン・Eは、「現在の政権を駆逐しなければならない。さもなければ、死者が出るだろう」と予告していたが、その意見は多くの支持者によって同意されていた。

そして、実際に暗殺が実行されたら、「裏切り者が死んだ」と賞賛された。

怒り、恨み、憎悪……。それが多文化共生した社会の底辺で生まれ育っていた感情であったことが、このワルター・リュプケ暗殺事件で明るみに出た。

マスコミは「暴力の感情」が多文化共生によって膨れ上がっていることを認めようとしなかった。ペギーダのような過激グループの批判はするが、そのペギーダを生み出したのは「多文化共生の失敗」だったことに決して触れなかった。

しかし、「多文化共生の失敗」は、マスコミはどんなに隠そうと思っても隠せない負のエネルギーとして表側に噴出している。

いち早く多文化共生を押し進めた欧米は、それによって生み出された歪みに耐えられなくなってきている。それでもエスタブリッシュメントは「多文化共生の失敗」に向き合おうとしない。

マスコミは「社会が劣化した」と言っているのだが、そうではない。「多文化共生の失敗」が社会を荒廃させたのである。

インターネットでは「第二のワルター・リュプケ事件も起きる」と宣告されている。ドイツが「多文化共生の失敗」に向き合わないのであれば、第二・第三の政治家暗殺事件・襲撃事件が起きるのは確実だ。

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いつか日本もペギーダが生まれるか?

多文化共生が押しつけられて、社会は分断し、荒廃した。博愛の精神で受け入れられたイスラム移民は、ドイツ国内でユダヤ人を見つけると襲撃するという人種差別事件も起こしている。

ドイツ国内は多文化共生みたいな理想論で政治をする既存の政治家たちのせいでめちゃくちゃになってしまった。「暴力の感情」がどんどん膨れ上がり、次第にその言動が無視できないものとなっていったのである。

「なぜ外国から知らない人間どもがやってきて我々の国に住み着いて大きな顔をしているのか?」

「なぜ政治家は貧困に喘いでいる自国民を放置して、外国の方ばかりを優遇するのか?」

「なぜ我々の文化がないがしろにされ、破壊されるのを黙って見ていないといけないのか?」

そうした疑問を人々は突きつけているのだが、政治家やマスコミは「それは差別だ」「レイシストは黙れ」と言って押さえ付けてきた。

しかし、常識的に考えて、外からやってきて好き勝手に振る舞って権利だけを主張する人間と、今まで大切に自国文化を守って来た人間とがうまくいくはずがない。価値感があまりにも違い過ぎるからだ。

にも関わらず、多文化共生はどんどん推進されていく。

人々は不満を隠せなくなり、爆発的で危機的な怒りを感じている。こんな社会を破壊したいという意識的・無意識的な感情が渦巻いている。誰もが、突き進んでいく多文化共生に対して激しいストレスを抱えている。

だから、多文化共生を強制したことによる「殺し合い」が始まっているのである。多文化共生の推進、移民の大量流入は、国内の治安の悪化と分断と暴力を生み出すものになるというのを私たちは知っておかなければならない。

果たして日本は、多文化共生のような愚策、移民の大量受け入れという取り返しのつかない政策を避けることができるだろうか。もしできないのであれば、日本にもいずれは「ペギーダ」のようなグループが生まれても不思議ではない。

『西洋の自死: 移民・アイデンティティ・イスラム』。『欧州各国がどのように外国人労働者や移民を受け入れ始め、そこから抜け出せなくなったのか。 マスコミや評論家、政治家などのエリートの世界で、移民受け入れへの懸念の表明がどのようにしてタブー視されるように至ったのか』。重要な一冊。

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