◆徐々に聴力を失う状況になって、過去に見た聴覚障害の女性たちのことを考える

◆徐々に聴力を失う状況になって、過去に見た聴覚障害の女性たちのことを考える

私は2006年に突発性難聴になって、頭痛やめまいや吐き気などにも苦しんで普通の日常生活すらも送れなかった時期があったのだが、やがてめまいと吐き気は収まって難聴と頭痛だけが残った。

2019年頃にはやっと周期的にやってくる頭痛も完全に治って、後は難聴だけが残った。とは言え、この難聴が非常に厄介で、私の難聴は伝音性ではなく感音性なので現代の医学では治療が不可能だと言われた。

それだけなら何とか我慢できるが、不都合なことに聴力は毎年のように悪化し続けており、今は騒がしいところで人の話を聞くのが、かなりつらくなってきた。恐らく数年後には、もう人と会話するのも難しくなるところまで到達するのだと考えている。

そういうこともあって私が普通に活動できるのはあと4年だと計算し、2026年あたりに普通にコミュニケーションが取れなくなった段階で、生き方を変えようと思っている。

すべては聴力次第だが、聴力を失うのであればどのみち今まで通りの生き方などできるはずもない。

実は、そういう中で私が過去に思い浮かべる女性たちがいる。

東南アジアでは、生活に追い詰められた貧困女性が夜の世界に堕ちる姿をよく見るが、貧困は弱者が最も被害を受けるわけで、当然のことながら障害を持つ女性たちもまた生活苦に追い詰められていく。

東南アジアの真夜中の世界でよく見かける障害を持った女性は、ダントツで多いのが聴覚障害者だった。

タイでも、カンボジアでも、インドネシアでも、インドでも、聴覚障害を持ったセックスワーカーは山ほどいた。メキシコの歓楽街でも聴覚障害を持った女性が売春していた。

自分の聴力が失われつつある今、私は彼女たちのことを改めて想い出して……

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