
私が20代の頃、「これまで仕事はしたことがない」と言ったら「今ならまだ間に合うから仕事を見つけたほうがいい。今仕事を見つけないと、これからどんどんキツくなるよ。履歴書には空白がないほうがいいんだ」と言われたこともあった。私は働いたことがなかったので、そういうのも知らなかった。(鈴木傾城)

プロフィール:鈴木傾城(すずき けいせい)
作家、アルファブロガー。著書は『ボトム・オブ・ジャパン』など多数。経済分野を取りあげたブログ「フルインベスト」、アジアの闇をテーマにしたブログ「ブラックアジア」を運営、2019、2020、2022年、マネーボイス賞1位。連絡先 : bllackz@gmail.com
彼らは「人生」からドロップアウトした
そう言えば、私がタイの歓楽街で出会った男たちの中には、しばらく話を聞くと、仕事を何十回も転々としていると言った男もいた。どんな仕事も長く続いたことがないと彼は言って屈託なく笑っていた。
あまりにも転々とするのでアルバイトばかりなのだが、ある日突然、何の前触れもなく、仕事に行く気がなくなり、無断欠勤したあげくに黙って消えるのだ。そういう辞め方は風俗業界では「飛ぶ」というのだが、いきなり飛んで辞めてしまう。
それで、ふと思い立ってタイにやってきて歓楽街でビールを飲んでいる。
雇っていた側から見ると迷惑な存在だが、彼のように突然こなくなる人間は一定数存在する。非正規雇用の世界では「昨日まで普通に働いていた人が、今日はもう来ない」という事例はよく聞く。
仕事を辞めてどうするのか、明日のことはもちろん何も考えていない。カネが尽きたら日本に戻るのだろうが、日本に戻ってどうするのかもまったく考えていない。
なかなかスリルある生き方だが、そう言えばタイの激安ホテル街ヤワラーでも、明日のことなどまったく何も考えずに流されて生きている人は大勢いた。
私自身も仕事もしないでタイのスラムやら歓楽街に野良犬のように潜んでいたのだから同類と言えば同類だったが、彼らと私の違いは、私自身は「破滅したくない」という気持ちだけは強烈に強かったことだ。
不思議なことに、彼らは「頭の痛いことばっかりですよ」とか言いながら、とくに何をするわけでもなく、のんびり笑ってビールを飲んで、明日のことは本当に何も考えていなかったのだ。
私は「日本社会」からドロップアウトしたが、彼らは「人生」からドロップアウトしたのだと私はあとで気がついた。私はまだ自分の人生に未練があったが、彼らは自分の人生すら投げていた。それが私と彼らの違いだった。
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再就職の場面で厳しく選別される
表社会は人生を投げた人間には非常に厳しいものがある。厳しいというよりも、冷淡というべきかもしれない。いったん、正社員を勝手に辞めた人間は「継続心がない」「根性がない」「協調性がない」みたいに捉えられて、次の就職先が見つからないという話はよく聞く。
再就職の場面で厳しく選別されるのだ。
これは風俗嬢が昼職に戻ろうとしたときにも起こっている。複数の女性からも、それを繰り返し聞いた。履歴書に空白や転職の痕跡があると警戒される。空白が長ければ長いほど、転職回数が多ければ多いほど評価が急激に下がる。
履歴書を出しても、面接さえ通らないこともあるという。
企業は長期的に働く人材を求めるため、途中離脱の痕跡がある応募者を避けるのだ。個人の能力以前に、過去の行動パターンをみて「また仕事を投げ出すのではないか」と考えて雇うのをやめる。
私が20代の頃、「これまで仕事はしたことがない」と言ったら「今ならまだ間に合うから仕事を見つけたほうがいい。今仕事を見つけないと、これからどんどんキツくなるよ。履歴書には空白がないほうがいいんだ」と言われたこともあった。
私は履歴書を書いたことも会社に面接にいったこともなかったので、履歴書の空白や転職回数が仕事を決めるのに障害になるというのを知らなかった。それを聞いたときはずいぶん驚いたのだった。
そのときは、目の前の人間が有能だったら過去がどうであれ採用されるものだと思い込んでいた。世間知らずだった。バブルが崩壊してから私の資産も減る一方だったのが1990年代だったのだが、そのときは「いずれ私も就職しないといけない身になるのだろうか……」と憂鬱だった。
だが、完全に職歴が空白の履歴書を持っていって「何をしていましたか?」と言われて「タイの歓楽街をぶらぶらして生きていました」で絶対に採用されないだろうというのは感じていた。
たしかに、そうだろう。そんな男を採用する会社なんかあるはずがない。
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先のことを考えるのを意図的にやめていた
そういうわけで、ある日突然仕事を辞めてタイにきて、乏しいカネでビールを飲んでいる男たちを見て、私は彼らの人生に自分の人生を重ねてかなりの危機感を感じたのだが、本当に彼らは先のことは考えていなかった。
先のことを考えるのを意図的にやめていた。
白人(ファラン)でも歓楽街で所持金も貯金もすべて使い果たして、ホームレスになっているような男たちが大勢いた。あるいは、カネがなくなってホテルの上階から飛び降りて死ぬ男もいた。ブラックアジアではそういう男たちの記事が山ほどある。
たしかに、まったく先の計画もないまま生きて、カネが尽きたら困窮してしまうのは当然の話だ。ヤワラーの男たちの中にも、私にカネを借りて翌日黙ってチェックアウトして消えていく男もいたが、先のことを考えないまま困窮すると、そういうことになってしまう。
彼らは、住み込みのトラックの運転手、住み込みのタクシーの運転手、住み込みのパチンコ店店員、住み込みの土方、住み込みの季節労働者、住み込みの風俗店の店員などの仕事をして、カネが貯まるとまたタイに戻るような生活をしていた。
だが、全員が戻ってこられるわけではなく、そういう生活が回らなくなって日本で困窮してしまう男も多かったのだと思われる。
彼らの生活が回らなくなる理由は、どう考えても収入と支出のバランスが極端に短期的であるからだ。住み込みの仕事は当座の生活費がかからず、一時的にはまとまったカネが残る。だが、契約が切れれば収入はゼロに戻り、次の仕事を探すまでの空白期間がかならず発生する。
さらに体力を使う仕事が多いため、ケガや病気で働けなくなれば収入は完全に途絶える。これが生活の生死を左右するほど大きなリスクになる。
もともと彼らは先のことは考えない気質なのだ。この期間の生活費を見込んで貯金を管理している者は少ないので、気づけばカネが底をつくことになる。
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「下手を打つといつでも破滅する」
年齢がいけばいくほど仕事は見つけにくくなる。では長期の仕事をと思っても、履歴書があまりにも転職ばかりだと、まともな企業は採用してくれない。かくして彼らは日本で困窮して、「カネが貯まったらまた東南アジアにでも」と思っても東南アジアにたどり着くことさえできなくなる。
それを無理して東南アジアに向かうと、今度は現地で困窮する。以前、フィリピンで困窮してホームレスに陥り、現地の人たちに助けられて何とか暮らしている「困窮邦人」が問題になったことがあった。そういう人たちは、タイにも、カンボジアにも、ラオスにも、大勢いるのが実情だ。
私も一歩間違えればそういうことになりかねなかった。
私が生き残れたのは、もともと「破滅したくない」という危機感が強かったのが効いている。歓楽街にいると、湯水のごとくカネが飛んでいく。そこで生き残るためには、嫌でも朝から晩まで「カネをどうするか」を考えるしかなかった。
あげくの果てに、東南アジアの女たちにも「No Money, No Honey(カネの切れ目が縁の切れ目)」を骨の髄まで叩き込まれた。カネがなければ歓楽街から放り出される。
表社会の人たちは民主主義の世界に生きているのだろうが、アンダーグラウンドの世界は資本主義だった。かくして私は、東南アジアの女たちしか関心がないのに、しかたがなく資本主義者になった。
資本主義者にならないと、東南アジアの歓楽街から追い出されだけでなく、困窮邦人のひとりになってしまうのだから切実だったとも言える。
私の場合は、つねに「このままでは破滅する」という危機感がいつも気持ちの裏側について回っていた。だから歓楽街で札びらを切ってカネをばらまいている男たちの仲間入りをすることもない。
今では運よく一生ぶらぶらできるくらいの資産があるのだが、やはり「下手を打つといつでも破滅する」という危機感があるので、贅沢しようとか、使えるだけ使おうとか、誰かに貢ごうとか、そういう気持ちはまったく起きない。
私は一生「破滅するかもしれない」という危機感と共に生きていくのだろうか? どうやら、そうなのかもしれない。







コメント
極端に臆病なので、心を殺してでも明日の食住を確保することは最優先してきました。
一方世間の良識や倫理に服従するつもりはまったくなかったので、踏み出したらアウト!なラインを常に認識しつつ、向こう側に堕ちないようギリギリのところで踏みとどまれたかと思います。今は失ったら困る社会的な立場がなくなったので、緊張感が解けて楽に生きられています。まあ、もうアブないことをする体力も気力もそんなにないので、ニュースの事件欄に顔写真が晒されない程度に余生を送ろうかと思っています。
職歴に空白があっても、「前年度の試験に落ちたから」で公務員試験と教職員採用試験は問題がなかった。こういうのが知れ渡ったのも2chあたりから
今でも高学歴ニートなら30歳までに受かれば表舞台に戻れる。ただ30歳になっても公務員試験に合格できずに発狂してしまう人も見受けられた。
ただスワイパーから表社会に戻ったところで、表舞台の人間が費やす「車とマイホームと子どもの教育」に全く興味が持てず、ブラックアジアの世界が好きで堪らんのです