野良犬が放置されているインド。世界の狂犬病死者の約36%はインドで発生している

世界の狂犬病死者の約36%はインドで発生している。その中でもナグプルは非常に咬傷事件が多く、野良犬による咬傷事件が年間8,000件以上も発生していた。つまり、街中が野良犬だらけで、その野良犬が徒党を組んで走り回っているような状態なのだ。野良犬が徘徊する光景は日本では絶対にない光景だ。(鈴木傾城)


プロフィール:鈴木傾城(すずき けいせい)

作家、アルファブロガー。著書は『ボトム・オブ・ジャパン』など多数。政治・経済分野を取りあげたブログ「ダークネス」、アジアの闇をテーマにしたブログ「ブラックアジア」を運営、2019、2020、2022年、マネーボイス賞1位。 連絡先 : bllackz@gmail.com

野良犬による咬傷事件が年間8,000件以上

2025年7月8日、インド西部マハーラーシュトラ州ナグプル市で、12歳の少年が命を落とした事件があった。野良犬絡みの事件なのだが、場所は市内のまだ一部が未完成の集団住宅建築物だった。

少年は友人と共にビル内の階段付近5階で遊んでいたが、そこへ野良犬が現れ、吠え立てながら接近してきた。犬は牙をむき、追い立てるように階段を駆け上がってきたという。

少年は恐怖のあまり逃げ出し、6階付近まで駆け上がったが、その際にバランスを崩し、階段の踊り場から転落した。地面に叩きつけられた少年はその場で意識を失い、病院に搬送されたが死亡が確認された。

この事故の異様さは、野良犬が6階まで入り込んでいたという事実だ。たぶん、日本だったらありえない事件だっただろう。一部が未完成の建物に子供が遊んでいるというのも異様だし、そこに野良犬が現れるというのも異様だ。

このビルはフェンスや門扉などの管理設備が十分ではなく、建物の共用部は常に開放されており、野良犬が自由に階段を上り下りできる状態だった。

現場近くに住む住民は、以前からこのビル周辺で複数の野良犬が群れを作って生活していると証言している。犬は敷地内を頻繁に徘徊し、駐車場や通路、ときには建物内にも入り込んでいたのだった。

実は、ナグプルでは野良犬による咬傷事件が年間8,000件以上発生している場所だった。つまり、街中が野良犬だらけで、その野良犬が徒党を組んで走り回っているような状態なのだ。

日本では、野良犬が近所をうろついているような光景は田舎でも見ないが、東南アジアや南アジア、あるいは途上国では野良犬が街をさまよい歩いている姿は当たり前のように見る。

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狂犬病は発症すれば致死率100%の感染症

それにしても、一日平均24件も野良犬に噛まれるような事件が起きているのだから、ナグプルの野良犬の放置は異常なレベルともいえる。ナグプル市内には推定で数万頭規模の野良犬が生息している。

咬傷の被害者は子供から高齢者まで幅広く、特に10歳以下の子供が多く含まれている。市内の一部地域では、通学路や遊び場に野良犬が常駐しており、登下校の時間帯に咬傷が集中する傾向がある。

咬傷の被害は単に外傷にとどまらない。インドは世界でもっとも狂犬病による死亡者が多い国であり、世界の狂犬病死者の約36%がインドで発生しているとされる。言うまでもないが、狂犬病は発症すれば致死率100%の感染症である。

狂犬病ワクチンの接種体制が都市部では比較的整っているものの、医療機関へのアクセスが遅れれば予防が間に合わない事態も発生する。ナグプルでも過去にワクチン接種が遅れたことによる死亡例が報告されている。

市は正確な個体数調査を実施していないが、住民からの通報件数と咬傷報告の増加は、野良犬が年々増えていることを裏付けている。犬の繁殖は年間を通しておこなわれ、避妊や去勢手術が行き届かないため、子犬が次々と生まれている。

結果として、群れを形成して行動する犬が増え、行動範囲も広がっている。

さらに、ナグプルの犬咬傷データには通報されていない事例が相当数存在している。軽傷で済んだ場合や、医療機関を受診せずに家庭で処置した場合は統計に反映されない。したがって、実際の咬傷件数は公表数字よりも多いと断定できる。

野良犬は処分しないのか? 実は、インドの法律では、犬の殺処分は原則禁止されており、野良犬対策は避妊・去勢手術とワクチン接種を中心に進めることが義務付けられている。

しかし、ナグプルではこれらの作業が年間の必要件数にまったく届いていない。その結果、ナグプルではインドでもっとも犬に噛まれるリスクが高い地域となってしまっているのだった。

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野良犬の殺処分は原則禁止となったインド

日本では、犬や猫の殺処分は禁止しろという運動が起きているのだが、インドは1990年代以降に導入された「動物出生抑制(ABC)ルール」と呼ばれる制度で野良犬の殺処分は原則禁止とされた。

代わりに避妊・去勢手術と狂犬病ワクチン接種をおこなったうえで元の場所に戻すことが定められている。つまり、捕獲して殺処分するという方法は法的に許されない。

この方針は動物愛護団体の強い要望を背景に成立したものであり、人道的な面では評価されている。

ところが、現実には必要とされる規模での避妊・去勢手術がおこなわれておらず、「殺処分禁止」の部分だけ守られて、このような惨状になってしまったのだった。

インドの行政のいい加減さは誰もが知っているのだが、それに合わせて市当局の動物管理部門は人員も予算も不足しており、広範囲にわたる市街地全体をカバーするだけの捕獲チームを常時運用できないという。

ナグプルのように人口が急増し、都市の拡大が続く地域では、新たに造成された住宅地や未開発の空き地が犬の生息場所となりやすい。そうした地域は捕獲や手術の対象から外れやすく、犬の繁殖拠点が広がってしまう。

ちなみに、多くの市民は犬による危険を認識していながら、一方で犬に餌を与える行為を日常的におこなっている。餌やりは善意に基づく行動として容認されがちで、法的規制もほとんどない。

このため、犬は人間の生活圏内に定着し、繁殖や群れ形成を続ける。行政はこうした市民行動に対して制限をかけることを避ける傾向があり、問題の根本的解決を遠ざけている。

結局のところ、ナグプルにおける野良犬問題は、動物保護を重視する法律、予算と人員の不足、都市の拡大、住民の生活習慣が複雑に絡み合い、解決策を阻んでいる。結果として、犬の数は減らず、被害は増え続けている。

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日本も、1950年代まで狂犬病の発生国だった

かつての日本にも、都市や農村を問わず野良犬が日常的にうろつく時代があった。戦後から高度経済成長期にかけては、放し飼いが一般的であり、飼い主のいない犬や飼育放棄された犬が繁殖し、市街地や通学路に出没する光景は珍しくなかったのだ。

特に昭和30〜40年代には、野良犬が群れを作って行動し、子供や高齢者を襲う事件がたびたび発生していた。犬による咬傷は深刻な外傷をもたらすだけでなく、狂犬病という致死率100%の感染症の脅威とも直結していた。

日本も、1950年代まで狂犬病の発生国だった。

狂犬病ウイルスは感染後に発症すれば治療法がなく、当時は咬傷を受けた者が命を落とす事例が報告されている。このため、自治体は野良犬の捕獲と狂犬病予防注射の徹底を進めた。

1950年に制定された狂犬病予防法により、犬の登録と年1回の予防接種が義務化され、同時に放し飼い禁止や捕獲強化がおこなわれた。こうした施策の結果、1957年を最後に国内での狂犬病発生は確認されていない。

野良犬は単に感染症の危険をもたらすだけではない。群れを形成すると警戒心が強まり、人間を威嚇したり追いかけたりする行動が顕著になる。特に子供は体格差や対応能力の低さから標的になりやすく、転倒や二次的な事故による負傷も多かった。

現代日本では、野良犬の姿を都市部で目にすることはほぼなくなったが、それは長年にわたる法制度の整備、捕獲・収容・譲渡活動、そして飼育者の意識向上による成果である。

今、日本人は身のまわりに野良犬がいないのが当たり前だと思っているのだが、その当たり前は「放し飼いにしない」「野良犬はすみやかに捕獲する」「殺処分する」というルールによって成り立っている。

ルールが守られなければどうなるのかは、インドの状況を見ればわかる。

インドは野良犬や狂犬病を駆逐できるだろうか? ちなみに私は子供の頃、近所の犬を棒で殴って噛まれたことがある。その噛み跡は今も私の左太股に残っている。懐かしい想い出だ。

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コメント

  1. 鈴蘭 より:

    インドは女性に対する暴力だけでなく、野良犬の放置も深刻な社会問題なのですか…。
    確かに昨年のインド旅行ではいたるところに野良犬がいましたね…。人を襲いそうな感じはしなかったですが。

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