「大統領を暗殺するように指示した」フィリピンの政治的対立は激化するばかりだ

「大統領を暗殺するように指示した」フィリピンの政治的対立は激化するばかりだ

サラ・ドゥテルテと、ボンボン・マルコスは最初から相性が悪かった。2024年9月には「大統領とは友人でも何でもない。選挙のときに会っただけだ」と発言しているし、10月には「マルコス政権が自分への攻撃をやめなければ、マルコス氏の父の遺骨を西フィリピン海に投げ捨てる」と脅迫し、「大統領の首をはねることを想像したことがある」とまで述べている。(鈴木傾城)


プロフィール:鈴木傾城(すずき けいせい)

作家、アルファブロガー。著書は『ボトム・オブ・ジャパン』など多数。政治・経済分野を取りあげたブログ「ダークネス」、アジアの闇をテーマにしたブログ「ブラックアジア」を運営、2019、2020、2022年、マネーボイス賞1位。 連絡先 : bllackz@gmail.com

サラ・ドゥテルテ副大統領の衝撃的発言

「大統領を暗殺するように指示した」と副大統領が語る国がある。フィリピンだ。これはフィクションではなく、事実である。

2024年11月23日、フィリピンのサラ・ドゥテルテ副大統領は記者会見の中で、「自身が殺害された場合にマルコス大統領夫妻とロムアルデス下院議長を殺害するよう指示した」と公言した。

サラ氏は会見で「もし私が殺されたら、BBM、リザ・アラネタ、マーティン・ロムアルデスを殺すよう頼んでいる。これは冗談ではない」と述べた。BBMはボンボン・マルコス大統領、リザ・アラネタは大統領夫人、ロムアルデスは大統領のいとこで下院議長を指す。

これを聞いて大統領のボンボン・マルコスも驚愕したのだろう。この発言を受けて、政府は即座に「国家安全保障上の重大事案」として、国軍や警察に警備体制の強化を指示し、国家捜査局が副大統領への捜査を言明した。

会見の背景には、下院が副大統領の首席補佐官を侮辱罪で拘束し、マニラ首都圏の矯正施設に送ったことへの抗議があった。

サラ氏は副大統領府などの機密費の使途に不正があったとして下院に召喚されていたが、出席を拒否。代わりに出席した首席補佐官が虚偽答弁を繰り返したとして身柄を拘束されたのだった。

じつは、サラ・ドゥテルテと、ボンボン・マルコスは最初から相性が悪かった。2024年9月には「大統領とは友人でも何でもない。選挙のときに会っただけだ」と発言しているし、10月には「マルコス政権が自分への攻撃をやめなければ、マルコス氏の父の遺骨を西フィリピン海に投げ捨てる」と脅迫し、「大統領の首をはねることを想像したことがある」とまで述べている。

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両者の仲は修復不可能となった

そもそも、両者は2022年の大統領選挙時で勝利を得るために協力しただけに過ぎない。互いに相手を尊重しているわけでもなかった。果たして、選挙で圧倒的な勝利を収めると、関係はすぐに崩れていった。

マルコス大統領とサラ副大統領は、それぞれが2028年の次期大統領選挙を見据えて主導権争いをするようになったのが亀裂のはじまりだった。

対立が決定的になったのは、マルコス大統領が前政権の政策を大きく転換させたことだ。特に、南シナ海問題とドラッグ対策での方針転換は、ドゥテルテ前大統領の強い反発を招いた。

マルコス大統領は、ドゥテルテ政権が推進した中国寄りの外交政策を修正し、アメリカとの同盟関係を強化した。また、ドゥテルテ政権の象徴的政策であった「ドラッグ戦争」も見直し、人権に配慮したアプローチを採用した。

これらの政策転換は、ドゥテルテ前大統領の遺産を否定するものとして捉え、前大統領本人が、ボンボン・マルコスを公然と批判しはじめた。

2024年1月28日、ロドリゴ・ドゥテルテ前大統領は現マルコス大統領を「ドラッグ中毒者だ。大統領になる前も今も」と罵倒し、「このまま憲法改正に突き進むと、親父と同じ運命をたどることになる」と警告した。

ボンボン・マルコスの父親は、フェルディナンド・マルコス元大統領である。最終的には権力を失い、イメルダ夫人と共に国外追放されるという運命を辿ったのはフィリピン史における大きな出来事だった。

ロドリゴ・ドゥテルテは、その父親と同じ運命になると脅しているのだ。

娘サラ・ドゥテルテも、父親に共鳴するかのようにボンボン・マルコスを激しく批判するようになり、そして出てきたのが「自分が殺されたら大統領を暗殺するように指示した」という発言だったのだ。

もはや、これによって両者の仲は修復不可能となった。

フィリピンの政治はつねに不安定で、これがフィリピンの貧困がいつまでも解消できない理由のひとつになっているのだが、この対立を見ると状況は何も変わらないようにも見える。

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前ドゥテルテ大統領逮捕の可能性

ボンボン・マルコスは、ドゥテルテ家の排除に向けて着々と歩を進めている。

2024年11月、ロドリゴ・ドゥテルテ前大統領が進めた違法薬物の取り締まりで数千人が死亡した問題について、国際刑事裁判所(ICC)に協力する姿勢を示したのもそのひとつだ。

ベルサミン官房長官は「政府は国際逮捕手配書が出れば、応じる必要のある要請だと感じるだろう。その場合、国内の法執行機関は全面的な協力しなければならない」と述べた。要するに、ボンボン・マルコスはICCを使って、ロドリゴ・ドゥテルテを葬り去ろうとしている。

ドゥテルテ元大統領は在任中、激しいドラッグ撲滅作戦を展開し、数千人を法的手続きを経ずに殺害した。この作戦は国際的に批判を浴び、ICCは人道に対する罪の疑いで捜査を開始した。

ロドリゴ・ドゥテルテはICCの捜査開始を受けて、2019年3月にフィリピンのICC脱退を決めている。だがICCは、脱退前に開始された捜査については管轄権を持つとしている。マルコス政権のICC協力姿勢は、ドゥテルテ氏の逮捕と訴追につながる可能性があり、今は瀬戸際のところにある。

ボンボン・マルコスからすると、ICCへの協力姿勢は宿敵であるドゥテルテ家を排除できる上に、国際社会からの信頼回復を図ることもできて一石二鳥なのだ。だが、この動きはドゥテルテ家との対立をさらに深める結果となった。

同時に、マルコス政権は、ドゥテルテ前大統領の有力支持者に対しても圧力をかけはじめている。注目されるのは、新興宗教団体「イエス・キリストの王国」という団体の教祖アポロ・キボロイ氏の逮捕だ。

この教祖は、ドゥテルテ前大統領の選挙キャンペーンで重要な役割を果たした人物だが、FBIからも指名手配されるくらいうさんくさい人物で、若い女性を対象にした性的人身売買組織を運営していたと報道されている。

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フィリピンの政治が不安定化していく

「イエス・キリストの王国」は、特にミンダナオ島を中心に多くの信者を持ち、選挙時にはドゥテルテ家の組織票の源泉となっていた。マルコス政権は、約2,000人の警官をダバオの教団施設に送り込んでアポロ・キボロイを逮捕している。

さらに、マルコス政権は他のドゥテルテ支持者に対しても、さまざまな形で圧力をかけている。たとえば、ドゥテルテ前大統領の側近だった政治家や官僚に対する汚職捜査を開始し、ドゥテルテ政権下で重要な役割を果たしていた軍や警察の幹部の多くを更迭した。

マルコス政権がドゥテルテ陣営の影響力を徹底的に排除しようとしているのが、これで見て取れるはずだ。

だが、この強硬姿勢はリスクも伴う。

ドゥテルテ前大統領は依然として一定の支持を得ており、特にミンダナオ島では強い影響力を持っている。マルコス政権の強硬策は、ドゥテルテ支持者の反発を招き、政治的な分断をさらに深める可能性がある。

ロドリゴ・ドゥテルテ前大統領も、サラ・ドゥテルテ副大統領も、素直に権力の座から降りはずがなく、もしかしたら対立がエスカレートしたら両支持者による武力衝突も起こるかもしれない。

ボンボン・マルコス政権のドゥテルテ排除はあまりにも露骨であり、ドゥテルテ派から見ると、政治的迫害と捉えるだろう。もし、ボンボン・マルコスが少しでも政治的失政を見せると、ドゥテルテ派が新たなピープルパワーを引き起こしかねない。

今後、この対立がどのように展開していくのかは今のところ不明だが、いずれにしてもフィリピンの政治がさらに不安定化していくのは間違いない。今のフィリピンに政治的安定を望むのは、難しそうだ。

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