
誰でも常に正しい判断ができるわけではない。人は誰でも常に「毎日」何かを間違えたりしている。なぜなら、誰でも正しい判断を阻む要因を持っているからだ。客観的に見るとわかるのに、本人だけ正しい判断が見えなくなる。もっとも根本的なものは「自己中心的な性格」かもしれない。
プロフィール:鈴木傾城(すずき けいせい)
作家、アルファブロガー。著書は『ボトム・オブ・ジャパン』など多数。政治・経済分野を取りあげたブログ「ダークネス」、アジアの闇をテーマにしたブログ「ブラックアジア」を運営、2019、2020、2022年、マネーボイス賞1位。 連絡先 : bllackz@gmail.com
判断を誤った末に破滅に至るのは珍しくない
日々の小さな選択から、人生を左右する重大な決断まで、人はつねに判断を迫られている。判断を誤れば、状況は急速に悪化する。世の中を渡っていくためには、正しい判断が欠かせない。
だが、人は往々にして判断を間違える。しかも、その影響は短期間で回復できるものとは限らない。誤った判断の連鎖は、経済的破綻や人間関係の崩壊、健康の喪失など、人生の基盤を揺るがす事態に直結する。
実際に、判断を誤った末に破滅に至った例は少なくない。
10代〜20代で、大金が欲しいからと高収入を謳った闇バイトに応募して15年以上の実刑判決を食らう若者もいる。あるいは、他よりも高給だと思って就職した企業がブラック企業で、心身が完全に壊れるまで酷使されて鬱病や過労死してしまう若者もいる。
女性であれば、何気なくホストクラブに誘われて、気づけば数十万から百数万のツケ(売掛)を背負わされて、ソープランドに売り飛ばされた女性もいる。あるいは、自分の年齢も年齢なので、違和感を覚えつつ婚活で知り合った相手と早急に結婚したら、ろくでもない男であったということもある。
30代以降でも、高利回りをうたう未公開株や仮想通貨プロジェクトに資金を投入して貯金を吹き飛ばしたとか、ギャンブルにハマったとか、水商売や風俗の女性にのめり込んだとか、そういうので人生を破綻させる男も数限りなくいる。
人間関係でも判断の誤りは深刻な結果をもたらす。信頼すべきではない相手に心を許し、ビジネスや金銭のやり取りを重ねた結果、裏切られて損失をこうむる例がある。
あるいは、短絡的な感情に任せて対立を激化させ、重要な人脈や協力者を失うこともある。冷静な状況把握を欠いた判断は、人間関係を修復不可能なほど損なう。
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すべて「自分が、自分が、自分が」の人間
誰でも常に正しい判断ができるわけではない。人は誰でも常に「毎日」何かを間違えたりしている。なぜなら、誰でも正しい判断を阻む要因を持っているからだ。客観的に見るとわかるのに、本人だけ「正しい判断」が見えなくなる。
その中で、もっとも根本的なものは「自己中心的な性格」かもしれない。
これは、自分の利益や感情を優先し過ぎ、客観的な視点を欠いた状態を指す。自己中心的な人は、自分の置かれた立場や希望を基準に物事を評価するため、情報の取捨選択そのものが偏る。
とにかく、すべて「自分が、自分が、自分が」なのだ。結果として、現実の全体像を把握できず、判断はつねにゆがむ。
自己中心的な思考の典型は、「自分が得をするかどうか」だけで判断する行動である。その結果、短期的には自分に有利に見える選択を繰り返し、それが通る。だが、自己中心的な欲望は、事実認識そのものをねじ曲げる。
自分が最大限の利益を得たい、自分が楽をしたい、自分が認められたいという感情が最優先となるので、自分にとって都合の良い情報だけを重視し、不都合な情報を無視する傾向が顕著になる。
日常生活でもこの影響は現れる。家庭内での問題解決において、自分の苦労や不満ばかりを強調し、相手の立場や感情を理解しようとしない。これにより、建設的な解決策を見いだせず、対立は深まる一方となる。
相手の事情を受け止めることなく、自分の都合を正当化し続ける限り、問題は解決に向かわない。さらに、自己中心的な人は「自分の判断は正しい」という確信が強まりやすい。外部からの指摘や反対意見に耳を貸さない。
こうした自己中心な性格は、本人にとっては気づきにくい。自分が「自分のことを第一に考える」のは当然だという感覚があり、その視点の狭さが判断を狂わせていることを自覚できないからだ。
しかも、自分に都合の悪い結果が出ても、その原因を外部に求めてしまう傾向が強い。この時点で正しい判断は不可能になっていく。
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「思い上がり」と「責任転嫁」
自己中心な性格は往々にして、「思い上がり」と「責任転嫁」が同時について回る。
思い上がりは、自分の能力や判断力を過信し、現実を正確に見なくなる状態である。その思い上がりの判断で勝手にやったことでも、失敗したらその結果を外部の要因や他人のせいにする。
これが自己中心な性格の人間が引き起こす「思い上がり」と「責任転嫁」だ。この二つはしばしば同時に現れ、判断を硬直化させる。
思い上がりは情報の受け取り方そのものをゆがめる。自分の判断はつねに正しいと思い込むので、反対意見や批判を事実として受け止められない。周囲が警告しても、それを無視して自分の計画を押し通す。
失敗したら、責任転嫁がはじまる。自分が悪くても、とにかく他者のせいにする。自分の失敗を他人のせいにする人は、ビジネスでも日常生活でもその姿勢を貫く。結局は、それが衝突と対立を引き起こす。
「思い上がり」と「責任転嫁」は相互に補強し合う。
間違っていても自分が正しいと思い込んで進む。失敗する。だが、自分の判断が間違っていたと認めたくないため、失敗の原因を外部に押し付ける。そして、外部要因のせいにすることで「自分は正しい」という思い上がりを維持する。
歴史的な事例にも、この構造は見られる。戦略判断を誤った指導者が敗北後も自分の過ちを認めず、部下や国民を責め続けた結果、組織や国家全体を崩壊させた例は数多い。現代の組織や企業でも同様で、トップがこの状態に陥ると、組織は硬直化し、変化に対応できず衰退する。
責任転嫁と思い上がりが厄介なのは、本人がそれを「欠点」だと認識していない点にある。むしろ、自分の姿勢を正当化し、正しい判断を妨げる要因だと気づかないまま行動し続ける。
この状態では、外部からの助言や警告はほとんど効果を持たない。やがて、環境の変化や予測外の事態が訪れたとき、その硬直した判断は致命的な失敗を招くことになる。
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アメリカは本当に大丈夫なのだろうか?
アメリカの現大統領の言動や政治姿勢には、深刻な懸念が存在する。まず顕著なのは、極端な自己中心性である。あらゆる場面で「自分が、自分が」という姿勢を隠さず、政策や発言の基準もつねに自己の利益や評価に直結している。
その結果、国益や国民全体の利益よりも、自己の政治的立場を守るための判断が優先される傾向が強い。このような態度は、健全な民主政治の運営においてきわめて危ういものに見える。
政治手法にも強引さが目立つ。反対意見や批判を排除し、強権的に政策を押し通そうとする傾向は、議会や司法との健全な権力バランスを崩す恐れがある。
政策の形成過程では十分な議論や検証が軽視され、短期的な政治的成果を優先する場面が多い。このようなやり方は、国内の分断をさらに深め、合意形成の基盤を弱体化させる。
特に外交や安全保障の分野では、この強引さが国際的な信頼を損ない、予測不能な摩擦を生じさせる危険がある。
現大統領の発言の端々に見られる「思い上がり」もまた大きな問題だ。自らの判断や行動はつねに正しいと信じ、周囲の助言や批判に耳を貸さない姿勢は、誤りの修正を著しく困難にする。
成功体験や一時的な支持率上昇が過信を助長し、現実の変化や新たな事実を軽視する傾向を強めている。こうした態度は、政策の柔軟性を失わせ、誤った方向への突き進みを止められない状況を生む。
「責任転嫁」の習慣も顕著である。政策の失敗や不都合な結果が生じても、自らの判断の誤りを認めず、他者や外部要因に責任を押しつける。
この構造は、自らの政治手法を検証・改善する契機を奪い、同じ失敗を繰り返す原因となる。加えて、責任を回避するために事実をゆがめたり、過剰な敵対構造を作り出すことで、国民を分断させる手法が見られる。
こうした政治姿勢は、国内にとどまらず国際社会にも不安定さをもたしつつある。
アメリカは依然として世界最大の経済・軍事大国であり、その指導者の判断は同盟国や国際秩序全体に大きな影響を及ぼす。自己中心的で強引な外交、責任を他国に押しつける発言、国際合意の軽視は、世界的な緊張の火種となる。
アメリカの現大統領は正常な判断ができているのだろうか? アメリカは本当に大丈夫なのだろうか? この点を私は非常に懸念している。




コメント
米国が没落する時は他の国との争いに敗れて没落するのではなく、自らの過ちによって没落するみたいなのを何かの本で読んだ気がします。
今の状況を見ているとほんとその通りだなって気がします。
早くあのいかれた大統領が変わることを祈っていますが、現副大統領もアレそうなので今の共和党には期待できないか。
でも民主党もイマイチそうですね。米国がここまで人材不足になるとは思わなかった。