閲覧注意
2003年のインド・ニューデリー。18歳の女性ソナリ・ムカルジーが寝ているときに、突如として3人の男が家に押し入って来た。男子学生だった。彼らはソナリに性行為を迫ったが、彼女はそれを断って、必死に抵抗を試みた。
そうすると、男たちは彼女の顔に酸を浴びせて彼女の顔を破壊した。アシッド・アタックだった。彼女の顔面は一面焼けただれ、失明し、聴力も失いかけている。
それから9年。彼女はいまだに顔面の整形手術を受け続けており、すでにその手術は22回目に入っている。
しかし、彼女にアシッド・アタックした男たち3人は誰も有罪判決を受けておらず、自由に街を歩き回っている。必ずしも犯罪者が処罰されないのがインドの司法制度である。
もちろん彼女には何の補償もなく、彼女の両親は顔面を焼かれて苦悶する自分の娘のために、家も農地もすべて売り渡して治療費に充てた。
みんな、私が自殺したら喜ぶかもしれない……
しかし、もう治療費は捻出できなくなってしまった。彼女の両親は州政府に援助を求めたが、まったく動いてくれなかった。
そこで、彼女は決断した。
インドで最も有名なテレビのクイズ番組(インド版ミリオネア)に出ることを……。
「もし、あなたがきれいな女の子の写真を見つめる目があるのなら、私の焼けただれた顔を見ることもできるはずです。アシッド・アタックの犠牲者として家に閉じこもっていることは簡単です。でも、私はこのような暴力に反対するために立ち上がることを決意しました」
彼女はそう言った。彼女は当時、非常に優秀な学生で将来を嘱望されていた。当時の写真を見ると、溌剌とした美しい容姿であることが見て取れる。
「しかし、彼らはやって来ました。あの男たちは自分の思う通りにならず、私がノーという言葉を翻さなかったので、私の人生を奪うことにしたのです」
彼らが持っていたのは錆びた道具をきれいにするために売られている「テザーブ」という安価な酸(アシッド)だったという。どこでも、誰でも手に入るものだ。
この酸によって、彼女は顔面の皮膚をほぼすべて失った。まぶたも失い、鼻も失い、そして耳たぶも消失した。
顔面の再構築の手術は非常に難しいもので、どんなにうまくいっても過去の顔を取り戻すことはできない。しかも、数十回もの手術に耐えなければならないのである。
ソナリの両親は二階建ての家も、牛も、土地も、ゴールドも、持っているものは一切合切売り払って、もう何も残っておらず一家は絶望に落ちた。そのとき、彼女はこう思ったのだという。
「みんな、私が自殺したら喜ぶかもしれない……」
破壊された女性の顔は、もう二度と戻らない
しかし、彼女はそうしなかった。その代わりに自分の焼けただれた顔を利用する決意をした。
自分が何をされたのかをまわりに知ってもらい、そしてそれによってお金を手に入れることができればいいと考えたのだった。
それがテレビのクイズ番組に出ることだった。
このクイズ番組では10問を完全に正解できれば賞金250万ルピー(約380万円)を手に入れることができる。それで来年の手術費が捻出できる。
そして、インドの名優アミターブ・バッチャン(アイシュワリヤ・ライの義父)は彼女をスタジオに招き入れ、初めてアシッド・アタックされた女性がその素顔を完全に視聴者にさらして戦ったのだった。
彼女は勝ち抜き、賞金を手にしたとき、見ていた視聴者は全員拍手して涙を流したという。アミターブ・バッチャンはこのように締めくくった。
「私たちは時々、生活の中で何となく自分が惨めに思ったり、何かが自分の人生を邪魔していると思う。そんなとき、私たちはソナリのような女性に出会うと、自分たちはどんなに恵まれているのかを思い知る。どれくらい私たちは恵まれていたのか……。彼女は、勇気の象徴です」
インド圏では、女性たちがアシッド・アタックされる確率が他のどの国よりも高い。酸は簡単に手に入り、簡単に女性の人生を奪う。
女性の人生を破壊するのはとても簡単に安価にできる。そして、一度破壊された女性の顔は、どんなに大金をかけても、もう二度と戻らない。
【インド】
この三人の無罪放免的な軽い処分は、正義感の強い人間にとっては、歯軋りするほど、くやしい事件であります。彼らに向けられる刺すような視線は職場でも、どこでも死ぬまで続くことでしょう。
Justiceとはなんぞや?、法とはなんぞや?、という事ですね。 他人の国とは言え、残酷です。 北朝鮮だって人民の中には自分達の国はおかしい、と気がついている人が大勢いるはずですが結局のところ何も出来ない。 日本からさらわれた日本人だって未だに帰ってこれない、政治が機能していないからだ。 日本人もそろそろ怒る人が大勢出てきてもおかしくないのですがいまいち温度が低い。 沸点に達さない、逃げる国民性になってしまった感があります。 でも強い指導者が出ればとは思いますがマスゴミに叩かれて終わりというパターンも想定内ですね。 前にもコメントしましたがやはり闇の組織でそういった悪人を始末するしか方法はないと思います。 でも誰も自分の人生をそこまで他人のためにしようとは思わないので無理か・・・。 弱いものは迫害され、差別され、殺され、犯され、と誰にも不満を叫ぶことさえ出来ずに死んでゆく。 これが現実。 インドのプーランのように自分が強烈な不満を社会や人々に持ち行動することでこそ私のいう正義は到達可能になるのか。 何ともやりきれない思いです。
うう。。。(涙)
これは自分には直視できません。
いったいどうしてこうなってしまうのか、怒りを消すことができません。日本人は宗教心はないと言われますが、それでもこんな事件は起きませんよ。他人をこんなにして何が宗教だと思います。
日本人もそろそろ暴動を起こしてもいい時期だと思います。
あまりにも酷過ぎて言葉が。。。
加害者が罰せられないとはインドって国は一体どうなってるの??と怒りがこみ上げてきます。。