◆人生を捨てた女の瞳。山奥の売春地帯にいたエラの静かな威厳

◆人生を捨てた女の瞳。山奥の売春地帯にいたエラの静かな威厳

人生を捨てた女の目を、あなたは見つめたことがあるだろうか。それは、とても強烈なものだ。

寂然(せきぜん)の瞳というのだろうか。ままならぬ人生に長らく耐え、もの哀しさを抑えた瞳。それでいて、猛烈な意志の強さをまだ失っていない瞳。

エラの眼差しを忘れることはないだろう。

貧困、家族との別離、そして差別と言った理不尽な仕打ちに耐えながら、何百人、何千人の男に身体を預けて来た女の、激しいけれども、たとえようのない静かな瞳だった。

彼女は決して笑わなかったし、無駄口も叩かなかった。ひっきりなしに煙草を吸い、ひとりで静かに売春村の外に広がる山の風景を見つめている。

そんな朽ち果てたような瞳に、吸い込まれそうになった。今でもエラの眼差しは心に突き刺さっている。

インドネシア・リアウ諸島。この山奥の売春宿は、街に巣くうチンピラたちの親玉というべき男に教えてもらった。

この40代の男は生粋のインドネシア人だが、売春宿・売春村にはあきれるほどの情報を持っていた。

この島を仕切っているある政治組織の副長であり、この島の売春宿を経営する華人とは密な関係を保っていたので、当然と言えば当然だろう。

「あそこには良い女が揃っている。俺を信じてもいい。『エラ』という名前のセカンド・マミーがいるから、彼女に俺の名前を言え」

私は男の部下のひとりに連れられて売春村に入り、そしてこの売春宿にたどり着いた。

この売春村に入ったとき、テラスのテーブルに数人の女たちがたむろしていたが、その中で煙草をくわえながら、黙々とトランプを切っている女性がいた。

まだ誰にも紹介されたわけではなかったが、その女性こそ「セカンド・マミー」のエラだというのをすぐに直感した。

歳は20代の後半に見えた。あるいはもう三十路(みそじ)に入っているのかもしれない。

この年代というのは、売春女性としてはもっとも中途半端な年齢である。もう「娘」と呼ぶ年齢ではないが、かと言って引退すべき年齢でもない。

エラはちょうどそんな微妙な年齢にあり、だからこそ他の娘たちと違って落ち着いており、態度にもそこらの娘にはない威厳があった。

「エラ?」と私が訊ねると、エラは大して驚いた風でもなくうなずいた。事前に連絡が行っていたのだと思う。でなければ……

(インターネットの闇で熱狂的に読み継がれてきたカンボジア売春地帯の闇、電子書籍『ブラックアジア インドネシア編』にて、全文をお読み下さい)

ブラックアジア・インドネシア編
『ブラックアジア・インドネシア編 売春地帯をさまよい歩いた日々(鈴木 傾城)』

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