バイオレンス。カンボジアに渦巻く暴力の裏に何があるのか

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閲覧注意
夜の売春地帯に行けば、カンボジアには暴力が剥き出しのまま転がっていることがよく分かる。

たとえば、70ストリートで、銃を持った兵士複数が酔っ払って若いベトナム女性を取り囲み、小突いているのを見たことがある。

誰が彼女を助けられるというのだろう。仲裁に入ろうと思っても、酔っ払った兵士たちは銃を持っている。その銃はこけおどしではなく、本物だ。兵士は気が向くままそれを連射することができる。

売春宿に手榴弾

夜総会にやってくる着飾った男たちは、上階に上がる前に簡単な身体検査を受ける。若い男たちの懐から出てくるのは、もちろん実弾の入った拳銃だ。

ある夜、ニャックポンで案内係をしているトンという男は、”Look this.”(ほら、見ろよ)と机の引き出しを開けて見せてくれたことがあった。

引き出しの中には、客から預かった大小様々な拳銃が並べられていた。

最近はぐっと数は減ったが、以前は3日に一度は銃声が単発的に鳴っていた。日本の酔っ払いは街で大声を張り上げるが、こちらの酔っ払いは銃をぶっ放す。

売春宿には手榴弾が投げ込まれ、ひったくりはリンチによって殺されるのがカンボジアという国の現状なのだ。

ある日、モトバイクのうしろに乗って70ストリートに行くと、入口近くの北側のバラック小屋に人だかりがしているのが見えた。

何かの拍子で建物が崩れたのかと思いつつ、あまり気にも留めないでさらに奥へと向かって行ったのだが、後で女性に聞いたら、あれは手榴弾が投げ込まれたのだと教えてくれた。

運が悪ければ、いつ巻き添えになってもおかしくない。

長い戦争がこの国の国民に生死の感覚を麻痺させたのか、暴力はプノンペンでは日常茶飯事だ。国が落ち着いてくると、もちろん暴力沙汰も減ってくる。

しかし、それでも今の経済状態が続き、腐敗がまかり通る社会では、日本並みに平和になることなど決して有り得ない。

政治家・官僚というギャング

カンボジアでシアヌーク国王の実権が年齢と共に徐々に低下している。そして後に続くはずのラナリット殿下にはシアヌークほどのカリスマも指導力もない。

1980年代から20年の年月を通し、紆余曲折を経て実権を握ったのは、かつてのエスタブリッシュメントである国王一族ではなかった。

激動のカンボジアを生き延びるためにクメール・ルージュの兵士をしていた過去を持つ農民出身のフン・センだった。

長らく敵対してきたクメール・ルージュの自壊によって、フン・セン首相の独裁は決定的なものとなった。ラナリット殿下の巻き返しさえ気をつけていれば、フン・センには「向かうところ敵なし」の状態が続く。

そして、アメリカに留学させて軍人としての素質を磨かせている息子に後を継がせれば、カンボジアに「フン・セン帝国」が出現するというわけだ。

カンボジアでは報道規制が敷かれている。

シアヌーク国王のプライパシーを暴くのは許されていないが、フン・セン首相の身辺をニュースにすることも禁止されている。

したがって、フン・センによるキナ臭いライバルつぶしは一切報道されることはない。

つまり、フン・セン派がライバル議員の支援者の集会に手榴弾を投げ込んだり、銃で撃ったりしている事実は、正面切って報道できないことを意味している。報道したとしても回収命令が待っているだけだ。

権力者の素行はチェックされず、一族の腐敗は闇の中で巨大に膨れ上がっていく。

現在のカンボジアにはクメール・ルージュという直接的な暴力主義者が消えて、政治家・官僚というギャングが闇に徘徊するようになった。

ピセット・ピリカ殺人事件

ベスト・ウェスタン・カンジー・ホテルで欧州系の白人女性7人が保護された事件があった。

このホテルで売春を強要されていたのである。彼女たちを抱いていたのは、フン・セン首相とつながる政府高官だった。

しかし、拉致された女性を買春した政府高官が逮捕されることはない。タブーだからである。ホテルのオーナーであるリチャード・チュンですら逮捕されない現実がここにある。

厄介な国際問題になりそうなこの問題にフン・セン首相は一切関知しなかった。

結局、次から次へと起こる新たな事件に埋もれ、この事件はうやむやになった。放っておけばうやむやになるのだとフン・セン首相は知っていたのだろう。

うやむやにしてしまうのは、フン・センがよく取る手法だ。

ポルポト派の裁判にしても、これが追求されれば自身にも火の粉が飛んでくるのは明らかなので、何年も先延ばししようとしている。

イエン・サリやキュー・サンパンが死ぬのを待ち、そのまま歴史の闇に葬り去るつもりなのだろうか。

実はフン・セン自身が関わった女性問題の事件があったのだが、こちらも放っているうちにうやむやになった。フン・セン・ファミリーが関わった事件、それは女優ピリカの射殺事件である。

1999年7月7日、カンボジアで有名な女優だったピセット・ピリカが背後から何者かに撃たれて重体になり、5日後に命を落とした。

問題はピセット・ピリカが、実はフン・センの愛人だったことである。ジャーナリストにとっては格好のネタであるには違いないのだが、そのうちに不穏な噂がカンボジアに漂った。

実行犯の裏にはフン・センの妻であるブン・ラニーが関わっているという噂である。夫の愛人に嫉妬した妻が背後にいるとすれば、フン・センは自分の妻を逮捕しなければならない異常事態へと発展する。

しかし結局、この事件もうやむやのうちに処理された。実行犯は捕まらず、ブン・ラニーもまったく追求されることはなかった。

カラオケ女優タット・マリナ

政府高官の妻による事件と言えば、夫の愛人にアシッド(硝酸)をかけて殺そうとした残虐非道な事件があった。硫酸をかけられたのは16歳のカラオケ女優タット・マリナである。

自分の家族を養うため、働きながら一生懸命に歌のレッスンを受けていたタット・マリナが、やがてつかんだ成功への道標がカラオケビデオ女優だった。

カンボジアでは夜になると小さなテレビでカラオケの画像が流されて、歌の内容に合わせて美しい女性たちが物憂い表情をしたり、歓喜に身を震わせたりしている。彼女はそこで演技をすることによって有名になった。


<<<まだ美しかった頃のタット・マリナ。そのタット・マリナを見初(みそ)めたのが、ある大臣事務次官議員だった。>>>

彼には妻がいたが、タット・マリナを無理やり自分の愛人にしたのである。男に妻がいることを知っていた彼女は、彼に対しては興味を持てなかったと言う。

しかし家族のために、16歳の娘は大臣事務次官議員の愛人になる決意をした。彼は非常に彼女を愛し、徐々に彼女も彼を愛するようになった。しかし、彼女の選択は残酷な結末で終わった。

ある日、彼女が姪と一緒にプノンペンのオリンピック・マーケット近くにあるカラオケビデオ店「リナ」で食事を取っているときのことだ。

突然、5、6人の男がなだれ込んで来て、彼女の髪を引っつかんで引き摺り回し、殴る蹴るの暴行を加え始めた。

男の突き上げる膝頭が彼女の胸を直撃し、彼女はうつ伏せに倒れて気を失った。男のひとりは車に戻り、硝酸の入ったビンを持ち出した。

それから車の中で待機していたひとりの女性が出てきた。彼女は気絶したタット・マリナの頭を蹴り、男が手にしていた大量の硝酸をタット・マリナに注ぎ始めたのである。

後に、その女性こそ大臣事務次官議員の妻カウン・サファルだったと判明した。嫉妬に狂った女が、夫の新しい愛人をめちゃくちゃにしようと自ら手を下したわけである。

硝酸はタット・マリナの美しい髪を焼き、整った顔面を焼き、皮膚を溶かした。

2リットルの硝酸が、彼女の上半身を舐め尽くしてしまった。皮膚が焼き焦げる苦痛に気絶から覚め、彼女は絶叫を上げて苦悶した。そんな姿を見て、暴漢たちは逃走した。

わたしはあの時に死ぬべきでした

この凄まじい凶悪な事態にどう対処していいのか分からず、まわりの人々は呆然と苦しみのた打ち回る彼女を為す術もなく見ていたようだ。硝酸のかけられた箇所は、最初は白くなり、それから赤く膨れ上がったという。

後にインタビューを受けた彼女は、泣きながらこう言った。「わたしはあの時に死ぬべきでした」

しかし、彼女は奇跡的に一命を取りとめた。彼女の激しく深い火傷は、第3度レベルのものである。つまり、皮膚層のすべてが損壊してしまったのだ。

身体の50パーセントが損壊すると人間は死んでしまう。彼女の場合、43パーセントが損壊しており、もう少しで死んでしまうところだった。

一年経った現在、彼女はベトナムの病院に収容され、いまだに個室で集中治療を受けている。

彼女の頭・ 首・ 後部・ 胸、 および手首は硝酸によって、ほとんど回復不可能な損傷を受けてしまった。


<<<激しく損傷を受けたタット・マリナの患部。耳朶は手術によって切除され、唇は膨らんだままにされている。鼻孔は閉じてしまわないようにプラスチックのチューブが挿入された。 >>>

いまだにタット・マリナは焼けた皮膚の苦痛にうめき、カンボジアの暴力にとめどもない涙を流している。

彼女に硝酸をかけて人生をボロボロにした男たちは、カウン・サファルのボディーガードだった。彼らはカウン・サファルと共に行方をくらまし、いまだカンボジアの闇に潜んでいる。

なぜ、カウン・サファルは捕まらないのだろうか。警察の怠慢だという前に、権力者のファミリーだからだと大方のカンボジア人は思っている。もしかしたら、そうなのかもしれない。

プノンペンを徘徊する最悪のギャング集団

「政治家のファミリーだから逮捕されないのだ」という意見は、実はかなり説得力がある。

23歳の若者がカラオケ屋で酔っ払い、警察官に発砲して取り押さえられた事件があった。彼は何ヶ月もしない間にシャバに戻り、酒と女の生活に戻った。

なぜ、彼は警官に向けて発砲したにもかかわらず、そんなに軽い罪ですんだのだろうか。

彼の名前はフン・チア。彼の叔父の名前はフン・セン。彼は、時の首相の甥だったのである。

別の真夜中、ナイトクラブで大暴れして銃を発砲した男がいた。彼もまた無罪だった。

彼の名はニュム・ピセイ。彼の叔父の名前はフン・センである。彼もまた時の首相の甥で、先のフン・チアは兄だった。

彼らは現在のプノンペンを徘徊する最悪のギャング集団だ。彼らが誰かを知っているカンボジア人やベトナム人は、その姿を見たとたんに青ざめて逃げていくと言われている。

彼らの暴走をとめることのできる者は誰もいない。

警察でさえ、若いギャング集団のバックに控えているフン・セン首相の影に縛られて、多少のことは見て見ぬ振りをしている。

そして、再び別の事件が起きた。もうひとりの兄弟ニュム・バウ率いるギャング集団が真夜中のディスコで三人の日本人に喧嘩を売った。

そして、そのうちのふたりは、割ったコーラのビンで腹部を何度も刺されている。被害に遭ったふたりの日本人は重体で、バンコクの病院に運ばれた。

事件の現場はホリデーだ。スワイパーの娘たちに、「どこに遊びに行きたい?」と聞くと、大抵、「ホリデーに行きたい」と答える。

カンボジアにありながらカンボジアではないような高級な雰囲気を漂わせた高級ディスコ「ホリデー」は、貧しい女たちの憧れの的である。

金のうなるところにギャングも女も集まり、まわりに男たちが取り巻き、一種の興奮状態が生まれる。

日本人が刺されたところで、客足が鈍るようなことがあるはずもなく、翌日は何事もなかったかのように、この高級ディスコで男女が踊り狂っていた。

大音響で人々の脳裏から暴力の記憶は拭い去られてしまうのだろうか。

この記事は、書籍版「ブラックアジア」にも収録されています。この本は、売春地帯をさまよい歩いていた日々のことを記した書籍です。まだ手にしていない方は、どうぞアマゾンよりお買い求め下さい。画像をクリックすれば、アマゾンの購入画面に飛びます。

【カンボジア】


2012-01-01 09:31:24 5w1772tsu
バイオレンスは確かプノンペンで読ませてもらいました。これを読んで、考えることしばし、これがやはりカンボジアの実態なのかと思うとがっかりするのと、権力に対する反感情が湧いてきます。

この国に未来は無いなあと思う反面、やはり権力なのかと思うし、確かに置屋では確立した上下関係があるなあと感じ取ることが多かったと回顧しました。

そういう自分は反感情を出しながら、反面権力志向でもあります。そういう自分がイヤになることも多いですが、本音なのです。

2012-01-01 23:31:27 t0a2u272s7
内戦経験者が大多数を占めるカンボジアにおいて、命のやりとりが
有る意味「常識化」している事を示すと言えそうですね。

ニュースでもプノンペン=シェムリアップ間の定期船経営者が人命を軽視していると指摘してますし。(あらかさまな定員オーバーでの運行が常態化しているそうで。)そういった社会では、こういった殺人事件が起こっても世論の盛り上がりにイマイチ欠けるという事は必ずしも不思議な事とは言えないでしょうね。

野暮な事を言いますが、ホリデーにお咎めがないというのはバックにマフィアの大物(売春やドラッグが貴重な資金源であるのは言うまでもないです)がついている事が容易に想像できますね。

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