処理できないゴミ。途上国の地獄は先進国も無縁ではない

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2018年2月21日、CNNは『ゴミの山崩れ貧困層の住居直撃、17人死亡』として、モザンビークの首都マプトで巨大なゴミの山が崩落して女性や子供たちが被害にあったことを伝えている。

モザンビークはインド洋に面する自然の豊かな国だ。しばしばその海岸線の美しさが強調されるので「アフリカの美しい国」というイメージが強い。

しかし、一方で都市人口は過密し、貧困問題が深刻する中で首都マプトの一角に広大な「ゴミの山」が築き上げられていた。そして、悪臭が漂う中を、最も貧しい人たちがゴミの山を漁って極貧の生活をしていたのだった。

CNNは赤十字の広報担当者の声として、この現状をこのように伝えている。

『もともと安全性の懸念からこの場所からの退去を求められていたが、食べ物などを求めて戻ってきてしまう』『ここで暮らす以外に選択肢がないのだ』

実は、ゴミの山の崩落事件は2017年3月11日にエチオピアの首都アディスアベバでも起きている。この時は100人以上もの人々が亡くなっていた。

都市が過密化し、ゴミは大量に出され、処分できなくなったゴミが一箇所に投擲され、やがてそれが巨大なゴミの山となっていく。途上国ではお馴染みの「地獄の光景」だが、先進国も決して無関係ではない。(鈴木傾城)


プロフィール:鈴木傾城(すずき けいせい)

作家、アルファブロガー。政治・経済分野に精通し、様々な事件や事象を取りあげるブログ「ダークネス」、アジアの闇をテーマにしたブログ「ブラックアジア」を運営している。「鈴木傾城のダークネス・メルマガ編」を発行、マネーボイスにも寄稿している。

他人事だったゴミの山をカンボジアで見ることに

日本人の多くは、どこまでも広がる草原のようなゴミの山を見たことがないはずだ。だから、多くは「ゴミの山」と聞いても他人事になる。私もそうだった。

私が初めて広大なゴミ処理場を見たのは、カンボジアのスタンメンチャイという場所だ。(ブラックアジア:スタンメンチャイ。プノンペン最大の「ゴミ集積場」で思う

私もこのスタンメンチャイに行くまで、ゴミが広大に広がる「地獄の光景」を日本で見たことがなかった。

もちろん、存在は知っていた。たとえば都内23区で出てきたゴミは東京湾沖合の「夢の島」に捨てられていて、そこが広大なゴミの山になっていたことは知っている。

「夢の島」の凄まじいゴミは大量のハエを発生させた。そのハエが江東区の街に駆除できないほど飛んできて大問題になった事件が1960年代にあったことも聞いていた。

しかし、こうした「昔」の問題は私にはどこか他人事であり、興味も関心もなかったことだった。

その後、10代の半ばあたりだと思うが、私はテレビでフィリピンのスモーキー・マウンテンの映像を見た。そこでもやはり私は他人事だった。

まさか、自分が東南アジアと関わるようになるとは思わなかったので、ゴミの山と底を這い回って生活する人たちはどこか遠い世界の話だったのだ。

しかし、私は二十歳にタイに沈没するようになり、1990年代の後半にはカンボジアに何度も訪れるようになった。

そして、いつしか私は「カンボジアに凄まじいゴミ捨て場がある」という話を現地の人に聞き、それを見に行きたいと思うようになった。

それは「スタンメンチャイ」という場所だった。プノンペン中心部にいたが、そこでモトバイクの運転手に「近いのか?」と尋ねると「近い」という答えが返ってきた。

だから、私はそこに行く気になった。

スタンメンチャイ。その国で最も貧しいものがゴミを漁り、何か金に変えられるものはないかと探している。ハエにまみれ、有毒ガスを吸いながら、そうやって生きている。

貧困が解消されない限り、解決されることもない

スタンメンチャイに入っていくと、まず最初に猛烈な悪臭に耐えなければならない。

悪臭というのは、普通の悪臭ではない。不注意に息をしていると吐くどころか気絶しそうな悪臭なのである。

最初に行ったとき、雨の降りしきる日だったせいか、生ゴミの腐った臭いが猛烈に漂って、私をそこまで案内したモトバイクの運転手はそれ以上先に進むのを拒絶したほどだった。

仕方がないので、ひとりで歩いてスタンメンチャイのどんどん奥に入っていくと、次に耐えなければならないのは、まるで黒煙のように渦巻くハエの群れだ。

それが顔と言わず、身体と言わず、無数に襲いかかって来て、まとわりつき、這い回って、ぶつかって来る。

そんなハエにたかられ続けながらさらに奥に踏み込んでいくと、目の前に地平線まで広大に続くゴミ処理場が見えてくる。ゴミに埋もれながらゴミの選別作業をしている人々があちこちに見える。

はっとしたのは、その半数が子供だったことだ。

最も貧しい家庭の子供たちが、ここで大人に混じってゴミの選別の仕事をしているのである。もちろん、男の子も女の子も区別はない。

サンダルでたくさんの生ゴミを踏みしめて、彼らは黙々と仕事をしている。

アジアにはそういったゴミ処理の現場で働く子供たちがたくさんいて、大きな社会問題になっている。それは貧困が解消されない限り、解決されることもない。

いつかテレビで見たフィリピンのゴミの山(スモーキー・マウンテン)の映像では何も感じなかったが、実際に目の前でそれを見ると、その広大さや極悪な環境に頭がくらくらするほどの衝撃を受けた。

カンボジアやインドネシアやフィリピンのようなASEAN国家もまた、グローバル経済に組み込まれるようになった。投資資金はどんどん流れ込んで、それぞれの新興国の街の姿を変えている。

しかし、そういった富が底辺の人々にまで降りてくるのは、まだまだずっと先の話だ。もしかしたら、永遠にそういった資金は底辺の人たちに回らないのかもしれない。

だから、彼らの中で最も貧しいものがゴミを漁り、何か金に変えられるものはないかと探している。ハエにまみれ、有毒ガスを吸いながら、そうやって生きている。

行く手を阻むゴミ。足を乗せると、ずぶずぶとゴミに埋もれてハエや蛆が足にまとわりつく。向こう側に広大なゴミの山があるが、私はそれ以上進むことができなかった。
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今もまだ子供たちがゴミの中で選別作業をしている

2018年2月21日のモザンビークの首都マプトで起きたゴミ崩落の事件を見て、私が生々しい気持ちになったのは、私が実際にスタンメンチャイをこの目で見ているからである。

私はここを何度も訪れている。そして、いつも子供たちがゴミの山を這い回っているのを見てきている。

最も弱い立場の人たちは、社会から見捨てられる。そして、彼らは誰もしたくない仕事を押しつけられる。それは世界中どこの国でもそうだ。

貧困まで落ちていったとき、そこから這い上がれなければ、貧困者に与えられる仕事は非常に過酷なものだ。

誰もしたくない仕事と言えば、ゴミの処理や死体の処理や排泄物の処理のようなものである。

悪臭が発生して、汚くて、誰も近寄りたくないと思うものが、社会では大量に発生する。大量に発生するということは、それを処理する仕事が必要だということである。

だから、先進国では行政がそれを担って、きちんとした給料と、きちんとした作業着を支給して、衛生に気を遣いながら仕事をしてもらうことになる。

しかし、それでもそういった仕事のなり手は極端に少ないので、先進国でもそういった仕事を最も立場の弱い人にさせることになっていく。

後進国ではその傾向がさらに鮮明化していて、貧困層か、身分の最も下の階層にやらせることになるのである。

インドでは、そのために身分(カースト)制度を作ったとも言える。(ブラックアジア:今でもインドでは排泄物を集める仕事しか就けない女性がいる

こういった貧困層は教育を受ける道すらも閉ざされているので、コツコツと成り上がっていくということができない。

弱い立場が固定化されて、いつまで経ってもそこから抜け出せない。昔もそうだったし、今もそうだ。そして、それはこれからも続いていく。

貧困者は、貧困から脱せない。だから、カンボジアのスタンメンチャイでは、今もまだ子供たちがゴミに埋もれて選別作業をしている。そして、アフリカもそうだったのだ。

日本も処理できないほどの大量のゴミが発生しているのだが、日本の場合はこうしたゴミを東南アジアや中国に「輸出」して処理を押しつけている現実もある。欧米もゴミを途上国に「輸出」して処理している。

先進国はみんなそうしている。そして、誰もゴミのことなどは考えないで暮らしている。



黒いビニール袋やそのまわりに黒い点々が無数にあるが、すべてハエの群れだ。スタンメンチャイはハエが支配している。

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